狂愛サイリューム

須藤慎弥

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32❥狙い

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 一体なぜそう不安がよぎるのか、ふと唐突に答えが見えた気がした。

 けれど葉璃にそれを問うのは非常に格好悪いと感じ、しかも望まない答えが返ってきたらどうしたら良いか分からなくなる。

 ニュアンス一つで、人の発する言葉の意味というのは変わるものだ。

 ──もう少し待とう。

 葉璃が意図的に〝言わない〟ようにしているのなら、彼にも何か明確な理由があるのかもしれない。

 それを急かすという行為は、ヤキモチを焼いて責め立てる事よりも格好悪い。


「聖南さん、……落ち着きました……?」
「何とか」
「そうですか……良かった」


 ポンポン、と背中を叩かれた。子どもをあやすような優しいリズムに、聖南の不安が少しずつ体外へ弾かれていく。


「それで……結局ルイさんとはどういうお話を……?」
「ああ、……」


 葉璃を膝に乗せたまま、聖南はルイとの会話を覚えている限り詳細に語って聞かせた。

 誰よりもルイを心配しているのは、他でもない葉璃だ。

 この極秘任務を引き受けたばかりにルイの感情を弄んだ気でいる葉璃が、そこまでの罪責感を抱くのは適当ではない。

 確かにルイは、狼狽していた。聖南の前ではそれを隠そうとしているのがありありと分かるほど、無理に気を張っていた。

 葉璃から聖南へ、聖南から葉璃へすべてが筒抜けになっている事を知ったルイが、明らかに両者を気遣っている。

 彼は、人がいいという言葉では片付けられない。

 葉璃もそんなルイの本質を知っていて、聖南の回想中何度も小さな溜め息を漏らしていた。


「はぁ……。聖南さんとルイさんって、……なんか……似てますよね」
「……ん?」
「生い立ちとか雰囲気とか、性格とか……。少しだけダンスも……」
「に、似てねぇっ」
「俺一番最初にルイさんのダンス見た時、聖南さんに似てるって言っ……」
「似てねぇったら似てねぇっ」


 それだけは言うなと、葉璃のほっぺたを両方摘んで阻止しようにも言葉は続いた。

 聖南は唇を尖らせ、ムムッと葉璃を睨む。

 どこが似ているか、自分ではさっぱり分からない。

 社長にも葉璃にも言われてしまい、「そうかぁ?」と首を傾げていた聖南はいよいよトドメを刺された気分だ。

 断じて似ていない、と言い切りたい。

 もし、もしもだ。

 聖南とルイが似ているのだとしたら、葉璃がもっと彼を放っておけなくなる。そしてルイも、心を許しているがゆえに魅力を曝け出す葉璃に〝そばに居て〟と言い出すかもしれない。

 そんな事は許せない。

 誰がなんと言おうと、自分とルイが似ているはずがない。

 駄々っ子のようにツンと唇を尖らせ「似てねぇもん」を繰り返す聖南に、葉璃はクスッと笑った。


「……聖南さん、また小さい子みたいになってますよ」
「いいっ! 俺はどうせケチでガキだよ。でも葉璃の前でだけなんだからいいじゃん! 全部ひっくるめて俺なの!」
「えぇ? ケチとは言ってないですよ? 俺には湯水のようにお金使うじゃないですか、聖南さん。どこがケチなんですか」
「いやそれはこっちの話」
「えー?」


 拗ねた聖南の扱いにも慣れたもので、クスクスと笑い肩を揺らす葉璃に毒気を抜かれた。

 佐々木に言われカチンときた言葉まで思い出し、幼子のように取り乱したところで葉璃には通用しない。

 ぐるぐるした聖南をいなす術を持つのは、葉璃しか居ない。

 この子は何も分かっていない……けれどそこがいい、好きだ。──と思ってしまった聖南の負けだ。


「……ルイは、ETOILEを選んでくれたよ」
「…………!!」
「今に恭也みてぇになるんじゃないの」
「あ、……聖南さん、それで様子がおかしかったんですか」


 葉璃に瞳を覗き込まれ、プイッとそっぽを向いた聖南の態度が表していた。

 頷きたくないが、その通りだ。

 恭也の異常な愛情を理解するのにも数カ月はかかった。それが新たにもう一人加わり、その人物が聖南と〝似ている〟のであればもう、心穏やかでいられない。


「はぁ……。葉璃は大変だな。愛情の重てぇ野郎ばっか虜にするからこんな事になるんだ」
「虜……? 誰が誰に虜なんですか?」
「〝皆さん〟が葉璃に、だよ」
「さっきから、その皆さんって何なんですかっ」
「あはは……っ」


 これほど自覚が無いと、いっそ可笑しくなる。

 笑いながら葉璃の体を抱き締めた聖南は、つくづく思った。

 葉璃は聖南を追いかけたいと声高に言ってくれているが、聖南も同様だ。

 追いかけて確かに捕らえたはずの葉璃は、聖南の腕の中に常駐している事がないように思う。

 気付けばするりと抜け出していて、焦った聖南がまた捕まえて「逃げるな」と釘を差す。おとなしく腕の中に居るかと思えば、いつの間にか抜け出して誰かを虜にして帰ってくる……堂々巡りのような気がしてならない。

 何なら、聖南の方が葉璃を追いかけ続けている。


『恋人が魅力的過ぎんのも考えもんだなぁ……』


 太ももに座っている葉璃から、首を傾げて「聖南さん?」と声をかけられただけで未だドキッとする。

 出会って三年が経つというのに、キラキラとした初恋は衰えを知らない。

 ……捕まえていなくては。

 葉璃と一生を添い遂げるには、彼に負けじと追いかけ続けなくては。


「……聖南さん? 笑顔のまま固まってると怖いですよ」
「葉璃、今日は久々に甘いコーヒー飲まねぇか」
「わっ、飲みたいです! ……やったぁ、聖南さんの甘いコーヒー久しぶりだー。えへへ……嬉しいなぁ」


 無表情を得意とする葉璃が、可愛く破顔した。

 二人が唯一、ゆっくりとイチャイチャ出来るのはこの時だけ。

 多忙を極めるとすれ違いになる事もしばしばあるので、出来るだけセックスにも勝る幸福な時間を過ごしたい──。

 何しろ聖南の恋人は、お風呂とティータイムをこよなく愛しているからだ。

 それにしても喜び方が可愛い。

 ニコッと微笑んで足をバタつかせ、聖南の胸元を人差し指でツンツンと押してくる。

 これを計算ナシでやってのける葉璃は、可愛さの猛者と言っていい。


「……そういうとこだぞ、葉璃」
「えっ?」


 こんな事を、こんなにも嬉しそうな笑顔で、若干頬を染めつつ言われれば、どんな人間も虜になるだろう。

 聖南の心配、不安の種は尽きそうにない。

 恋人が宇宙一可愛いと死ぬまでそれらは付き纏う。

 本当に、困りものだ。




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