狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
327 / 539
32❥狙い

32❥7

しおりを挟む



 まるでひとり芝居のように大袈裟な聖南の言い回しに、気まずそうだったルイは怪訝な顔付きになった。

 まず聖南は、大根なのだ。

 どう頑張ってもさり気なさは装えない。

 ルイに奇妙な奴だと思われる前に、ひと呼吸置いて演技をやめた。


「ルイがヒナタに入れ上げてたの、周りはみんな知ってんだろ。もちろん葉璃も。……お前が動揺する気持ちも分かるから、別に急いで現実を受け止めようとしなくていいって言ってんの」
「え……でもそれやと俺、……っ」
「葉璃は渡せない。だからって、葉璃からルイを遠ざける事も俺には出来ねぇんだよ。仮にお前がETOILEの加入メンバーじゃなくても、葉璃はルイに離れてほしくないと思ってる。だったら俺が、寛大になるしかねぇじゃん」
「…………」


 聖南を驚きの目で見ていたルイが、ふと視線を外す。眉を顰めて床をジッと睨み、聖南の言葉を噛み締めているように見えた。

 ルイは、ヒナタの大ファンである事を公言していた。

 事務所まで追いかけたり、出番前に接触を試みたり、聖南の忠告は右から左であわよくばを狙っていたほど、〝ヒナタ〟を気に入っていたのである。それはまさしく恋心と言って良いだろう。

 しかしヒナタは、葉璃だった。

 突然恋する対象が居なくなってしまい、身近過ぎる人物がその正体であったなどすぐに受け止められなくて当然だ。

 かくいう聖南も、同じ経験をした。

 ハルカが葉璃だと知った時の衝撃と何とも言えない喪失感は容易く言葉には出来ず、心にモヤモヤを生んだ。

 けれどどうしても忘れられなかった聖南は、葉璃を追いかけ続け、捕まえられたから良かったものの、ルイはそうではない。

 恋する相手が居なくなってしまったうえに、その正体を手に入れられもしない。

 気持ちの持って行き場がない……と過去に聖南が項垂れたように、ルイもそうすんなりと現実を受け止められるはずがないのだ。

 聖南から追いかけられていた葉璃はそれを懸念し、〝ヒナタが自分で申し訳ない〟、〝知っていたのに騙す形になって申し訳ない〟、〝騙されていた事をいよいよ我慢出来ずに激怒したルイが、ETOILE加入をやめると言い出したらどうしよう〟──と瞳をうるうるさせていた。

 いつも通りに振る舞う違和感にいち早く気付いたのは、葉璃にとってルイが必要な存在となっているからに他ならない。

 とはいえ、葉璃がルイにそんな事を言ったところで「大丈夫」の一言で済まされる。

 なぜなら、ルイにも葉璃を慕う気持ちが芽生えているからだ。


「葉璃はお前と話をしようとしてたんだってさ」
「……でしょうね。ここ何日か、何か言いたそうにジーッと見てきよりましたもん。俺がこない狼狽えてんのバレてたとは思えへんかったんで、別の何かやろと思てました」
「あー……そうなんだ」


 相変わらず葉璃は、誰が相手でも隠し事や嘘が苦手らしい。

 何かを思い悩んでいる時や隠し事をしている時はどこか一点をボーッと見詰め、言いたい事があるけれど言えないと心の中で葛藤している時は、無意識に相手をジーッと見る癖がある。

 大根カップルの片割れである葉璃も〝どうしよう〟と狼狽え、分かりやすい意思表示を見せていたという事だ。


「──てかセナさん、……結構、酷なこと言いますね」


 葉璃の実直さに内心でほっこりしていると、ルイが苦々しく呟いて聖南を見た。

 その意味が分からない聖南ではない。

 苦笑を浮かべ、だんだんと猫背になっていくルイに近寄って行った。


「まぁ……気持ち殺せって言ってるようなもんだからな。あとはルイがどうしたいか、だ」
「……俺は……」


 葉璃を見ていると、自ずとヒナタの影を追ってしまいツライと言うなら、彼の意思を尊重する気だった。

 彼はETOILEに必要な存在ではあるけれど、心にわだかまりが残ったままでは良いパフォーマンスは出来ない。

 ただしこれは聖南の独断で決められるものではなく、何より葉璃が悲しむ結末になるかもしれない事は重々承知の上で、聖南はルイ本人へ今後の意思を問うた。

 ルイは、テーブルに肘を付き頭を抱えてしまった。瞳を瞑り、険しい表情を浮かべている。

 重要な決断なのだから、これこそ熟考の後に答えを聞かせてほしい──聖南はそう口を開きかけた。


「諦めるとかそれ以前の話なんで、気持ちの整理は自分で、……じっくりつけていきます」


 顔を上げたルイは、僅かな動揺を見せつつも聖南を真っ直ぐに見詰めた。


「ハルポンが好きなんかヒナタちゃんが好きなんか、ぶっちゃけまだ頭ん中は大パニック大わらわなんで……時間はかかりますけど」
「おい、葉璃に惚れるなよ、頼むから」
「いやセナさん、あなたほどの男がおって俺が太刀打ち出来るわけないやないですか」
「社長が言うには、お前と俺は似てるらしい。だから俺も、寛大でいたいと思ってる反面かなりヒヤヒヤドキドキしてる」
「いやいや……」


 励ましの言葉のようでいて、聖南の台詞は大真面目だった。

 葉璃はなぜか、薄暗い過去を持つ男を一際虜にする謎の性質を持つ。さらには、心を許した者にしか見せない態度や物言いで優越感に浸らせるという、無意識下にしては魅力的すぎる技まで持ち合わせている。

 同性である事など何の障害にもならない。

 何も望まないから、〝ただそばに居てほしい〟と思わせる存在なのだ。

 しかも聖南とルイは境遇が似ているとか。

 今に限らず、それを知った時から聖南はずっとヒヤヒヤドキドキしていた。


「セナさんって、マジで面倒見ええっすよね」
「そうか?」
「わざわざ俺にこんな話してくれるやなんて……思てませんでした。俺はセナさんに殺されるんちゃうかと震えてたんで」
「なんでだよ! 俺そうそうキレねぇって言ったじゃん!」
「いやいや、まぁ……冗談はさておき。俺……ハルポンの事は好きです。でもそういう気持ちやないんですよ、ほんまに。可愛い~とかハグしたい~とかナデナデしたい~とか食うてるとこ永遠に見てられるわ~とか、まぁそのくらいは思てますが」
「……充分だ。それは恭也くらいヤバいゾーン入ってる」
「あぁ! それです! 恭也のハルポンへの感情に似てるかもしらん!」
「……異常な愛情?」
「そこまではいかんです。……まだ」
「〝まだ〟かよ」


 はい、と頷いたルイの表情がいくらか晴れている。話が出来た事でそうなったのなら、非常に有意義ではあった。

 対して聖南は、顔面から苦笑が取れない。

 恋愛感情は持たないが〝異常な愛情〟を注ぐ男が直近に二人も居るとなると、聖南の立場が危うくなりそうで不安だ。

 葉璃はきっと、「聖南さんと皆さんは違います」と言ってくれる。だがその葉璃が〝皆さん〟を虜にしているのだという事を、もう少し自覚してほしい。

 ルイと共に個室を出た聖南は、恋人を迎えに行く事にした。

 どうにも今すぐ抱きしめなければ、気がおさまらない。



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...