狂愛サイリューム

須藤慎弥

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32❥狙い

32❥4

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… … …



 書斎で黙々とメロディーを練っていた聖南のもとへ、事務所スタッフから連絡が入った。

 葉璃とのイチャイチャタイムをグッと辛抱し、作業にあたっていた聖南は一気に創作の気が削がれてしまう。


「……了解。その日は午後からOKだ。それで進めといてくれ」


 通話を終了したスマホを手に、書斎を出る。聖南のお目当ては気分転換のコーヒー調達ではなく、リビングのソファでまどろんでいる葉璃だ。

 聖南に気付いて振り向いた葉璃が「あっ」と声を発したと同時、無言でのしのしと近付いて行くと迷わずふわふわクッションごと葉璃に抱きついた。


「葉璃ー……俺とした事がすっかり忘れてたー……」
「……え、聖南さん? 大丈夫ですか? 何を忘れてたんですか?」
「レイチェルのリテイクー」
「あぁ……!」


 スタッフからの三度目の日程調整の連絡に、記憶から飛んでいた厄介事を思い出した聖南は落胆した。

 録り直したいとの要望から、これまでに二度その機会はあった。しかしどうしても聖南の都合が合わず、ディレクター、スタジオエンジニアのスケジュールも鑑みつつ年内を見越していたリテイクは絶望的となっていた。

 十二月に入るとさらに聖南の都合はつかなくなる。それに加え年末年始の連休も挟むためか、まずスタジオが押さえにくくなるのだ。

 そうこうしていると、複雑なゴシップと社長との喧嘩で近頃は話題に事欠かず、リテイクのリの字も消えかけていた。

 「頑張ってくるぜ!」とコーヒーの入ったマグカップを手に意気揚々と書斎にこもった聖南が、一時間ほどで出て来たあげくこの有り様だ。

 ギョッとした葉璃は、ひとまずテレビのリモコンを手探りで探すが見つからない。やたらと力の強い大きな子どもが引っ付いているので、腕を伸ばしてもたかが知れていた。


「聖南さん、ちょっ……」
「何」
「て、テレビ消そうと……!」
「……ん」


 それだけのために自分を引き剥がそうとするなんてヒドイ。……と聖南の顔にはそう不満が書いてある。

 甘えたくなったのだから存分に甘えてさせて。……とも書いてある。

 片手を伸ばしリモコンを探し当て、後ろ手にそれを操作した聖南は「これでいい?」とばかりに抱きついた葉璃を見上げた。


「……もしかして聖南さん、あれからレイチェルさんとお話してないんですか?」
「してねぇ。今回の件で社長に意味深な返事してたって聞いてから、もっとアレルギーが……」
「アレルギー!?」


 人のいい葉璃は、聖南がレイチェルから好意を寄せられていると知ってもあまり気に留めた様子がない。最初に打ち明けた時こそ驚いていたけれど、以降はまったくだ。

 聖南がこれほどリテイクにナーバスになっている事を、ただ気まずいだけだろうと考えている葉璃は何も悪くない。

 アレルギーと称してしまうほど彼女への嫌悪感を顕にした聖南は、なぜそう思ったのかを以前打ち明けたはずだ。とはいえ葉璃も、そこまでとは思わなかったらしい。

 異国の美女と聖南はお似合いだとのたまうほど、葉璃は卑屈で、ネガティブで、お人好しだ。

 呻く聖南の気分を何とか浮上させようとしたのか、必死でフォローを入れてくる。


「そ、それはちょっと表現が悪い気が……! いくらレイチェルさんがヤバくても、ねっ? 聖南さんの事が好きだって言っても、……ほらっ、歌手とプロデューサーとしてお仕事してればそういう気持ち忘れて接することが出来たりしないのかなーって……!」
「言いてぇ事は分かるよ。でもな、葉璃。聞いてくれ。同族嫌悪ってのはマジであるんだよ」
「同族嫌悪……っ?」
「葉璃の中で俺は、よっぽどの事がない限り誰の事も嫌いにならねぇ真人間だと思われてんのかもしんねぇけど、そうじゃない。俺だって人を嫌いになる事もある」
「き、キライって言っちゃってますけど……!?」
「葉璃には何でも言うよ」
「えぇっ……!」
「ま、どんだけ嫌いでも仕事は投げ出さない。あの曲は俺に新しい道を示してくれたし、……歌に関しては文句つけらんねぇほど完璧だし」


 聖南は、はなからこの仕事を投げ出すつもりは無い。

 プロ意識がポロポロと崩れ、気が乗らないの一言ではあるが、聖南はこんな機会でもなければ王道のバラードを創作しようとは思わなかった。

 間違いなく、今回のバラード作曲の過程は今後に活かせる。そのきっかけをくれた事だけは、聖南も素直に感謝していた。

 だが真っ先に葉璃に甘えてしまうほどには、聖南にとって気乗りしない仕事である事に変わりはない。


「……やるよ、もちろん。やるけどさー……」


 仕事として割り切れ、といつかの如く諭してくれる葉璃の言葉は従順に聞く。聖南の仕事へのモチベーションはいつだって葉璃の存在ありきだからだ。

 たとえアレルギーが出たとしても、聖南にはこれしかないと思える仕事の一貫。そしてこればかりは、誰にも手出しはさせられない。

 葉璃を力任せに抱き締める事で安定してきた聖南は、やわらかな頬にチュッと口付けし、ようやく離れる。

 赤面した葉璃は照れながら、隣に落ち着いた聖南を見上げた。


「……リテイク日、いつなんですか?」
「十二月二十七日」
「そんな……! 聖南さん、年末は歌番組だけじゃなくてバラエティーの特番も出演目白押しで、しかも事務所のパーティーもあって大忙しなのに……」
「しょうがねぇよ。発売日考えたら、年内にリテイク済ませとかねぇと……。こんな事になんなきゃ特番でのお披露目が出来たかもしんねぇのにな」
「あぁ……そういう計画だったんですね?」




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