狂愛サイリューム

須藤慎弥

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29★発覚 ─SIDE 恭也─

29★5

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 水瀬さんの恋人はアイさんで間違いなかった。

 実際に警察沙汰にはなったけれど、DVでの事件性は無いと判断された。 よって、他の不祥事が発覚さえしなければ映画がお蔵入りになる心配は無い。

 そして俺は、間接的にアイさんと連絡が取れる状況になった。

 事情を知った俺はすぐにセナさんに連絡を取ろうとしたけれど、あの日は出番まで水瀬さんが楽屋に居て、ようやくスタンバイを促された撮影はというと深夜近くまでかかってしまい……。

 その翌日から今日までの二日間、前回と同じくセナさんと俺の連絡がすれ違いになっていて、通話する事が出来なかった。

 今回はそんなに悠長にしていられないと、毎日ささやかなメッセージのやり取りをしている葉璃に〝話がある〟と送った。

 この際、葉璃からセナさんへの又聞きとなっても仕方がない。 水瀬さんの事はともかく、SHDエンターテイメントが未だアイさんと連絡が取れていないのなら、橋渡しできるかもしれない旨は伝えておかないと。


「恭也!」


 午後からフリーだった俺は、雑誌の撮影で南区のスタジオに居るという葉璃のもとへ林さんと出向いた。

 再来月発売予定の雑誌だから、葉璃はもこもこぬくぬくの装い。 歌番組に出演する時とは違うヘアメイクもバッチリで、とっても可愛い。


「ごめんね、葉璃。 こんなところまで、押しかけちゃって」
「何言ってるのっ。 会いたかったから嬉しいよ!」
「………………」


 話って何?と小首を傾げた葉璃に見惚れる。

 可愛い……。 こんな事を平気で言っちゃうんだもんな。

 葉璃に会うため、俺はここに来たのに。 用件を忘れてしまいそうになる。


「どうかしたの?」
「あ、えーっと……。 その前に、ルイさんは?」
「え、ルイさん? ルイさんならさっき帰っちゃったよ。 ほんと、ついさっき」
「そうなんだ。 また、弁護士さんと、お話?」
「ううん、今日は十五時から事務所スタジオでレッスンがあるんだって。 忘れてたけど、今ルイさんはCROWNのバックダンサーでもあるもんね」
「あぁ……年末の特番に、出演するから?」
「そうみたい。 ……ルイさんが居ると話しにくい事?」
「うん、……まぁ」


 話しにくいというか、耳に入れちゃいけない事だから……ルイさんが不在なのは助かった。

 葉璃も仕事の合間だし、いつ編集さんに呼び出されるかとヒヤヒヤしながら簡潔に話していく。

 だんだんと目がまん丸になってく葉璃に、耳打ちするほどの近距離で……。


「──えぇっ!? や、やっぱりアイさんだったの……!」
「まだ事務所は、アイさんと、連絡取れてないのかな?」
「それが分かんないんだよね。 あのゴシップの件以来、俺もあっちに行けてなくて……」
「あー……そうだったね。 じゃあこの事は、林さんにも言った方が、いいのかな」
「どうだろう……あっ、ていうか林さんは? 一緒じゃないの?」
「いま車を停めに、行ってくれてる。 そろそろ来る頃だと、思うけど」
「じゃあ恭也、今日はもうお尻?」
「うん、おし……えっ!? お尻っ?」


 もしかして業界で言う〝ケツ〟の事、かな。

 確かに葉璃の口からはあんまり聞きたくない言葉ではあるけど、だからってそれをチョイスするのは天然過ぎない?


「……俺はやんわり言いたくて……」
「あ、あぁ、……やんわり、……」


 葉璃らしいな、と微笑んですぐ、二人で語り合う間もなく控室の向こうから林さんの遠慮がちな声が聞こえた。

 「どうぞー」と返事した俺と葉璃の声がシンクロする。


「林さん! こんにちはー」
「こんにちは、ハルくん。 今大丈夫かな? 二人の話は終わった?」


 頷きもシンクロした。

 扉から顔を覗かせた林さんに、葉璃の笑顔が弾ける。 心を許された者だけに向けられる、そのとびっきりの笑顔。

 林さんも破顔して、俺達に近付いてくる。

 けれどたちまち神妙な面持ちに変わり、前屈みになって俺達だけに聞こえるよう声をひそめた。


「実はね、Lilyの出演が決まったらしいんだ。 一番組だけ」
「え!? それってもしかして年末の……!?」
「二十五日のアリーナ特番だよ」
「えぇ……っ」


 驚きを隠せない葉璃は、林さんの顔を凝視した後ゆっくりと床へ視線を移す。

 俺はよく分からないから、黙って話を聞いていた。


「元々Lilyは仮押さえされていたんだってね。 memoryの出演がなくなって、無事出演出来ることになったそうだよ」
「memoryの出演が……!? な、なんか皮肉な話に……」
「十二月からmemoryはツアーに入るんだよね? 日程上は出演可だったけど、長期予報だと今年のクリスマスは吹雪くかもしれないんだって。 万が一移動を妨げられないように、memory側……つまり佐々木マネージャーが特番出演を見送る決断を下したんじゃないかな」
「……そう、なんですね……」
「ハルくんは大変になっちゃうけど、最後だと思って頑張ろう。 夏のドームでの出番みたいに、できる限りのサポートはするからね」
「……はい」


 明らかに気落ちした様子の葉璃が、指先をイジイジし始めた。

 特番の常連だったLilyは、今年のクリスマスや年末の歌番組には呼ばれていなかったらしい。

 大きな会場での局をあげた特番ともあって、出演アーティストは早ければ十一月の頭にはオファーがかかる。

 ETOILEも十一月の半ばには出演依頼を受けていたし、その時点で葉璃は何も言ってなかったから思い出しもしなかった。

 それよりも、SHDとアイさんの連絡不通だったり、裏がありそうなセナさんのゴシップだったりがあって完全に油断していた節さえある。

 件のゴシップ絡みでSHDとの関わりを絶たれている葉璃はきっと、このまま無事に任務が終わるかもしれないと安堵していたんじゃないかな。


「……葉璃」
「……ん」


 肩を落とした葉璃の頭を、そっと撫でてあげた。

 セットが崩れるからあんまり激しくなでなでは出来なかったけれど、触れてあげると、少しだけホッとしたような表情になった。




 ──葉璃の最後の〝ヒナタ〟は、十二月二十五日。

 何事もなく任務を終えられるように、その日は俺もたくさん気を配ろう。

 それさえ終われば、葉璃の抱えている巨大な秘密が一つ減って、気が楽になるよね。

 他人事のように言うのは簡単だ……でも、そうであってほしい。




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