狂愛サイリューム

須藤慎弥

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29★発覚 ─SIDE 恭也─

29★3

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… … …



 それは十一月の終わり、当初の予定より随分早いクランクアップを三日後に控えた、撮影日の午後の事だった。

 セットが組まれた撮影スタジオ内にある小さな楽屋で、俺は独り、台本を何度も読み返しながら出番を待っていた。

 早くても夕方頃からの撮影になるとの事と、今日は主役の男女二人と俺のみの撮影だから、こうして生意気にも〝楽屋〟を使わせてもらえて助かる。

 ただ、こうも静かな空間での待機時間が長いと、ついつい瞼が重くなってきていけない。

 主役二人はまさに今日、緊迫のシーンを撮影中だ。 それ故かなりピリついたスタジオに行くのは遠慮していたけれど、雰囲気に慣れるためにも少し見学させてもらおうかな。

 少し前から林さんは席を外している事だし、と台本を手に立ち上がった時だ。


 ──コンコン。


 示し合わせたかのように楽屋をノックされ、珍しい事でもないのに少しビクついてしまった。

 返事をする前に向こうからノブが回り、姿を見せたのは──。


「よぉ、恭也! 入るぞー」
「……水瀬さん……?」


 ここに居るはずのない人物の登場に、本人目の前にして首を傾げる。

 撮影が終わった水瀬さんとはもう、クランクアップ後の打ち上げとか、映画完成後の舞台挨拶まで会う機会が無いと思っていただけに、さすがにビックリした。

 そして俺は、水瀬さんが〝オフレコ〟と釘を差した話を、すぐさまセナさんと葉璃に伝えてしまった気まずさがある。

 だからといって映画の共演者に「なんでここに?」なんて聞くのは、すごく失礼だ。


「……えっと……」
「差し入れ持って来たぜ。 ケータリングのとこに置いてあるから、あとで食べてよ。 地元のパン屋のドーナツなんだけど、その店のイチオシでさ。 何回も取材来てるくらい美味いんだ、これが」
「あ、あぁ……ありがとう、ございます」


 なんだ、差し入れを届けに来てくれたのか……。

 それなら全然、ここに居る理由としてはおかしくない。

 俺の気まずさだけが残り、一見ルイさんと似たような雰囲気の水瀬さんから視線を逸らす。

 コミュニケーション能力に長けた人と接するのは、まだまだ苦手だ。


「それでさ、恭也にちょっと頼みがあんだけど」
「えっ? 俺に、ですか?」
「そんな親しくもねぇのにって思うよな」
「……いえ、そんな」


 たじろぐ俺に手招きした水瀬さんは、「こっち来て」と狭い楽屋の隅っこに陣取った。  これじゃいかにも、〝今からオフレコな話をします〟と言わんばかりだ。

 外に漏れ聞こえちゃ困る話……って事だよね。 俺もう、秘密を抱えるの嫌なんだけどな……。


「あのさ、俺女とトラブってるって話したじゃん。 覚えてる?」


 葉璃より少し背が高いくらいの水瀬さんが、耳を澄ましていないと聞こえないほどの小さな声で、内緒話を始めた。


「え、あ……はい、覚えてます」
「どうも、お前のファンらしいんだ」
「えぇっ? ちょっ、すみません。 水瀬さん、その女性……彼女と、連絡取ってるんですか?」


 俺のファンだというのはさておき、葉璃の話によるとSHD側はアイさんと連絡が取り合えない状況にあるって……。

 俺の疑念が正しければ、水瀬さんの言う〝女〟はほぼ間違いなくLilyのアイさんだ。

 どこでどうしているかと気を揉んでいる事務所とは連絡を取らずに、謹慎理由となった彼氏とは繋がったままでいるなんて。

 メンバーにも葉璃にも多大な迷惑を掛けておきながら、義理を欠いてるのはいただけない。

 水瀬さんはあの時と同じ苦々しい表情で、「いや……」と苦笑した。


「しばらく同棲してた家にも帰ってねぇし、連絡も取らないようにしてたんだけどな。 ストーカー並みにしつこかったんだよ。 いい加減にしろって言いたくて電話取った時、突然そんな話されてな」
「………………」
「家に台本置いてきちまったからさぁ、それ見て俺と恭也が共演してんの知られたんだと思うんだよなー」
「はぁ、……」


 この際、経緯はどうでもいい。

 やれやれと肩を竦めている水瀬さんが、ストーカー並みにしつこいという彼女の存在を、また俺にペラペラ喋ってる現状がもはやカオスだ。

 もしもその彼女があのアイさんなら、早急に事務所に連絡してくれないかな。 そうやって不義理するから、事務所とメンバー達の間に亀裂が入ってややこしい事になるんだよ。

 脱退する、しないの意思は本人が決める事だからどうなろうと構わないけれど、結局最初から最後までメンバーからやっかみを受け続けている葉璃の身にもなってほしい。

 まぁ、それが本当に〝あのアイさん〟であればの話だけど。 ……と疑念のままで終わらせようとした俺に、言わずに居られないと思ったのか、水瀬さんが余計な暴露を追加してくる。


「実は俺の女って、Lilyのアイなんだ」
「────ッッ!」


 ──やっぱりそうだったんだ……!!

 何も問い質していないにも関わらず、黙ってられないとばかりに打ち明けてきて……俺は目を瞠った。

 セナさんとも話した通り、これ以上深入りしないでおこうとした事柄。

 それなのに、とうとう点と点が線で繋がってしまった。


「今はほら、こないだ話したアレで休んでんだけど。 公式では……何だったかな。 リハ中に怪我したって発表してんだっけ。 アイの代わりにサポメン入ってるってのは知ってんだけどな」
「………………」
「恭也、Lilyとは歌番で共演してんだろ? アイって知ってた?」
「………………」
「恭也?」
「は、はいっ、……なんでしょう?」


 少し下から顔を覗き込まれて、我にかえる。

 ……あぁもう、……どうしたらいいの。

 やっぱりそうだったのか、という腑に落ちた思いと、疑念が確実なものになった事による俺の精神的負担は大きい。

 すぐには言葉が出なかった。

 アイドルと俳優が付き合うのは、決して水瀬さんだけじゃないと思うし、何となく想像出来る。

 でもこの二人に関しては、ややこしいよ。 めちゃくちゃややこしいよ。

 俺が何に対して唖然となっているか知る由もない水瀬さんは、「そんな驚くとは思わなかった」と薄く笑った。


「……っ、驚きますよ……!」
「ははっ……、だよな。 でももう俺はアイツには付き合いきれねぇんだよ。 DVだって騒がれてこっちも参ってて……てかその前から何回も別れ話してたし」




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