狂愛サイリューム

須藤慎弥

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27♡不穏な影

27♡9

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 ……聖南は堪えてるんじゃないよ。 動きようがないだけだよ。

 十日前に恭也から届いたメールを、俺も見せてもらった。 そこには〝郵便物を受け取った人物が居ないのではなく、そもそも社長宛の不審な郵便物が届いていないそうです。それは秘書課の人間がよく知っているはずだと口を揃えて言われました。〟とあった。

 恭也は撮影に向かうギリギリまで事務所に残り、事務の方数名、受付の女性二名、内外を周る警備員さんにも聞き込みしてくれたらしいんだ。

 つまり、恭也が聞き込みした人達全員が口裏を合わせてでもいない限り、社長宛に届いたという写真の出どころは秘書の神崎さんという事になる。

 俺は聖南に、怪しすぎる神崎さんに直接問い質してみたらどうかなって提案してみた。

 でも聖南はひとしきり考え込んだあと、『安易に動くとややこしくなりそうだ』と言ってその提案を却下した。

 聖南もアキラさん達も訝しんでた、最近あんまり見掛けないやり口でのスキャンダル告知には、必ず裏がある。

 その当事者だって今告げられた俺には、周囲で何が起こってるのかなんてさっぱり分からなくて。

 社長さんから言い渡された聖南との別居や、ヒナタとしてのレッスンを中断せざるを得なくなった理由も明確ではないから、ごちゃごちゃになった頭の中で考えられる事は現時点では何にも無い。

 犯人の特定は出来たけど、その犯人が俺と聖南の決定的証拠を掴もうと動いてるように、社長さん側も証拠集めをしていてその名を明かせないとなると、俺は今この瞬間から常に不穏な影に怯えてなくちゃならないんだ。


「……ふぅ……」


 社長さんの前にも関わらず、狼狽を隠せなくて思わず大きく息を吸い込んで深呼吸した。

 自分でもビックリなんだけど、いま俺はとてつもない困惑はしていてもなぜかぐるぐるはしてない。

 ただ、とんでもない事になった、と呆然とするだけ。

 尋常じゃないほどの情報量と、告げられた事の重大さにだんだんと頭に血が上っていき、指先が冷たくなってきているような気がする。

 擦っても擦ってもなかなか血が通わない指先を見つめ、何回も生唾を飲み込んで沈黙した。

 そこにふと浮かんだのは、聖南の寂しげな笑顔。

 俺にはどうする事も出来ないこの件よりも、聖南と社長さんの信頼関係がずっと壊れたままなのが毎日気になっていた。

 社長さんと俺が一対一で話す機会なんて、そうそう無い。

 どういうつもりで聖南に疑いをかけたのか、それだけは聞かせてほしいと口を開きかけたその時、社長さんがおもむろに席を立った。


「……ハル。 セナから聞いているだろうが、私はひどい勘違いをしていたのだ。 ……セナに合わせる顔が無い」


 俺に背中を向けて、大きな窓から見える喧騒を眺めながら、とても静かな口調でルイさんから聞いた通りの後悔を滲ませる。


「………………」


 ……やっぱり思い違いをしてたんだ。

 社長さんは、姪っ子のレイチェルさんが聖南を好きになってしまった事を知ってたのかもしれない。

 レイチェルさんの肩を持っていたというのも、聖南を疑ってしまったのも、社長さんにあるまじき事だけど片方の意見しか聞いていない状況下での単なる早計だった……。

 そんなの冗談じゃない!と怒鳴ってしまいそうだけど、俺は正直、聖南と社長さんの間にある本物の親子並みの絆がどれほどのものかを知らない。

 聖南は社長さんの事を、一番苦しい時に心を救ってくれた父親のようなものだって言ってた。 絶対的に信頼してるし、公私混同甚だしいし、接し方はもはや事務所社長に対するものじゃない。

 そして社長さんも、何かにつけて聖南を頼っていた。 事務所の稼ぎ頭だから懇意にしてるのかと思えば、俺との関係をすんなり認めて〝セナを頼む〟と言ってくれた。

 社長さんの立場からすれば、トップアイドルが男同士の交際してるなんて絶対反対だって、俺を事務所から追放して二度と表舞台に立てなくするぐらいの圧力をかけても良さそうなものなのに……。


「セナは元気にしているのか」
「………………」
「……怒っているよな。 当然だ……」


 聞いてた以上に、真実に近付いた社長さんの背中から哀愁が漂っている。

 立派なスーツを着た社長さんの肩が見るからに落ち込んでいて、逆光でさらにしょぼんと下がっているように見えた。

 俺も聖南同様に不審感しか無かったけど、こうして俺にまで思いを吐露するという事は、聖南が今どうしているか、社長さんとの言い争いの末どんな風に日々を送っているのか、一緒に住んでる俺から聞き出したいのかなと思った。

 ルイさんが〝親子喧嘩〟と表現した、二人の仲違い。

 血の繋がった親子にも充分あり得る〝喧嘩〟だとしたら、これこそ早計だけど、傷付いた聖南の心を少しは修復してあげられるかもしれない。


「……聖南さんはすごく傷付いています。 きっと、……誰に疑われるより悲しかったと思います。 聖南さんはそういう気持ちをあんまり話したがらないので、俺に全部ぶちまけるって事はしませんから……。 色々溜め込んじゃって我慢する人なの、社長はご存知ですよね……?」
「……そうか……そうだよな……」


 生意気にも責めてるような口調になってないか、ドキドキした。

 どんな事情があろうと、聖南を傷付けた社長さんには感情的に喧嘩腰で食ってかかろうとしていた自分が恥ずかしい。

 聖南から連絡一つこなくなった社長さんがこんなに寂しそうな背中を見せてくれなかったら、俺はまだ疑念でいっぱいだった。

 けれど今窓辺に立ってるのは、〝大塚社長〟の顔をしていられなくて俺に背を向けて黄昏れてる、まるで息子との喧嘩で凹んでるお父さん。

 聖南がこの姿を見たら……どう思うのかな。

 膠着状態が続いてたって何にもいいことなんて無い。 此処に所属している以上は、社長さんと関わらないわけにいかない聖南もそれは分かっていて、でも一度生まれた不審感はそう簡単に拭えないんだ。

 だからといって、二人のこれまでを知らない俺が間に入っても意味がない。

 二人の事は二人で……、いや、社長さんの方から歩み寄ってあげてほしい。 聖南を傷付けてしまった事を自覚していて、本当に後悔しているのなら。


「……あの、……社長の口から、聖南さんに伝えてあげてほしいです。 聖南さんは社長のこと、実のお父さんよりお父さんだって言ってました。 だから……」


 前触れもなく両者の言葉を聞いてしまった俺は、聖南に怪訝な顔をされるのを承知でお人好しを発揮した。




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