狂愛サイリューム

須藤慎弥

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27♡不穏な影

27♡

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─葉璃─


 意味が分かんない。

 仕事において責任感の塊である聖南が、どうして俺を、事務所を、アキラさんやケイタさんを、社長さんを、裏切ると思うの?

 聖南は嘘なんか吐かないって、正しい事を言ってるって、聖南を知ってる人なら考えなくても分かるはずじゃん。

 レイチェルさんに告白された事を黙ってたのは、ちょっとだけムッとしたけど。

 見た目も中身も完璧で才能溢れる聖南は、惚れられない方がおかしいって分かってはいる。

 でも聖南は俺に嘘吐いたり誤魔化したりする人じゃないから、「言い訳くさいか」と苦笑いしながら話してくれた理由で俺は納得した。

 だって俺、打ち明けられた時〝やっぱり〟って思った。 なんで話してくれなかったのってキレちゃいそうだった。 頭の中で状況を整理しながら、聖南を信じる信じない以前にヤキモチ妬いてしまった自分が情けなくなった。

 一つだけしか考えられないと言ったのは、まさにこれで。

 世間に広まったらとんでもない規模のニュースになる、聖南の恋人の正体。 それはスキャンダルとは少し違った形で取り扱われて、聖南が「事実ではない」と否定したところで一度広まった世間の憶測は止められない。

 まるでカフェの店員さんみたいに流れるような動作でアップルティーを淹れてくれた聖南が、神妙な顔で「葉璃じゃない人が恋人として報道される事が我慢ならない」、「写真を撮られてしまった以上は葉璃に誤解される」、「信じてもらえなかったらどうしよう」と肩を落として、今にも泣いてしまいそうなくらいしょんぼりしていた。

 それを聞いた瞬間、ヤキモチなんか吹っ飛んでカッと頭に血が上った。

 俺が聖南を信じないはずないでしょって、キレてしまった。

 俺は何があっても、どんな事になっても、聖南の言葉だけを信じていたいし、そのつもりでしかない。

 だからめちゃくちゃムカついた。

 アキラさんとケイタさんとのほっこりした電話のあと、聖南が語った社長さんとの一件。

 素人に毛が生えた程度の新人である俺に発言権なんか無いのは百も承知だけど、事務所に怒鳴り込みに行きたいくらい物凄く頭にきた。

 いつもなら聖南に背中をトントンされたら一分も経たずに寝てしまえるのに、あまりにもムカついて昨夜はなかなか寝付けなかったぐらいだ。

 一晩寝て起きても、まだ怒りは治ってない。

 すごく爽やかな目覚めだったと言う聖南より、明らかに俺の方が腹を立てている。


「──葉璃、まだ写真の事はオフレコな」


 事務所に送ってくれた聖南にお礼を言って、車を降りようとした俺に聖南が釘を刺してくる。

 今日は二人とも朝から仕事で、と言っても俺は少し早いけど、聖南がルイさんに連絡して迎えに来てくれる事になった。

 聖南に言われるまでもなく、差出人の意図が分からない上に特大ゴシップになり得る写真について、俺は吹聴するつもりなんてない。


「はい、……分かってます」
「俺の許可なく社長室に乗り込むのもダメだぞ」
「…………はい」
「ふふっ。 なんだよ、その間は。 乗り込むつもりだったの?」
「実際にはそんな勇気ないんですけど、……気持ちだけは」
「あはは……っ。 ありがとな、葉璃。 俺は嬉しいよ」


 きゅっと俺の手を握った聖南に、信じてくれてありがとう、と感激された。

 聖南は昨夜、社長さんに疑われたあげく、信じてもらえなくて悲しかったと嘆いてもいたから。

 それを聞いた俺はまたもやヒートアップしちゃって、落ち着けと逆に宥められてしまった。

 悲しみが薄れたと言って声を上げて笑っていた聖南の言葉は、本当かもしれない。

 でも……聖南は今、社長さんに裏切られた気持ちでいっぱいなんだと思う。

 深くは知らないけど、赤ちゃんの頃から聖南を見てきたという社長さんは〝セナは息子同然だ〟って公言してるんだよ。

 それなのに信じてあげないって何?

 俺との付き合いを知っても否定しないで、それどころか応援までしてくれていたのに、レイチェルさんの言葉だけを信じるの?

 息子同然……なんじゃないの?

 そんな聖南の言葉を、簡単に跳ね除けちゃえるもの?

 信じてほしい人に信じてもらえなかった聖南の気持ちが、少しも分からないっていうの?

 ……うー……またムカついてきちゃった。


「あ、葉璃、ちょっと待って。 まだルイ来てねぇよな?」
「え? あー……まだみたいですね。 どうしたんですか?」


 聖南に言われてキョロキョロと目視で確認してみたけど、事務所の駐車場にそれらしい車はない。

 おもむろに振動するスマホを手に取った聖南は、俺に目配せだけして通話を開始した。


「おーっす」
『おはよう、ございます』
「えっ、恭也!? なんで恭也が……!?」


 スピーカーに切り替えた聖南のスマホから、まさかの親友の声がしてギョッとなった。

 二人がこんなに気軽に連絡を取り合うような仲だとは知らなくて、昨日の朝の妄想がよみがえりそうだ。

 ど、どっちがどっちなんだろう……まるで他人事で気になってしまうのは、二人がタイプの違うイケメンだからって事にしておこう。


『あ、葉璃? おはよ~』
「あっ……お、おはよ」
『朝からすみません。 セナさん、あの件お話してもいいですか?』
「ああ。 昨日葉璃にも話したからそのまま続けて。 何か分かった?」
『はい、一点だけ』


 ──えっ? あの件って、もしかしてレイチェルさんとの写真の事……?

 あ、……それで聖南はスピーカーにしてくれたんだ。 俺も事態を把握出来るように。

 何で恭也がその件を知っているのかは分からないけど、眼鏡姿の聖南の横顔を見詰めた俺は黙って二人の会話を聞いている事にした。


『昨日の朝、差出人不明の郵便物は、届いてない、そうです』
「……ん、届いてない?」
「…………??」



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