狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
274 / 539
26❥ゴシップ3

26❥9

しおりを挟む



 少しのあいだ見詰め合った後、葉璃は聖南からゆっくりと視線を外し、徐々に座高が低くなっていった。

 ソファに沈みながら猫背になり、ツンと唇を尖らせ、ぼんやりとアップルティーを見やっている。


「……聖南さん」
「…………ん」
「なんで言ってくれなかったんですか」
「レイチェルに告白された事?」
「そうです。 そんな大事なことは俺に言うべき、だったと思うんですけど」
「……同感。 でもな、慣れない仕事で大変な時にぐるぐるさせたくなかったから……って、言い訳くさいか」
「………………」


 葉璃は会話の時だけ、聖南を見た。

 自嘲気味に笑った聖南に何を言うでもなく、葉璃の視線はまたアップルティーへと戻っていき、本格的な沈黙に入ってしまう。

 結果的に隠し事をしていた聖南には、何の反論も出来なかった。 葉璃のためを思って判断した事が、結局は混乱と動揺を招いているのだ。

 聖南に限ってそんな事はないだろうと信じていた葉璃が、これまでにないほどのショックを受けるのもご尤もである。

 ひどく落ち込んでいるように見えた。

 続けざまに詫びようにも、声を掛ける事を憚るほど。


「──葉璃、頼む。 何か言って」
「………………」
「……葉璃」


 こんなにも重苦しい沈黙は、耐えられなかった。

 葉璃の肩を抱き、無理やり体を寄せ合う格好にしても葉璃は嫌がらず、それどころか聖南の胸にコツンと頭を寄せてきた。

 反射的に払い除けられる事を覚悟していた左手が、恐る恐るやわらかな髪に触れる。

 刹那、葉璃がポツリと呟いた。


「聖南さん……俺、……どうしよう」
「何? 何がどうしよう? 今何を考えてる?」
「あの、……一つしか考えられなくて、……あの……」
「どんな事でもいいから話して。 そもそもそんな写真撮られた俺に落ち度があるんだ。 好きなだけ罵倒したっていい、……けど、これだけは信じてくれ」
「………………」
「俺は葉璃を愛してる。 葉璃に信じてもらえねぇなら死んだ方がマシだって……」
「何言ってるんですか!!」
「…………ッッ」


 詫びるチャンスを与えてくれたと勘違いした聖南に、ギッと鋭い眼差しが近いところから飛んできた。

 その剣幕にたじろいだ瞬間、葉璃は派手な足音を鳴らして立ち上がり、ムッとした形相で聖南の前に立つ。

 迫力に負けた聖南は「えっ」と狼狽した。


「俺は聖南さんを信じてます! 信じるに決まってるでしょ! そこまでしょんぼりするほど、聖南さんは何にも悪いことしてません!」
「……葉璃、……」
「写真が世に出て事実が捻じ曲げられたって、いいじゃないですか! 俺と恭也が世間からどう見られてるか、知ってますよねっ? だから聖南さんも、目くらましになるなーくらいに考えてドンと構えててください! 俺はこれからも、聖南さんとは秘密の関係でいたいんです! その理由は聖南さんが一番知ってるでしょ!?」


 聖南の方こそソファにめり込みたい気分だったのだが、沈黙の間に脳内で状況整理をしていたらしい葉璃が、突如として爆発した。

 知ってるでしょ、と問われた聖南は小さく頷き、勇ましい恋人を見上げる。

 葉璃が何度となく語っているそれは、聖南にとっても大きな原動力となる言葉だ。


「……葉璃が俺の背中を追いかけたい、から」
「そうです!! もし俺と聖南さんの関係がバレたら、世間がどんな反応するのかなんて目に見えてます! 今回撮られたっていう写真が広まるよりも、さらに悪い方に転ぶかもしれないんです! 俺は、……っ、俺は、聖南さんが俺の存在を公表してくれただけで充分幸せなんですよ! そりゃあみんな、聖南さんの相手が誰かって詮索したくなる気持ちも分かりますし! でもそれとこれとは別です! ゴシップ撮られたからって、俺が聖南さんにとやかく言うはずないじゃないですか!!」
「………………」


 この光景を見るのは三度目である。

 他人のためにしか感情を荒らげない葉璃は顔面を真っ赤に染め、唇を震わせながら、およそネガティブとはかけ離れた叱咤を行う。

 聖南は、恋人宣言の相手が葉璃ではない人物で広まる事が許せなかった。 それこそデマだと各方面に訂正して回る気で居た。

 後先考えず、社長には「引退」までチラつかせ憤った聖南である。

 事実無根の情報で葉璃が傷付くのが嫌だった。

 それが原因で聖南のもとから離れていってしまうのが怖かった。


「ねぇ聖南さん。 ……俺、聖南さんが俺のことを毎日、大事に、大切にしてくれてる事くらい分かってます」
「………………」


 一通り言いたい事は言えたと、通常のトーンに戻った葉璃は聖南に両腕を広げた。

 聖南はその腕を優しく掴み、引き寄せる。

 日々の愛情表現がしっかりと伝わっていた事。

 聖南の危惧が杞憂に終わった事。

 葉璃との間に確かな信頼関係が芽生えていた事。

 どれもがたまらなく嬉しくて、言葉を失った。

 自らで聖南の膝の上に戻って来た葉璃が、頼りなげに見せかけたその温かい腕で、ギュッと抱き締める。


「そんな聖南さんが、俺を裏切るはずないです」
「…………っ」
「俺は多分、この世の誰よりも聖南さんの言葉を信じてます。 俺を誰だと思ってるんですか? 熱狂的な〝セナ〟信者ですよ」
「……っ、……」



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

処理中です...