狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
265 / 539
25★ゴシップ2 ─SIDE 恭也─

25★10

しおりを挟む



 まるで授業参観にやって来た親……もしくは葉璃のお兄ちゃんになったような気分で、三宅講師に言われた通り、俺はLilyのレッスン風景を磨りガラス越しに廊下から見ていた。

 俺がバッチリ見学出来ているという事は、当然中からも俺が見えてるって事で。

 結局メンバーの子達に会釈程度の挨拶だけはする羽目になるも、会話らしい会話を求められる事は無くてホッとした。

 今日見た限りでは、レッスン中は俺も経験してきたその光景とさほど変わらない。

 ただし、葉璃から〝ピリピリしてる〟と聞いてたからなのか、合間合間のメンバー間の会話が極端に少ないようには見えた。

 どの人か分からないけれど、Lilyのリーダーであるミナミっていう子だけが葉璃の味方らしい。 他九名はサポートメンバーそのものに否定的で、必然的に葉璃へのあたりも強くなっている、というのはその通りみたい。

 それに輪をかけて、おそらく彼女達には伝わっているはずのアイさんの音信不通。

 これでは雰囲気も悪くなる一方だ。

 終始俺にまったく近付いて来なかった彼女達は、レッスンが終わるとそそくさと更衣室に向かい、不自然なほどバラバラに帰宅して行った。

 葉璃がつい愚痴を溢してしまうくらいには、見るからにピリピリしたムードが立ち込めるレッスン。 あれは憂鬱以外の何ものでもないと思う。

 今に始まった事ではない孤立状態を、ひとりで戦っていたんだ……葉璃は。

 セナさんに言われるまで誰にも愚痴一つ溢さず、耐えていた。

 〝これも俺の仕事だから〟、〝俺にしか出来ない任務だから〟と。

 俺には到底真似できない。

 本番に強い葉璃は、不安心を跳ね除けて仕事上では一度たりともミスをしていないんだよ。

 〝怪我をしたアイさんの代わりに入ったサポートメンバー〟として、堂々とステージに立っていた。

 メディアから不審がられるどころかその実力を買われ、幾つもの事務所が〝ヒナタ〟にラブコールを送っているという話まで出ている。

 我慢しきりの裏側を、葉璃─ヒナタ─は少しも滲ませる事なく。






 着替えを済ませた葉璃と、スタジオから歩いて五分ほどのコーヒーショップで林さんの迎えを待つ事にした。

 葉璃の大好きなチョコリスタがある店だ。

 入店と同時にちょっと騒がれてしまって、俺と葉璃は長居出来ないと知るや二人ともが自然と隅っこに固まり、臨戦態勢で立ちっぱなし。

 座ってコーヒーを飲む事も出来ない……ほんの二年前には考えられなかった有名税だけれど、これはありがたい日常の変化として捉えるべき事。


「ねぇ恭也、……」
「うん?」


 甘いチョコリスタが目一杯入った大きなカップを両手で握った葉璃が、会話を周囲に聞かれるのを避けようと俺に密着してくる。

 俺は葉璃の声をよく聞くために屈んだ。 そうすると、遠巻きに俺達を見ていたギャラリーから黄色い声が上がる。

 ……また色んなところで、俺達の関係を取り沙汰されそうだ。


「もしかして事務所の人に何か言ってくれた?」
「え?」
「俺の更衣室、二階に用意されてたんだよ」
「えっ! そうなの?」
「うん……。 トイレで着替えようとしたら、三宅講師が案内してくれて。 次からここ使いなさいって」


 へぇ……朝 直談判したばかりなのに、もう対応してくれたんだ。

 事情を知らなかったらしい三宅講師が、それはあり得ない事だとすぐに動いてくれたのか。


「そっか……。 良かった」
「俺ね、着替えられればどこでもいいやって思ってて、そんなに苦じゃなかったんだけど……一人の空間はやっぱりいいね。 ……ありがとう、恭也」
「そんな……。 また俺、余計な事したかもって、ちょっと焦った」
「余計な事なんかじゃないよ! さっきの話だって、俺も聞いといて良かったと思ってるし……。 恭也が知らない間にどんどん逞しくなってて、なんか……」
「なんか、?」
「……なんて言ったらいいのか分かんないけど、……置いてかないでね? 俺のこと」


 声を潜めた葉璃から、至近距離で上目遣いを食らう。

 いやいや……何言ってるの。 ついさっき、改めて俺は劣等感に駆られてた。

 どんどん逞しくなってるのは、葉璃の方だよ。


「その言葉、葉璃にお返しします」
「えっ、なんで!? 返さないでよっ」
「葉璃も、俺のこと、置いてかないで。 同じペースで、進んでほしい。 愚痴も、弱音も、俺にはたくさん、吐いてほしい。 セナさんに頼るほどじゃない事は、俺が何とか、してあげたい。 俺はいつだって、葉璃の力になりたいし、味方でいたい」
「……恭也……っ」


 葉璃のカップを持つ手が、プルプルっと震えた。 上目遣いで俺を見てくる大きな瞳も、もの言いたげに濡れている。

 これはいつも思っている事。 いつも言っている事。

 誰にも見付からず、普通にコーヒーを楽しめなくなった俺達は紛れもなく、いつまでも親友であり戦友なんだ。

 少しだけアブノーマルな、異常な友情が根底にあるけれど。


「ここだと、ハグ出来ないね」
「…………うん」


 それを示すかのように、俺と葉璃は思いを共有していた。

 照れくさそうに俯いた葉璃に、俺もこっそり笑いかける。 傍目にはイチャついてるようにしか見えないのか、周囲からの黄色い声が止まない。

 葉璃の背中をそっと押し、「外行こうか」と促した。

 頷いた葉璃と通りに出ると、ちょうど林さんの運転する社用車が横付けされる。


「あ、林さん、お疲れさまです」
「お疲れさまです」
「……林さん?」


 いそいそと後部座席に乗り込んだ俺達の言葉が、スルーされた。 というより、何だか林さんの様子がヘンだ。

 ハンドルを握り締めて、遠い目をして前方を睨んでいる。

 俺と葉璃は、一定のリズムを刻むハザードの音が車内に響く中、顔を見合わせた。

 バックミラー越しに林さんの表情を窺うと突然、力無い声で「大変だよ」と呟かれた。


「…………?」
「林さん、どうしたんですか?」
「……大変なことになった」
「え?」
「え?」






 その日、葉璃は午後一から遠方で雑誌の撮影が入っていた。

 けれど俺の映画の撮影は午後三時からで、移動時間まで事務所で一度待機する事になっていたんだけど……。

 そのせいで俺は、林さんの呟きと遠い目の理由を誰よりも先に知る事となる。





しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...