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23♣悲嘆と希望 ─SIDE ルイ─
23♣10
しおりを挟む火葬場まで霊柩車でばあちゃんを運んでもろて、俺とセナさん、ハルポンは車で移動した。
なんやかんやとスムーズに人が動いてる。 これでもかとスピーディーな現場に、新たな涙を流してるヒマも無い。
直葬を望んだばあちゃんのためとはいえ、やっぱり世話になった人達へは伝えなあかんやろ。
ばあちゃん慕って、昔馴染みの客が仰山居てたやん。
友達かて最期の別れに来たがるやろ。
でもそんなんも許されへんかった、ばあちゃんの女の意地。
何もかも済んだあとで知らせてくれたらそれでいいやなんて、……ほんまに寂しないんかな。
会話がほとんど無かった、異色な三人の待機場での一時間。
この時こそ実感が湧かんかった。
名前呼ばれて、係の人に言われて一人で骨拾ってる時なんか、もっともっと現実味が遠のいた。
「……ばあちゃん、俺のこと引き取って育ててくれて、ありがとう。 葬式もせんと、こんな急いで荼毘に付さんでも良かったやろうに。 終活キッチリし過ぎやで、ほんま……」
骨壷まで用意してたばあちゃんは流石や。
周囲だけやなく、俺にまで弱いとこを一切見せんかったばあちゃんは、見事に夜の蝶のまま逝ったと思うわ。
「あとの事は俺がしっかりやったるからな。 安心して天国いくんやで。 あと……頼むから、俺がアホな事やってもうてもおばけになってビビらせてこんといてな」
骨壷抱いて、骨になったばあちゃんに言い聞かす。
こんなに独り言喋りながら拾う方は初めてです、と言われてもうたが、ばあちゃんの血が入ってる俺はおしゃべりなんやからしゃあないやんな。
関西弁と九州弁が入り混じった、ヘンな方言まで移ってもうてるねん。
寂しいよ。 悲しいよ。
もはや形まで変えてしもたばあちゃんの亡骸抱えて、最期に浸る。
今まで嗅いだことのない独特の匂いがするんは、恐らくばあちゃんやろな。
昨日も今日も、空は快晴。 雲一つない青空。 風はそんなに吹いてないし、秋やから気候がええな。
ばあちゃん、ゆっくり休み。
もう苦しい事ないで。
… … …
「……ルイさん……っ」
「おっと……、ハルポン、今は危ないからよしてな。 これ割ってもうたらばあちゃんの骨がもっとバラバラになってまう」
「あっ、すみませんっ」
「セナさんも、付き合ってもろてありがとうございました」
「ああ。 気落とさずにな。 やることたくさんあんだから、悲しむだけ悲しんだらすぐに現場復帰してくれ。 待ってる」
「ありがとう、ございます……」
なぜか泣きじゃくってたハルポンの頭撫でて、するとセナさんに少しだけ睨まれて、何となく気まずさを感じた。
とても伝えきれん感謝を、二人の背中に届けと願う。
ただ、どうしても……。
「知ってまうと余計に二人の距離感が気になるなぁ……」
あんな頻繁にヨシヨシしてたらいずれ誰かに勘付かれるで、セナさん。
あの大ヒントは、正解も同じやった。
フィッティングルームから出てきたハルポンの顔が真っ赤で、やたらと満足そうなセナさんの表情に何回目か分からん脱力してもうた。
何もこんな日に発覚する事ないやん。
気持ちが大渋滞やで。
俺はこれから、骨壷を俺ん家に置いて岡本サンとめちゃめちゃたくさん話をせないかん。
午後からの仕事はおろか、ハルポンの付き人にいつ復帰出来るか見通しも経たんほど、やらなあかん事が仰山ある。
まだ半分信じられん、驚愕の大スクープに踊らされてる場合やないんよ。
「……はい?」
車に乗り込んだと同時に、すべて終わった事を見計らったようにしてかかってきた電話は、明らかに気落ちしてる社長からやった。
『私だ。 ……終わったか』
「あぁ、終わったで。 今からいっぺん家帰って、弁護士と話するわ」
長いこと店の常連で、ばあちゃん個人とも付き合いの長かった社長も気が気じゃなかったんやろな。
生前のばあちゃんの意思を知ってたらしい社長は、昨日俺に時間だけ聞いて今まで連絡を寄越さんかった。
『そうか……。 手を合わせに行きたいんだが、……』
「別にかまへんよ、来たらいいやん。 俺の家知ってるやろ?」
『ああ、一時間後に向かわせてもらう。 それより、……なんだ、思ったよりも元気そうで安心した。 しばらくはツラいだろうが、ルイなら必ず乗り越えられる』
「それなんやけど、ハルポンが昨日の昼からずっと一緒に居ってくれたんよ。 それが一番デカかったわ。 ハルポンが居らんかったらの想像出来ひんくらい、ほんまに感謝してる」
『そうらしいな』
知ってるんかい。
て事は、やっぱり社長がセナさんに話してたんか。 義理堅いハルポンは、セナさんには俺のこと詳しく話してないと言うてたからな。
「あんなぁ、ばあちゃんの事セナさんに話したんは社長やろ? 今さら怒るとか何もないから、何で言うてしもたんかだけ教えてくれん?」
『……独断でルイのプライベートをセナに打ち明けてしまって、すまなかった。 ルイがオーディションに身が入っていない理由をと思い打ち明けたのだが、……セナなら良い理解者になると期待した。 あやつも苦労人だからな』
「セナさんが?」
『ああ。 これこそプライベートな事なので詳しくは話せないが、お前とセナは似ているんだよ。 境遇や生い立ちは多少違うけれど、両親の愛情を知らないという点でな』
「………………」
『悲しみ、切なさを知っている者は、そうでない者に比べて発信するメッセージの重みが違う。 同情を引いて他者の力を借りるのではなく、自らで何かを成し遂げようとする根本的な底力が違うのだ。 ルイ、お前はこれからセナの背中をしっかり見て、真っ直ぐに追い掛けなさい』
俺は、なんでセナさんに話してしもたんか聞いただけなんやけど。
なんや熱い説得に変わってる気がしてならん。
……セナさんは俺と似てるんか。
……セナさんも、両親の愛情を知らんで育ったんか。
社長がまた、今度は俺にセナさんのプライベートな話をしてしもてるけど大丈夫なんかいな。
信用に関わるし、何を知ろうが俺は誰にも言わへん。
セナさんの背中追い掛けろ言うなら、気持ちの整理してからやったらナンボでも頑張る意欲はある。
ただ、これだけは社長に確かめとかなあかん。
「……俺、セナさんの特ダネスクープ掴んでしもたけど?」
『そ、それを知ってしまったのか!? あぁ……だからわざわざ行くのはやめておけと言ったのに……』
「どういう事?」
『あの子の礼服を新調したいとセナから電話があってな。 既製品で良ければと真夜中に知り合いの店を紹介したのだ。 あぁ……ルイ、この事は一部のごくわずかな者しか知らないトップシークレットだ。 頼むから記者にタレこんだりせんでくれな……』
「そんな事せえへんよ」
社長、俺は皆まで言うてないぞ。 大スクープ掴んでしもた、って言うただけや。
大手の芸能事務所社長が、カマかけてあっさりボロ出したらあかんやん。
これは一時間後、説教せなあかんな。
「いやいやいやいや、ってか、ほんまのほんまやったんかいな……!」
通話を終えて、ハンドルを握ったそこでやっと叫ぶ。
大スクープの裏を取ったも同然な俺は、時間差で驚愕した。
CROWNのセナとETOILEのハルが恋人同士やというとんでもない真実に、しばらく思考が停止した。
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