狂愛サイリューム

須藤慎弥

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23♣悲嘆と希望 ─SIDE ルイ─

23♣6

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 昨日のちょうど今頃、ばあちゃんは息絶えた。

 最期の瞬間を見届けられんかったのが心残りで、看護師さんのエンゼルケアを一時間以上待たせてばあちゃんとの時間を過ごしたのが、まるで現実感なくて夢ん中の出来事のよう。

 血が通わんくなると、人ってほんまに冷たなるんやなぁ。

 眠るように逝くって表現、間違ってなかったんやなぁ。

 心臓が動いてへんだけで、生死が決まってまうんやなぁ。

 ばあちゃんの手を握っては離して、当たり前のことを何回も考えた。

 死に顔を見た瞬間は膝から崩れ落ちてもうたけど、泣き喚くことはせんかった。

 覚悟、してたつもりやったから。


「……ダンスは?」
「ダンス?」


 泣き疲れて眠ってた一時間ほどと、ファミレスでのドカ食いで体力回復したハルポンは、沈黙が続くと指先が震えてくる俺にやたらと話しかけてくれた。

 ハルポンなりにずっと気を使ってくれてるのが分かる。

 トイレ行くときでさえ「すぐ戻ります」の一言付けて、俺の目をジッと見てきた。


「レッスンとか通ってました?」
「あぁ、……いいや、独学やね。 動画観て動き真似して踊るんが楽しかってん。 ばあちゃんのおかげで俺めちゃめちゃ夜行性なってもうたし? スナックで二、三曲歌うてからその辺の広場でダチと踊る青春を過ごしてましたなー」
「独学であれだけ踊れるなんて……。 覚えが早いの納得しました。 動画観て踊るクセが付くと、自然とそうなりますよね」
「そうか、ハルポンも経験あるんよな」
「え、えっ!?」
「ケイタさんと手話してたやん。 〝あなたへ〟やっけ。 あん時はマジでシビれたわぁ……ほんまに二時間で振付け体に入れよるんやもん」
「あ、あぁ……その時のですね」
「他に何があるねん」
「い、いえ……っ」


 頭の上に汗かいてるマーク出てるけど、気のせいか?

 到底無謀やと思てた女優の代役を、歌含めてたった一日で完成させたハルポンにはマジで恐れ入った。

 あんな事、誰にも真似出来ん。

 あがり症やとか緊張しぃとかでイジられてるし、俺もそれを何回か目の当たりにしてるが、ハルポンの〝やらなきゃスイッチ〟は実力と才能が両方あってこそやからほんまにスゴイと思う。

 抱いた肩は華奢で、男にしては細い顎や首、可愛らしい顔につい目がいってまうけど、踊りだしたら表情がガラッと変わってオーラを放ち出す。

 漫画みたいな子。


「ハルポンは春香ちゃんと同じダンススクールに通ってたんやんな?」
「はい、そうです」
「いつから?」
「あー……中二からなので、十四歳ですね」
「そうなんや。 なんで相澤プロからデビューせんかったん? あそこは相澤プロが回しとるダンススクールやろ? ハルポンほど歌って踊れたらソロでもいけたんちゃうの?」
「そんな……それはないです。 俺、デビューしたくてダンススクールに通ってたわけじゃなかったんで……色々あって大塚芸能事務所からデビューする事になりましたけど……」
「その色々を端折るとワケ分からんな」
「すみません、……でも他に言いようがなくて。 俺も、何が何だか分からないうちにこうなってました。 偶然恭也とユニット組むことになって、偶然そこに聖南さん達CROWNが居て。 初めてステージに立った時のこと思い出すと、今でもパニック起こしかけます。 俺ほんとにここに居ていい人間なのかなって思ったりも、します……」
「出た、卑屈ネガティブ」


 何が何だか分からんうちにこうなってた、って。

 デビュー夢見てダンススクール通ってる子ら全員には、ちょっと聞かせられん話やな。

 ハルポンの性格じゃ、キラッキラな表舞台で黄色い声援浴びて、あわよくば大金稼ぎたいとかいう欲なんか皆無やったやろ。

 どんだけ才能あっても報われん人が仰山居てる中で、導かれてるとしか思えん何かがあったっちゅー事?


「俺、あの方々に偉そうなこといっぱい言っちゃったんですけど、俺も最初は、アイドルになるんだって強い気持ち……全然持ててなかった。 けど俺は歌とダンスが好きで、周りの皆さんにたくさん助けてもらって、それを気付かせてくれて、デビューした後くらいからやっと楽しさとかやり甲斐を見い出せるようになりました」
「……そうかぁ。 ハルポンも紆余曲折、葛藤があったんやなぁ」
「こんな性格ですから、皆さんに迷惑しかかけてないですけどね……」
「そうは思わへんけどな。 俺と一緒に踊りたいって号泣してたハルポンも、出番前に楽屋の隅っこでブツブツ言うてるハルポンも、アイツらに啖呵切ってたハルポンも、今こうして俺と居ってくれてるハルポンも、みな卑屈ネガティブとは関係ないやん。 ハルポンの意思でしっかり動いてる」
「………………」
「卑屈ネガティブ発揮すんのはバラエティ番組とか取材ん時やろ? 自然体でええやん。 そんなアイドル今まで居らんのよ。 むしろ治そうとせん方が息の長い芸能人になれるで」


 話しながら、だんだん人差し指をイジイジし始めたハルポンやから、事務所も業界も世間も受け入れたんちゃうの。

 これで実力が伴ってなかったらすぐに消えてくんやろが、ハルポンは努力と才能をひけらかさんし、驕ってない。

 欲深くない分、歌とダンスが好きやからって純粋な気持ちだけで活動出来てんのが強みやと思うわ。

 意地悪な目でやけど、なんやかんや言うて俺はデビュー会見からETOILEが出てる番組はほとんど見逃してない。

 何やこの甘えん坊やは……と腹が立ってしゃあなかったのに、たった三ヶ月ハルポンと一緒に居っただけで完全にその魅力に取り込まれた。

 それもまた、ハルポンの才能。


「ルイさん、……俺に「甘えてる」って言わなくなりましたよね」
「思てへんからな。 セナさんにも言うたんやけど、目に見えるもんだけを信じて鵜呑みにして、ハルポンの芯……中身を見ようとせんかった俺が悪かった。 ずっと謝りたかってん……初めて会った時、めちゃめちゃキツいこと言うてほんますまんかった」
「い、いえっ、……」
「ハルポンには絶対言うたらあかん事やった。 人それぞれ考えてることも個々の性格も違うのに、俺のものさしだけで判断して偉そうな事めいっぱい言うて、ハルポンにキツくあたってたよな。 俺の足引っ張ろうとしてたアイツらとなんも変わらん。 ……ごめんな」
「…………っ」


 過去のことやけど未だになんであんな事言うてもうたんやろって、後悔してる。

 ハルポンの優しさとかお人好しなとこにこんだけ助けられてるから、今がチャンスやと思て心から謝ってんのに、顔を覗き込もうとすると俯かれた。

 耳をすますと、「大丈夫です」と蚊より小さい声がする。

 ぷるぷると首を振って、二回は折り曲げてる袖を揺らし、俺に向かって手のひらをヒラヒラさせてきた。

 ……謝って照れられるってなんやねん。

 こっちも気恥ずかしなるわ。




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