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22❥焦燥
22❥7
しおりを挟む聖南は振動するスマホを手に固まった。
待ち望んだ名前とは真逆と言っても過言ではない、聖南の天敵と位置付けても良いそれを目にするのも不愉快だ。
画面を覗き込んだアキラはケイタに視線を送り、「セナ」と声を掛けた。
「出てみろ」
「出なよ!」
「………………」
振動を止める方法は、出ずに電源をオフにするかいっそ出てしまうかの二択である。
迷わず前者を選ぼうとした聖南に、二人は揃って顎をしゃくって見せた。
重たい溜め息を吐いたあと、左手に握っていた箸を渋々と置く。 彼女の声を聞く心構えが数秒必要だった。
「……はい」
『あ! セナさん! お疲れ様です。 レイチェルです』
「あぁ、お疲れ」
『あの……私今、セナさん達がいらっしゃるお店の近くにいるんです』
「ん、っ? えっ!?」
嫌味なほどにハツラツとした声で、レイチェルは驚くべき事を平然と言い放つ。
へぇ、と気の無い返答をしようとしたはずが、思わずたじろいだ。
この動揺を伝えるべく咄嗟にミュート機能を使った聖南は、アキラとケイタに「この女ヤバいって!」と小声で吐露する。
「おいセナ、どうしたんだよ」
「レイチェルがこの店の近くにいるって!」
「ええっ!? なんでセナがここにいるってバレてんの!?」
「知らねぇよ!」
「いいから続き聞け。 俺ら黙ってるからスピーカーにして」
アキラに言われた通り、ミュート機能を解除してからはスピーカーに切り替えて通話をする事にした。
これだけでいくらか気持ちが違う。
ヤバいと狼狽えたが、〝なぜ〟を問いたくないほど一度植え付けられた敗北感は根強く聖南の心に残っていて、そのためあまり良しとされない表現ではあるがレイチェルアレルギーが深刻なのだ。
『セナさん?』
「あ、あぁ。 それで?」
『厚かましいお願いなのですが、ご一緒してもよろしいかしら?』
「…………っ!?」
『おじ様も一緒なの』
「社長も!?」
『えぇ。 そちらのお店で食事をすると、ケイタさんがおじ様にお話していたみたいで。 お二人へのご挨拶もかねて、ぜひ私も仲間に入れていただきたくて!』
「あー……ちょっと待って。 二人にも聞かねぇと……」
逃げるように再びミュート機能を使用する。
スピーカーでレイチェルの話を聞いていたアキラとケイタにはその必要は無かったが、一応の建前を行使した。
どうも二人で話していると早々に切り上げたくて仕方ない。
聖南の逃げを黙認したアキラが、画面に表示されたミュート機能を示すマークを確認する。 そして、レイチェルにこの場を知られている経緯のキーマンであるケイタを問い質した。
「ケイタ、社長とそんな話したのか? 俺らが今日集まるってほんの二時間くらい前に決まった事じゃん」
「あーーっっ! そういえばさっき社長と電話したんだった!」
「なんで忘れてんだよ……」
「だって他の演者さんが周りに居た時に掛かってきたんだもん! 今夜集まれないかって言われたけど、セナとアキラとこの店でメシ食うからって言ってすぐ切ったんだ!」
「あーそれで。 俺とセナには社長からの連絡が無かったわけだ」
「社長同席なら構わないんじゃない? アキラはどう?」
「俺はどっちでも」
周囲に気を使い、ぞんざいに返答したケイタに罪は無い。
非常に気が進まないけれど、大塚社長も共に夕食の席につくならばそれほど心配は要らないだろう。
今夜集まりたがっていたらしい社長も、レイチェルが居てはオーディションの件については語れない。 つまりは長丁場を避けられる。
「もしもし? 社長も一緒なんだよな?」
『はい、そうです』
「それならまぁ……どうぞ。 店員には言っとくからそのまま〝村雨〟って個室に来ていい」
『分かりました! 早速向かいますね! 失礼しまぁす!』
音割れするほどあまりに快活な返事を最後に、通話は向こうから切れた。
シン……と静まり返る中、三人は互いの顔を見合わせる。
「………………」
「………………」
「………………」
アキラはつい先程まで飲んでいた水割りではなく、波佐見焼の小洒落た湯呑みに注がれたお茶をズズッと啜った。
聖南はもちろん冷水を口に含み、嚥下にいくらも時間をかける。
キーマンであったケイタはというと、居心地の悪そうに肩を竦め並んで腰掛けている聖南とアキラにすまなそうな視線を送った。
「なんか……ごめんね……?」
「ケイタのせいじゃねぇよ」
「あぁ、違う。 ケイタは悪くねぇ」
「でも責任感じちゃうよー。 と言いつつ、楽しみにしてる俺がいるー!」
コロッと態度を変えたケイタは、いかにも申し訳ないといった子犬顔がうまかった。 ドラマに映画にと引っ張りだこなだけあり、やはり演技派である。
聖南の体面を考えると、ケイタの〝楽しみ〟発言に難色を示すしかないアキラは渋い顔だ。
「なんで?」
「俺とアキラは初対面じゃん! ハル君からセナを略奪しようとしてる強引なお嬢さんの顔を、ひと目見てみたいなぁと思ってたんだよねー」
「……気持ちは分かる」
「でしょー!」
「アキラも分かんのかよ」
ツッコミを入れたはいいものの顔の筋肉が硬直し苦笑いさえ浮かべられない聖南は、すでに精神的ダメージを体内に蓄積している。
スタッフ等との日程が合わず、再レコーディング(リテイク)の日取りもまだハッキリしないので、彼女と会う理由も話題も無い。
尚且つ、スマホで彼女の名を見た瞬間からとんでもなく不吉な予感がしていた。
待ち焦がれている恋人の名ではなかった事でそう感じるのであれば、まだいいのだが。
「社長も同席してて、しかも今日は俺とアキラも居るんだからそんなしかめっ面しなくて大丈夫だよ、セナ!」
「長い付き合いだけど、セナのその微妙なツラ初めて見るかも」
「ぶっちゃけマジでイヤなんだよ。 葉璃からは連絡来ねぇし」
「またそこに戻んの? ハルなら心配いらねー……」
「あっ、待って待って。 来たんじゃない?」
扉の向こうのヒール音を敏感に察知したケイタが、聖南とアキラに向かって「シーッ」と言いながら人差し指を立てて揺らした。
テーブルに並んだ品々も静けさに加担している。
時が止まったかのような静寂に包まれたその時、〝村雨〟の扉がノックされた。
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