狂愛サイリューム

須藤慎弥

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22❥焦燥

22❥3

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 この業界で長く生きてきた聖南は、選考時最も重視していたのは実力だった。

 知らない者同士が集まり、ゼロから作り上げなければならない仲間意識というものは、同じ時を過ごしていく中で徐々に構築されていく。

 切磋琢磨し、互いの長所と短所を知り、芸能界の荒波に揉まれてメンバー間の絆を深めていけば人間性は多少なりとも変わるもの。

 形式張った面接と、たった五分程度のスピーチだけではどうしても彼らの本質を見極める事は難しいが、聖南は自らの経験と重ね合わせていた。 

 役者に向かないと意気消沈し、家庭の事情で一度は腐っていた聖南も一歩一歩進むにつれて道が拓けてきた事実がある。

 考え方を変えれば、もっと広い視野で物事を見ることが出来るようになる。

 CROWN結成当時の聖南には、オーディションにやって来た彼らのような夢や野望が無かった。

 バトンもタスキも自信も持たぬままスタートラインに立ち、先の見えないゴールへとにかくひた走れと無茶を言われたものの、アキラとケイタが常に並走し励ましてくれていた。

 グループとして活動していくからには必要不可欠な〝絆〟を育む作業は、加入後でないとまず無理なのである。

 最終オーディション前夜、社長の急な思い付きと思惑の通り、聖南も知りたかった葉璃と恭也の胸の内を聞き出す事に成功した。

 揃って根暗気味な二人がそれほどまでに万全の受け入れ態勢であるならば、ETOILEの今後にさらに大きな光を照らす〝実力のある者〟を見極めよう。 あの時聖南はそういう意味で二人を鼓舞し、自分にも言い聞かせていた。


「…………ふぅ、……」


 事務所のトップが同席していながら、微笑の圧力で四名を退室させ静まり返ったスタジオ内は、梅雨時と紛うほどジメジメと湿気た空気が漂う。

 溜め息を吐いて社長を振り返ると、口を出すまでもなかったとばかりに無表情を決め込んでいて、スタッフ五名と幹部三名に至ってはこれからの事で頭がいっぱいなのだろう。 二の句を待つように、ジッと聖南を凝視していた。


「オーディション、振り出しに戻っちまったな」


 散らばった書類をかき集め、それを社長に手渡しながら聖南は苦笑した。

 少しも顔色を変えずに書類を受け取った社長はというと、何故か「いいや」と首を振る。


「一人居るではないか」
「……ルイ?」
「あぁ。 セナが言っていた通り、これが新規のグループ誕生オーディションであれば、書類選考の時点でルイは選ばれていない。 しかしハルは、ルイを選んだ。 ……恭也、君の考えはどうだろう。 二人の意見が最優先だが」


 事の成り行きを見守っていた恭也に、やや本心を語りにくい問い掛けが飛ぶ。

 この場で「俺は嫌です」とは言えない空気を作られてしまい、突然話を振られた恭也を気の毒に思った聖南が助け舟を出そうとしたのだが、その必要は無かった。

 シンプルな私服姿で、日頃から葉璃を一番の親友だと豪語する美丈夫に成長した恭也が、スッと立ち上がる。


「俺も、賛成です。 オーディション終了ごとに、ルイさん以外の候補者の方々を、選考しようとしましたが、葉璃とは全然、意見が合いませんでしたから」
「そうか」
「……はい」


 恭也は、むしろこの結果で良かったと付け加えでもしそうな勢いで、怯む事なく淡々と答えた。

 めざましい成長を見せる恭也なら、恐らく誰が加入しようがうまくやっていたに違いない。 しかしそれは一時の間だけで、真の仲間になれたかと言えば否である。

 当初からETOILEへの加入を踏み台としか考えていなかった本音を、オーディションの最中から滲ませていた彼らの事だ。

 遅かれ早かれ、いずれは本性がバレて葉璃の逆鱗に触れ、そうなると恭也も必ず怒り狂う。

 ルイに連れられてスタジオを出て行った葉璃を、ひどく心配気に目で追っていた恭也の中枢は、葉璃との居場所であるETOILEを守ることのみだからだ。


「……何にせよ、話し合いした方がいいと思うんだけど」
「セナ、もう一回ハル君の様子見てきてよ」
「………………」


 スタッフ等の落ち着かない空気を察したアキラとケイタに言われ、聖南は渋々頷いた。

 もちろんすぐにでも葉璃を連れ戻し、候補者らに激怒した理由とルイ加入の意思を問わなくてはならない。

 特に事務所の幹部とスタッフは、最終オーディションが試験直前で反故になり焦っている。 聖南に向けられた視線には、「一体どうするつもりなんだ」という狼狽がしっかり見て取れた。

 ETOILEは五人体制になる事で完全体になる──社長のその一声によって、半年以上かけて行われてきたオーディションの末路がこの様では、裏方サイドが焦るのも致し方ない。

 悲しみに暮れている葉璃とルイの抱擁の場に戻るのは気が引けるのだが……と、聖南が少しの躊躇を見せたのと同じくして、スタジオの扉が開かれる。


「葉璃……」


 泣き腫らした瞳を擦りながら、葉璃はルイに支えられるようにして戻って来た。

 ルイもまた、目元が真っ赤になっている。


「……お騒がせしてすんません。 どんな結果でも文句は言いませんし、受け入れます。 すみませんでした」


 社長をはじめ、この場に居る者全員の顔をぐるりと見回した後に深々と頭を下げたルイは、先程のように何分もそのまま動かなかった。

 なぜ喪服で現れたのかという追及を、誰もする事が出来ない。 聖南と社長、そしてルイの隣で未だ啜り泣く葉璃のみがその理由を知っている。

 オーディションそのものが無くなってしまった事で、スタジオ内の重苦しい空気はなかなか晴れない。

 ルイになんと声を掛けたら良いか分からない聖南も動けず、ふと立ち上がった社長に諸々を託すしかなかった。


「──ルイ、何時だ」
「………………」


 問われたルイが、顔を上げる。

 何の事を言っているのか分からないと社長を見やり、数秒考えて悟ったルイはゆっくり瞬きをした。


「何時だ、と聞いている」
「明日の十時や」
「……分かった」


 頷いた社長とルイの短い会話の意味が、聖南にはまるで分からない。

 啜り泣いていた葉璃が「十時」と聞いた瞬間、わっと両手で顔を覆った事で図るしかなかった。




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