狂愛サイリューム

須藤慎弥

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21♡強欲

21♡9

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 ルイさんは、改まってああいう場を作らない限り普段は何にも話してくれない。

 最終オーディション真っ只中だからって、あの後も俺の方が追い返される形で別れた。

 翌日以降ももちろん、プライベートな事は何も。 俺に悟られないようになのか、寂しそうな横顔も減った気がした。

 他の候補者の人達には悪いけど、設けられた選考の場でも目についたのはルイさんの名前だけで、他二名も絞らなきゃいけないのに恭也と俺は意見が合わなかった。

 ルイさんがズバ抜けてるせいで、あとの四人が霞んでしまってる。

 聖南もスタッフさん達も、オーディションはそういうものだって言ってた。

 今輝いていないだけで、後々光るものを持った人を見極めるのがオーディションなんだって。

 そしてその場でもう一つ言われてたのは、ルイさんみたいに圧倒的な人が必ず一人は居て、プロの目利きを持った選考人はあえてそういう人は選ばないって事も。

 すでに原石とは呼べない光り輝く素質を持った人は、わざわざ事務所がバックアップしなくても売れていく。 ……ものなんだって。

 それを聞いた俺は、恭也と顔を見合わせた。

 長く芸能事務所に携わる人達が言ってる事は、まだまだひよっこな俺にだって理解出来る。

 でも、だとしたらルイさんはほぼ確実に選ばれる事はない。

 〝一緒にステージで踊ろう〟──ルイさんが俺と同じ気持ちを抱いてオーディションに臨んでくれてるのに、光るものが突出してるせいでそれが叶わないかもしれない。

 そんな可能性を少しも考えてなかった俺は、まだまだ目先の事にしか目を向けられてない未熟さを痛感していた。


「──聖南さんっ」
「おぉ、熱烈だな♡ 葉璃ちゃんただいま」


 ソファに居た俺は、玄関の電子ロックが解除された音を聞くや聖南のところまで走って行って、その体に飛び付いた。

 軽々と受け止めてくれた聖南にぶら下がると、笑いながら頭を撫でてくれる。


「……そんなくっついてたら、聖南さん手洗いうがいが出来ねぇよ?」
「じゃあ背中に乗っときます」
「あはは……っ、オッケー」


 足を宙に浮かせたまま、よじよじと聖南の体を伝って背中に回る。 それを手助けしてくれてる聖南の声が、とっても優しい。

 最近はルイさんのプライベートな事情で、一人で帰る事が多くなった俺は聖南の帰りが毎日待ち遠しいんだ。

 洗面所までおんぶでついて行って、手洗いとうがいをしてる聖南の背中にぴとっとくっつく。

 いくらなんでも子どもっぽい事してるよね……。

 我に返った俺が離れようかどうしようか悩んでいると、濡れた手を拭う聖南と鏡越しに目が合った。 その瞬間、ふっと微笑んでくれる。


「葉璃が甘えてくんの、俺はすんげぇ最高に嬉しいけど。 何かあった?」
「いえ……明日のダンス試験がドキドキで……。 試験受ける側じゃないのに、俺が一番緊張してるかも……」
「それで俺にくっついてんの?」
「……はい」
「かわいーかよっ♡」
「えっ? うわわ……っ」


 俺がする事はなんでも〝可愛い〟に直結する聖南に、どういう技を使ったのか床におろされてほっぺたを触られた。

 長い腕は、自由自在に動くらしい。


「風呂上がったらマッサージしてやるよ。 ふくらはぎ凝ってるだろ」
「ふくらはぎ?」
「第二の心臓って呼ばれてんだろ? 血の巡りを良くして、明日に備えような」
「へぇ……!」
「急いでシャワー浴びてくるから、ベッドで待ってな」


 微笑んだ聖南に大好きな手銃を向けられて、ポポポっとほっぺたが熱くなる。

 聖南と居ると、いつドキドキさせられるか分かんない。

 明日の緊張が瞬時に邪な方へとすり替わって、その場で全裸になった聖南を直視出来ない俺は言われた通りベッドで待ってる事にした。

 ふくらはぎのマッサージって、何するんだろう。

 第二の心臓なんて聞いた事無かったけど、聖南がしてくれる事なら何でも嬉しい。

 俺も、聖南の背中とか腕をほぐしてあげよう。 だって俺、洗濯しかお家のこと協力出来てないんだもん。

 二十分後、お風呂上がりのいい匂いとセクシーなオーラをムンムン纏った聖南がベッドに上がってきた。

 やらしい空気だ……と思ってたのは俺だけで、電気を消さなかった聖南はほんとにふくらはぎのマッサージを開始した。

 うつ伏せになった俺のふくらはぎに、柑橘系の香りのオイルを薄く伸ばされる。 これはたまに、聖南が俺の首やお腹に塗ってくれるやつだ。


「んっ……っ……はぁっ……あっ……」


 足首のマッサージは気持ち良かった。

 膝関節の裏側を両手の親指でもみもみされるのも、くすぐったいけど我慢できた。

 ただ問題は、ふくらはぎ。

 下から上に絞るようにして揉まれるとかなり痛い。

 凝ってる意識は無かったんだけど、第二の心臓のマッサージってこんなに痛いものなの……っ?


「ぅあっ、あっ……あっ……」
「おい、葉璃ちゃん……っ」
「痛ったぁ……あっ、あっ……痛いっ……そこ、そんなに強くしないで……っ、聖南さんっ……っやぁっ……」
「は、葉璃、ちょっと……」


 両方のふくらはぎを攻められて悶え苦しんでいると、聖南の戸惑う声と同時にその痛みは止んだ。

 ふぅ……汗かいちゃった。 涙まで出てる。

 聖南の手が止まったから、俺は上体だけを起こして振り返った。


「うー……ありがとうございます……。 ふくらはぎのマッサージって結構痛いんですね……って、あれ? 聖南さん、どうしたんですか?」
「いや……忘れてた。 葉璃ちゃんマッサージしたら喘ぐんだっけ」
「あっ、あ、? 喘いでましたっ?」
「ガンガンな」
「うわぁっ……恥ずかしいです! 俺の口塞ぎますっ?」
「いや、それはもっとエロいからやめよ!」
「じゃあ俺どうしたら……っ」


 俺またやっちゃったんだ……!

 ちょっと前に、それが原因で聖南からプチお仕置きされた事があったけど、俺は喘いでたつもりなんてない。

 痛くて声が我慢できなかっただけで……。

 もうやめましょ、と言いかけた俺の目線が、上にいく。

 聖南がおもむろにベッドをおりて、立ち上がったからだ。


「ローション持ってくる」
「えっ!? なんでローションっ?」
「そんなの決まってんじゃん。 ふくらはぎのあとは、全身の血行を促す運動♡」
「聖南さんっ、それってただの……っ」
「ただの? 何?」
「~~~~っっ」
「何だろうなぁ? ん~聖南さんには分かんねぇなぁ~」


 笑顔で寝室を出て行った聖南のその瞳には、さっきまで感じなかったギラギラが見え隠れしていた。

 今日はそれどころじゃないのに、俺が聖南の獣スイッチを押したせいでお返しのマッサージもまた保留。

 明日は重要な最終オーディションがあるから、手加減はしてくれるかもしれないけど……聖南にとってのそれはいつも、俺にはあんまり通用しない。






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