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19♣夢 ─SIDE ルイ─
19♣5
しおりを挟む「──ん、誰やこの番号」
歌唱試験を明日に控えた夜。 ってか、それは深夜に近い時間やった。
ハルポンがうるさいっちゅうこじつけを味方に、ついさっきまでカラオケ行って試験曲目を練習してた俺は、自分の考えとか目先のしんどい事から目を逸らし続けてる。
体を起こして、スマホを手に取った。
一旦切れてもまた鳴り始めるそれは、よほどの急用らしい。
だがしかし、寝る前の恒例、ヒナタちゃんをテレビ越しに応援する貴重な時間を潰した電話は知らん番号からやった。
普段ならシカトするんやけど、なぜかこん時は何気なく出てしまった。
「……はい?」
『あぁ、ルイか? お疲れ。 俺リュウジだけど』
「おぅ、リュウジか。 お疲れー。 なんや? 番号交換なんてしてたっけか?」
誰かと思たら、今回のオーディションで加入メンバーの座を争う候補者の一人、よその事務所のレッスン生であるリュウジや。
嘘くさい笑顔と、そんなに振り覚えのよくないリュウジは恐らく最終選考には残れんやろう。
まぁそんなこと言うてる俺も、実力しかないから人のことは言えん。
『お前と連絡取りたくて知ってる奴から聞いたんだよ。 明日の歌唱試験の日時が変更になったんだ』
「はぁ? そらまた急やな。 いつになったん?」
『来週の土曜、同じ時間だ』
「ほぉほぉ。 ……オッケー、了解。 わざわざありがとうな」
『おう、いいって事よ。 じゃあな!』
やけに電話の向こうが騒がしかった。
リュウジ、この時間にまだ外をほっつき歩いてんのかいな。
夜遊びは程々にしとかんと、寝首かかれるで。 ルックスだけで生き残れるほどこの世界は甘くないし。
それにしても急な変更やなぁ。
タブレット端末に明日の予定変更を打ち込んで、林さんと共有してるハルポンのスケジュールとメールを確認してみたけど、こっちは何も音沙汰が無かった。
「おかしいな。 ハルポンのスケジュール変更されてないやん」
明日のハルポンのスケジュールは歌唱試験のみ。
他に仕事を入れる予定は無いって林さんも言うてたから、明日は自動的にオフになったという事か。
「それならそうと連絡くれたらええのに。 オフに浮かれて忘れとんのやろな。 ……そっとしといたるか」
もしかしたらもう寝てもうてて、俺には朝にでも連絡しようと思ってるんかもしれん。
そない怒ることでも悩むことでもない。
カラオケ行って練習する期間が増えたと思えばええ。
「あぁ~、全然知らんバンドになってるやん! ヒナタちゃん~~」
ふっとテレビを観るとLilyの出番が終わってた。 ただ録画番組のええところは、すぐ巻き戻せてスロー再生できる点。
オーディションがなくなってハルポンと同じく俺もオフになった事やし、ちょっとだけ夜ふかししてヒナタちゃん観ててもええやろか。
そんで明日の夜は、歌唱練習終わったら久々に店を開けよう。 掃除もせんとやからな。
せっかくやしオフにしか出来んことをしようやないの。
… … …
──うるっさいなぁ……。
「……なんやねん。 何回も何回も鳴らしよって」
『ル、ルイさん!! 今どこですか!!』
あぁ、ハルポンか。 今日は声に覇気があるな。
さてはたっぷり今まで寝てたんか? 結局朝も連絡寄越さんかったし。
久しぶりのオフやから俺も好きに過ごさせてもらってるで。
「どこって家やけど。 ふぁぁ……昼寝してたわ」
『なっ……昼寝!? 何考えてるんですか! そんなにオーディションが嫌なんですか!? ルイさん来ないから、て、てっきり俺あの人が危ない状況なのかと……!』
声を潜めたハルポンの「あの人」が、誰なんかは分かる。
大丈夫や。 病院からは何も連絡きてないし……何なら、このハルポンの電話くるまで今朝から一回もスマホ鳴ってない。
ていうかハルポン……なんでこんな怒ってんの?
そんなにオーディションが嫌なんですか、ってどういう意味?
俺ひっぱたかれるの嫌やからちゃんと参加するって言うてるやん?
「何や……? オーディション?」
『そうですよ! 今日は歌唱試験の日でしょ!』
「は? だって日時変更……」
いやいや、待て待て。 そないな剣幕で何を言うてんの。
昨日リュウジから連絡もろて変更になったん知ってるで……、と、笑ってた口元がピシッと固まる。
名前と顔しか知らんリュウジより、この電話越しにも焦りが伝わるハルポンの方が信憑性あるに決まってるやんな。
……あぁ、そうか。 寝首かかれたんは俺の方やっちゅう事か。
「……すまんすまん! うっかりしてたわ。 すぐ行く」
『お願いします!! ルイさんの順番最後にしてもらいますから!』
「ほんまにごめんな」
超特急で行く、と言って通話を切ったものの、俺は少しの間ひとりで薄ら笑いを浮かべた。
業界にはありがちやん。 ましてや今俺は、デカい事務所の人気ユニットのオーディション真っ最中。
CROWNともETOILEのハルとも繋がってる俺が、陥れられんわけが無かった。
「こういう事があんのか……」
ヒナタちゃんがLilyのメンバーからイジメにあってるのを目の当たりにした時の事が、ふと頭によぎった。
あれにはまた違う事情もありそうやったけど、深くまで教えてもらえんかったからあの後どうなったんかは知らん。
薄ら笑いが、苦笑いに変わっていく。
「支度、せんとな……」
そうや。 業界にはありがちな足の引っ張り合いやんな。
まさか俺がそれを経験するとは思ってもみんかったけど、なんや胸糞悪いわ。
腹の立つ奴や……そっちがその気なら俺もやったろうやないの。
嘘くさい笑顔とおべっか並べ立てたスピーチだけで、ハルポンと踊れると思たら大間違いやで。
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