狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
200 / 539
19♣夢 ─SIDE ルイ─

19♣5

しおりを挟む



「──ん、誰やこの番号」


 歌唱試験を明日に控えた夜。 ってか、それは深夜に近い時間やった。

 ハルポンがうるさいっちゅうこじつけを味方に、ついさっきまでカラオケ行って試験曲目を練習してた俺は、自分の考えとか目先のしんどい事から目を逸らし続けてる。

 体を起こして、スマホを手に取った。

 一旦切れてもまた鳴り始めるそれは、よほどの急用らしい。

 だがしかし、寝る前の恒例、ヒナタちゃんをテレビ越しに応援する貴重な時間を潰した電話は知らん番号からやった。

 普段ならシカトするんやけど、なぜかこん時は何気なく出てしまった。


「……はい?」
『あぁ、ルイか? お疲れ。 俺リュウジだけど』
「おぅ、リュウジか。 お疲れー。 なんや? 番号交換なんてしてたっけか?」


 誰かと思たら、今回のオーディションで加入メンバーの座を争う候補者の一人、よその事務所のレッスン生であるリュウジや。

 嘘くさい笑顔と、そんなに振り覚えのよくないリュウジは恐らく最終選考には残れんやろう。

 まぁそんなこと言うてる俺も、実力しかないから人のことは言えん。


『お前と連絡取りたくて知ってる奴から聞いたんだよ。 明日の歌唱試験の日時が変更になったんだ』
「はぁ? そらまた急やな。 いつになったん?」
『来週の土曜、同じ時間だ』
「ほぉほぉ。 ……オッケー、了解。 わざわざありがとうな」
『おう、いいって事よ。 じゃあな!』


 やけに電話の向こうが騒がしかった。

 リュウジ、この時間にまだ外をほっつき歩いてんのかいな。

 夜遊びは程々にしとかんと、寝首かかれるで。 ルックスだけで生き残れるほどこの世界は甘くないし。

 それにしても急な変更やなぁ。

 タブレット端末に明日の予定変更を打ち込んで、林さんと共有してるハルポンのスケジュールとメールを確認してみたけど、こっちは何も音沙汰が無かった。


「おかしいな。 ハルポンのスケジュール変更されてないやん」


 明日のハルポンのスケジュールは歌唱試験のみ。

 他に仕事を入れる予定は無いって林さんも言うてたから、明日は自動的にオフになったという事か。


「それならそうと連絡くれたらええのに。 オフに浮かれて忘れとんのやろな。 ……そっとしといたるか」


 もしかしたらもう寝てもうてて、俺には朝にでも連絡しようと思ってるんかもしれん。

 そない怒ることでも悩むことでもない。

 カラオケ行って練習する期間が増えたと思えばええ。


「あぁ~、全然知らんバンドになってるやん! ヒナタちゃん~~」


 ふっとテレビを観るとLilyの出番が終わってた。 ただ録画番組のええところは、すぐ巻き戻せてスロー再生できる点。

 オーディションがなくなってハルポンと同じく俺もオフになった事やし、ちょっとだけ夜ふかししてヒナタちゃん観ててもええやろか。

 そんで明日の夜は、歌唱練習終わったら久々に店を開けよう。 掃除もせんとやからな。

 せっかくやしオフにしか出来んことをしようやないの。





… … …



 ──うるっさいなぁ……。


「……なんやねん。 何回も何回も鳴らしよって」
『ル、ルイさん!! 今どこですか!!』


 あぁ、ハルポンか。 今日は声に覇気があるな。

 さてはたっぷり今まで寝てたんか? 結局朝も連絡寄越さんかったし。

 久しぶりのオフやから俺も好きに過ごさせてもらってるで。


「どこって家やけど。 ふぁぁ……昼寝してたわ」
『なっ……昼寝!? 何考えてるんですか! そんなにオーディションが嫌なんですか!? ルイさん来ないから、て、てっきり俺あの人が危ない状況なのかと……!』


 声を潜めたハルポンの「あの人」が、誰なんかは分かる。

 大丈夫や。 病院からは何も連絡きてないし……何なら、このハルポンの電話くるまで今朝から一回もスマホ鳴ってない。

 ていうかハルポン……なんでこんな怒ってんの?

 そんなにオーディションが嫌なんですか、ってどういう意味?

 俺ひっぱたかれるの嫌やからちゃんと参加するって言うてるやん?


「何や……? オーディション?」
『そうですよ! 今日は歌唱試験の日でしょ!』
「は? だって日時変更……」


 いやいや、待て待て。 そないな剣幕で何を言うてんの。

 昨日リュウジから連絡もろて変更になったん知ってるで……、と、笑ってた口元がピシッと固まる。

 名前と顔しか知らんリュウジより、この電話越しにも焦りが伝わるハルポンの方が信憑性あるに決まってるやんな。

 ……あぁ、そうか。 寝首かかれたんは俺の方やっちゅう事か。


「……すまんすまん! うっかりしてたわ。 すぐ行く」
『お願いします!! ルイさんの順番最後にしてもらいますから!』
「ほんまにごめんな」


 超特急で行く、と言って通話を切ったものの、俺は少しの間ひとりで薄ら笑いを浮かべた。

 業界にはありがちやん。 ましてや今俺は、デカい事務所の人気ユニットのオーディション真っ最中。

 CROWNともETOILEのハルとも繋がってる俺が、陥れられんわけが無かった。


「こういう事があんのか……」


 ヒナタちゃんがLilyのメンバーからイジメにあってるのを目の当たりにした時の事が、ふと頭によぎった。

 あれにはまた違う事情もありそうやったけど、深くまで教えてもらえんかったからあの後どうなったんかは知らん。

 薄ら笑いが、苦笑いに変わっていく。


「支度、せんとな……」


 そうや。 業界にはありがちな足の引っ張り合いやんな。

 まさか俺がそれを経験するとは思ってもみんかったけど、なんや胸糞悪いわ。

 腹の立つ奴や……そっちがその気なら俺もやったろうやないの。

 嘘くさい笑顔とおべっか並べ立てたスピーチだけで、ハルポンと踊れると思たら大間違いやで。




しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...