狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
197 / 539
19♣夢 ─SIDE ルイ─

19♣2

しおりを挟む



 質素な八畳一間の1Kが、俺の城。

 カーテンと冷蔵庫とテレビと、一人分の食事がのる程度のテーブルはかろうじてある。

 あとは何もない。

 十八になっていきなりばあちゃんから家を追い出されて、「あんたはもう一人前やし独り暮らしせぇ」なんて。

 みなし子の俺によう言うてくれるわ。

 引っ越し費用を出してもろたから、またまた俺は何も言えんかったんやけど。


「あ、……」


 録り溜めてるLilyの出演番組をテレビで流してると、ETOILEが映った。

 恭也とハルポンが対の衣装着て歌って踊って、事あるごとに目配せして……ようステージの上であんなイチャイチャ出来るなぁ。

 あの二人こそキャラやないって知ったら、ファンは卒倒するやろな。

 どっちか言うたら楽屋での方がイチャイチャ度は高いかもしれん。


「はぁ……にしても、ハルポンには悪いことしたなぁ……」


 二人のパフォーマンスを見てると、ここに越してきたばっかりの事が頭によぎる。

 毎日大塚事務所のレッスン場行って振り付け習って、CROWNのダンス素材もぎょうさん持たされて自主練までして、やるからにはやるで!と大見得切った手前、恥ずかしい存在にはなりたくなかったからあの時は俺なりに必死やった。

 一日の大半をダンスに費やして、夜は店にも出て、睡眠時間三時間も無いまま起きてばあちゃんの朝メシを作って(味噌汁はいりこと鰹節と昆布で出汁取らなキレられる)、目まぐるしい毎日の中で唯一カチンときてたんはテレビの中のハルポン。

 CROWNの弟分として、大塚から八年ぶりに男性ダンスユニット誕生!って騒がれてたんで、デビュー会見も何気なく見てたけど、感想なんか何も無かった。

 ばあちゃんのツテで小さい芸能事務所に一時期入らされてて、子役時代を何年か経験したガキやった当時の俺よりヒドい有り様やと思った。

 そのあと何回もハルポンの出てる番組を観たけど、全部、全部、全部、感想は「はぁ?こいつナメてんの?」や。


 あれが作りもんやったら絶対許さへん。
 ルックスは抜群にいいかもしれん。
 ダンスもまぁまぁや。
 でもそれだけやん。


 別に大塚事務所にもCROWNにも特に思い入れは無かったんやけど、なんかずっとモヤモヤしててんな。

 デビューから三ヶ月、半年、九ヶ月、何にも変わらんハルポンを見て俺は、「あれはキャラや。もしくはまったく進歩のない甘ちゃんや」と決め付けた。

 ハルポンのダンスは、誰が見ても "うまい" 。 顔とかキャラなんかどうでもよくなるくらい、踊ってるだけで見てる人らを惹き付ける。

 それやのに素直じゃない俺ときたら……。 頑固ばあちゃんに育てられたせいやって事にしといてほしい。

 レッスンに通ってたらいつか会えるやろうと思ってたアテが外れて、なかなか出くわさんかったハルポンと事務所のトイレでばったり会った時、文字通り俺の先入観のみで要らんことをベラベラ言うてもうたんは、今でも後悔してる。

 結論。 ハルポンはハルポンやった。

 テレビで見てた、あのまんま。

 カメラの前でも平気で恭也の後ろに隠れて、「早く帰りたい」「俺は要らないでしょ」オーラを撒き散らす根っこからネガティブ気質。

 知らん人にはよう近寄らんし、目を合わせるどころかまともに喋ろうともせんし、挙げ句の果てには「近寄るな」オーラを全開に出す変なアイドル。

 俺がほんとの事を言うと泣きそうな顔で自分を卑下しながら言い返してくる、眼力がえげつないマジもんの卑屈。


「面白いよな、ハルポン」


 なんであんな性格になってしもたんやろ。

 なんであんな性格やのにアイドルやってんのやろ。

 不思議でたまらんわ。


「もっかいヒナタちゃん観て寝よ」


 お決まりの独り言が止まらん。

 少女漫画のテンプレみたいな出会い方をしたヒナタちゃんに一目惚れして以来、よう分からんドキドキで毎日気持ちが昂ぶってる。

 そやからヒナタちゃんを考えてる時と、ハルポンの付き人してる時だけは、ばあちゃんの事を少しは忘れてられる。

 Lilyの出番まで巻き戻して、布団を敷いてから電気を消した。

 リモコンを握り締めたまま横になると、目では確かにヒナタちゃんを追ってるんやが、さっきのばあちゃんの寝顔が浮かんでかなわん。

 弱くなんかなりたくない。

 "ツラいから思い出させるな" 。

 ばあちゃんの匂わせが今になって身に沁みてる。

 ボケても俺が一生面倒見るからなって約束した時、ものすごい形相で腹にツッコミ入れてきたくせに。

 ボケる前にヤバなるって反則やないの。


「……こん時の衣装……何回見てもエロいな」


 しんどい事から目を逸らしたい俺は、もうすでに弱かった。

 こないだのドームでも、ちっさいモニターでヒナタちゃんが抜かれる度に興奮して、でもあの現場では大声で応援も出来んしおしとやかにエールを送ってたん、ヒナタちゃんは気付いてくれたんかな。

 手振ってくれたあの光景だけでかれこれ三回は抜いたが、許してなヒナタちゃん。

 業界人同士の恋愛はご法度な世界。

 ばあちゃんがファンを公言してるセナさん直々に、浮かれ過ぎるなって注意されたからちゃんとその辺は守ってるよ、俺。

 でも一度でいい。 話をしてみたい。


 もうイジメられてないか?
 サポートメンバーっていつまでなん?
 メイクは自分でしてるん?
 あれだけの存在感あるのに今までどこからもデビューしてなかったのは何でなん?


 聞きたい事なら山ほどあるで、ヒナタちゃん。




しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

少年達は淫らな機械の上で許しを請う

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...