191 / 539
18♡心構え
18♡6
しおりを挟む… … …
ただの意地悪というか、単にあれは聖南の趣味だったんじゃ……というプチお仕置きから一週間。
聖南はあの翌日からめまぐるしく忙しくなり、我慢をがんばるまでもなく俺とはすれ違い生活になっている。
レイチェルさんへの楽曲が完成して、レコーディング期間に入ったからだ。
朝は変わらず「行ってらっしゃい」のコミュニケーションをして俺を事務所に送ってくれるけど、日中はそれぞれの仕事があるから離ればなれ。
俺は遅くとも二十二時までには帰宅するのに対して、聖南は決まってテッペンを回ってからそ~っと帰ってくる。
ほんとは起きて待ってたいのに、ベッドに横になって聖南の匂いに包まるとあっという間に朝がきてる。
毎朝コーヒーのマグカップ片手に「はるー」って優しい声で起こしてくれる聖南は、自他共に認めるショートスリーパーだ。
『あー……これさ、他人が聞いたらまた惚気喧嘩ってやつになるんだろうな』
『ふふっ……。 ですね』
プチお仕置き意地悪エッチのあと、聖南とこうやって笑い合ったのがうんと昔の事みたい。
レイチェルさんのレコーディングは最低でも四日はかけると言ってたし、プロデューサーである聖南の仕事はそれだけじゃないから、音源が完成するまであとどれくらいかかるのか俺はまったく分からない。
その合間にもETOILEのオーディション、ETOILEとCROWNの曲創り、普段通りの仕事もこなさなくちゃいけない聖南は、たぶん今までにないぐらい忙しい毎日を送ってるはず。
二人とも家で過ごす時間がほとんどない今、コーヒーや紅茶を飲みながら大きなコーナーソファでゆっくり微睡む暇もない。
聖南と同じ世界に片足突っ込んでる俺だからこそ、この仕事の忙しさが分かる。
寂しくても何も言えないよ。 寝てる俺を抱き枕にしてる聖南の体温の高さが恋しい。
朝まで爆睡しちゃってるのはきっと、そのせいもあるんだろうな……。
「はぁ……」
目に付いた週刊誌片手に、誰も居ないのをいいことにおっきな溜め息を吐いた。
今日は今から……何だったっけ。
あ、そうそう。
明日から本格的に行われる、ETOILEの加入メンバー候補の人達のプロフィールを見返して、それぞれのダンスVTRを事務所でチェックするんだ。
一度、聖南が私物化してる事務所内の作詞部屋で恭也と林さんと三人で見た事があるけど、いよいよ選抜に入るって話らしい。
恭也はともかく、そんな大役は俺には向かないのにな……。
「俺のは見んでええからな」
俺をここまで送ってくれたルイさんが、飲み物を二つ持ってノックもナシに戻って来た。
事務所スタッフさんから応接間に通されてドキドキしてた俺を置いて、「喉が渇いた」と呟いてどこかへ行ってたルイさんも、今日俺がここで何をするのかは当然知っている。
「……ルイさん。 おかえりなさい」
「下の自販機にもアップルシナモンティー無かったわ」
「そんな珍しいもの、自販機には置いてないですよ」
「いま俺、アップルシナモンティーの気分なんやもん。 でもしゃあないから普通の紅茶買うてきた」
革張りの上等そうな二人がけソファに、並んで腰掛ける。
よっぽど喉が渇いてたみたいで、革の擦れる音を立てて座ったと同時に飲み始めた。 俺にも同じ紅茶を買ってきてくれたけど、これは喉がカラカラなルイさんにあげよう。
っていうか、聞いたことないよ。
自販機でアップルシナモンティーなんて。
「来る途中でコーヒーショップかカフェに寄れば良かったのに……」
「だーってハルポン、店ん中ついて来てくれんやん」
「……知らない人いっぱいなんで」
「出たな、人見知り」
そう言われても、店員さんとお客さんはみんな知らない人なんだよ。 "ハル" だから出歩きたくないわけじゃなくて、昔からこうなんだもん。
「そういや恭也と林さん、あと一時間はかかるらしいわ。 渋滞してんのやて」
「あぁ……そうなんですね」
「それまで二人っきりやな、ハルポン」
「えっ……」
恭也と会えるのはあと一時間後か……と項垂れた俺の顎を、クイと持ち上げてきた細い指。
紅茶で喉が潤ったルイさんの悪ふざけが始まった。
だって顔がニヤけてるもん。
隙あらばこうやって俺のことを揶揄うルイさんは、チャラい印象そのままの遊び人に見える。
「オロオロせんくなったな」と豪快に笑って離れていくルイさんに、先週から気になってた事を聞いてみた。
「俺の名前、……」
「ん?」
「ハルポン、で決まったんですか」
「そうや! 決定報告してなかったな」
「い、いえ報告は特にいらないですけど……」
「この二ヶ月間色んな名前を試させてもろた結果、俺が一番言いやすいハルポンに決定いたしました! それではハルポン、今のお気持ちを!」
「……特にないです」
「なんやそれ! ハルペーニョと迷ったんやけどな、ちょっと長いからな」
「長いっていうか、それは外で呼ばれるとちょっと恥ずかしい……」
「なんやとぉ?」
「あ、っ……待って待って待って! うわわわ……っ、ごめんなさい! こちょこちょするのは……っ」
さっきの顎クイで悪ふざけは終わったと油断していた。
伸びてきた両腕で俺の体は軽々と持ち上がり、ルイさんの膝の上に乗せられて脇の下をくすぐられる。
ダメなんだってば……っ、こちょこちょされるの弱いって何回も言ってるのに!
小さい子同士の戯れみたいな遊びも、ルイさんの太ももの上に居ることも恥ずかしいから降りようともがいてすぐ、急にイタズラが止んだ。
「……なぁハルポン。 腹の傷のこと、何回も聞いてごめんな? セナさんも恭也も知ってる感じやったけど、ハルポンは本気で話すの嫌がってたんやな」
あ……なんだ、その事か。 ルイさん、あのときの会話……気にしてたんだ。
お腹の傷痕のこと、話すのも思い出すのも嫌だとか、そんなに神経質になってるわけじゃない。
どちらかというと、葬った事件の内容についてまでを話さなきゃいけない事がネックなだけだ。
気にしなくていいのに。
「……いえ、そんな……大丈夫ですよ」
「もう聞かんから」
「はい、……」
なかなか降ろしてくれないルイさんを振り返ると、すごく近いところで目が合った。
10
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる