狂愛サイリューム

須藤慎弥

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 聖南から貰った、全体的に羊みたいなデザインの可愛いアイマスクは、安眠効果が抜群だった。

 スポーツドリンクをたっぷり飲んで、それを装着してシートに横になった瞬間からもう記憶が無い。

 たまに運転席から聞こえるルイさんの鼻歌ぐらいは耳にしてたけど、ロケ終わりの聖南から優しく名前を呼ばれるまで俺は、短いながらぐっすりと仮眠が取れた。


「はるー」


 ほら。 聖南が呼んでる。

 この時ばかりは年上らしさ全開の、甘やかすような声がすごく好きだ。

 もっと名前を呼んでほしくて、すぐに起きずにたまに寝たフリしてる事だってある。


「はるちゃーん」
「…………ん……」
「具合どう? 気分悪いとかは?」
「あ……聖南さん。 ……大丈夫です。 何ともないです」
「いい子に寝てたな」


 アイマスクを外しながらじわっと瞳を開けると、聖南が心配そうに顔を覗き込んできて、やわらかく頭を撫でてくれた。

 助手席側のシートを限界まで前に移動して、後部座席を広く取ったそこにサングラスを掛けた聖南が窮屈そうに居る。

 寝ぼけつつ聖南に抱きつこうとしてハッとした俺は、上体を起こしてキョロキョロと辺りを見回した。


「あ、あれ……っ、聖南さんロケはっ? ルイさんどこっ?」
「ロケは終わった。 てか目が覚めて一番に探すのがルイって……葉璃ちゃん、聖南さんヤキモチ発動しそう」
「えっ、あっ……ご、ごめんなさいっ、そんなつもりじゃ……」
「ロケ始まる前もルイとイチャイチャしやがって。 マジ妬ける」
「聖南さん……っ」


 うーっ、ほんとにそんなつもりじゃなかったのに……っ。

 ヤキモチなんて焼かないでよ、と項垂れると、俺に甘い聖南は「ごめん冗談」と笑った。

 絶対に冗談じゃないでしょ。

 すでにヤキモチ発動してるのに、それを隠すのが下手な聖南は俺の事が心配で、そちらに気を移すことにしたらしい。

 手の甲でほっぺたに触れられて、前髪を退かしておでこ同士をくっつける。

 ち、近いよ聖南……っ。


「ん、良かった。 もう熱くねぇな」
「あ……は、はい、すみません。 心配かけて」
「寝不足もあるんだろうな。 ごめんな? 反省してる」
「いえそんな……! 昨日は俺も悪いですから!」


 聖南がどうしてこんなに自分を責めてるのか、思い当たる節しかない俺も両手と首を振って否定した。

 だって……いつもの事だもん。 聖南とのエッチが長いのは。

 しかも最近では、俺も聖南を責められなくなってる。


「なんで? 俺が抜かなかったからやめらんなかったんじゃん。 葉璃眠そうだったのに」
「いや、その……だって、……あんまり覚えてないんですけど、……途中から俺も「もっと」って言ってた気がします……聖南さんが抜かないようにしがみついてたりして……むっ」


 思い出すと、せっかく冷めてきたほっぺたがまた熱くなってきた。

 話してる途中だったのに、手のひらで俺の口を塞いだ聖南とサングラスの向こうで目が合うと、もっと照れる。

 前までは「聖南さんはエッチがしつこい。長い」って文句を言ってた俺も、聖南のペースに慣れてきちゃって……最中はたくさんせがんでた。

 素面ではとても言えないような事を、たくさん……。


「それ以上かわいーこと言うな。 ムラムラすっから」
「………………っ」
「俺、マジで気を付ける。 気を付けてたつもりだけど、これからはもっと気を付ける。 葉璃の体のことちゃんと考える。 ……ちゃんと、控える。 ……我慢する」
「聖南さん……」


 手を握られて神妙にそう言われると、「気にしないでください」なんて言えなかった。

 エッチのし過ぎで寝不足がたたって、今日だって聖南にも周りにもいっぱい迷惑かけてしまった。

 炎天下でのロケ見学だったから──そんなの理由にも言い訳にもならない。

 現に仮眠を取った今すごく頭の中がスッキリしてるし、体も軽い気がする。

 聖南だけが責任を感じなくてもいいとは思うけど、俺とのエッチを我慢するって自分から禁欲発言した聖南の決意に感動してしまった。

 俺はチョロいのかもしれない。

 こうやって俺の事を第一に考える誠実なところを見せられると、聖南のカッコ良さに拍車が掛かる。


「嬉しいです。 聖南さんが俺の事を思ってそう言ってくれるの、すごく……。 でもあんまり我慢し過ぎないでくださいね。 禁欲のあとの聖南さんって本物の獣みたいなので……」
「け、獣……っ? 俺そんなにがっついてる?」
「……はい。 いやでも、禁欲とか関係ないかもですね。 たまに息が出来なくて苦しい時あります。 聖南さんいつも激しいし……なかなかイってくれないし……水分補給は唾液だし……トイレも行かせてくれないし……でも俺のこと気持ち良くしようっていうのは伝わるんですよね。 実際にとっても気持ちいいし……終わったらほぼほぼ歩けない事多いのは困るけど……お風呂連れてってくれて全部洗ってくれるから好きだなって思います……シーツも変えてくれるし……眠たいって言ったら背中トントンしてくれるし……」
「ちょっ、ちょっと待て。 葉璃ちゃん落ち着け。 俺とのセックス思い出してんだろ、今」
「えっ……?」


 思い出してたよ、もちろん。

 だからいま聖南のこと見られないんだよ。

 俺がいつも思ってる事を指折り数えてみると、とんでもないエッチをする彼氏みたいに聞こえるけど、俺にはこれが普通でこうじゃなきゃいけない。

 禁欲なんて、らしくない事しなくていいよ。

 聖南にそう言おうと思っても、今日を振り返るとやすやすとは言えないのがツラいところだ。

 困り顔の聖南をチラッと見てみると、サングラスを外して前髪をかきあげていた。

 カッコいい。

 俺の恋人がどうしようもなくカッコいい。

 何気ないその動作がスローモーションに見える。


「だからな、葉璃ちゃん……そういう事言われると俺ムラムラしちゃうんだって。 外でそんなかわいー事言うの禁止。 ムラムラしたってなんも出来ねぇじゃん……」


 大きな手のひらで両頬をぶにっと押されて、とんがった唇のまま俺は聖南に言った。


「……か、隠れてしゅるキスって、興奮しましぇんか」
「しましゅ」


 俺の口調を真似た聖南の即答に、自分で誘っておきながらのぼせ上がった。

 車の後部座席。 エンジン音だけが響く密室空間。 アイドル同士の秘密の密会。

 覆い被さるようにして、聖南が俺の唇を奪う。

 禁欲の決意が揺らぐくらいには、興奮するでしょ。




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