狂愛サイリューム

須藤慎弥

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 街ブラロケでも相変わらず、聖南は出演者とのロケバス移動じゃなくあの愛車で来ていた。

 俺とあんな電話が出来たくらいだから、そうなんだろうと思ってた予想が当たった。


「──葉璃っ♡」


 聖南に指定されたという立体駐車場にルイさんと到着すると、先に降りた俺を待ち構えてたように聖南がぎゅっと腰を抱いてくる。


「せ、聖南さんっ……ルイさんに見られたらどうするんですかっ!」
「ごめんごめん。 葉璃に会えたのが嬉しくて」
「……聖南さん……」


 運転席から降車するルイさんに隠れて、小声でこんな事を言い合う俺達はやっぱり他人から見たらバカップルなのかな。

 反射的に、俺も会えて嬉しいです、って言っちゃいそうになった。

 ふわっと香るいつもの香水の匂いが、聖南の存在を知らしめてきて抱きつきたくなる。

 朝もたくさん、ぎゅってしたんだけどな。 ちょっと離れると途端にお互いが恋しくなるなんて。

 聖南と出会ってもう二年が経つのに……好きの気持ちが大きくなってくのって際限が無いんだなぁ。


「ハルペーニョ、すまん。 林さんから電話や。 ちょっと待っといてくれるか?」
「あ、はい、分かりましたっ」


 降車したばかりの運転席に舞い戻り、暑いからとエンジンをかけてタブレットを操作し始めたルイさんに、元気よく頷いて見せた俺はすごく現金だし分かりやすい。

 でもそれは、バカップルの片割れである聖南にも言えた。


「葉璃、こっち」


 今がチャンスとばかりに俺の手を取った聖南は、コンクリートの壁と真っ白ピカピカな愛車の隙間に入ってぎゅぎゅっと強く抱き締めてきた。


『少しの時間も惜しい。 会いたかったよ、葉璃ちゃん』


 甘々な聖南のこんな心の声が聞こえた気がした。

 まだ衣装に着替えてないから、いま聖南が着てるのは俺が洗濯して畳んだ服だ。

 俺も一緒。 くっついてたらそれが混ざり合って、聖南お気に入りの柔軟剤の匂いがもっと強く香る。

 外は蝉の声がうるさくて、立ってるだけで汗ばむ陽気だ。

 それなのに俺達は、もっと熱がこもるコンクリートと鉄の塊の間でひっしと抱き締め合った。

 束の間の、降って湧いた聖南との時間。

 同じ業種とはいえ、仕事の種類も内容も量も違うから、今は仕事中に聖南と会えるのは歌番組で出演が被った時だけ。

 お家に帰れば会えるのに、離れてると「会いたい」が募って駄々をこねたくなるの、近頃は聖南だけじゃなく俺も同じだった。

 車のドアの開閉音に気を付けて、身を潜めるようにしていい匂いのする胸に体を預けていた俺は、ハッとある事を思い出して聖南を見上げた。


「そうだ。 聖南さん、ルイさんに変な事聞かれるかもしれないので、心しておいてください」
「ん? なに、変な事って」
「さっき俺達の関係について聞かれたんです。 ルイさん、推理してました。 俺……うまく答えられなかったんであとは聖南さんに託そうと思います」
「あぁ……もしかして、とうとうバレた感じ? まぁな、現場が近いからってわざわざバラエティーのロケ見に来いなんて普通の先輩は言わねぇよな。 畑違いのアイドルだし。 そうか、バレたか」
「いえ、それはちょっと違っ……」
「お疲れーっす!」


 勘違いした聖南に訂正出来ないまま、林さんとの電話が終わったらしいルイさんが俺達の元へニコニコで寄ってきた。

 俺は慌てて聖南から離れたのに、動じない恋人からいかにも親しげに肩を組まれた。

 ルイさんからは、「なんで二人してそんな隙間に居るんすか?」と笑われちゃうし。


「ルイ、お疲れ。 俺達の関係に気付いちまったらしいじゃん。 聞きたい事あんなら俺が答えてやるよ」
「────っっ!?」


 えぇ!? 聖南、いきなり過ぎるよ!

 驚いて見上げた横顔は、少しも焦る様子のない余裕綽々な「セナさん」だ。

 それにしても、ルイさんに質問された時に答えてくれればよかったのに、自分から切り出すなんて何考えてるの……っ?

 ほんとに、俺達のこと話しちゃうつもり……!?


「え、マジっすか! ハルペーニョ仕事が早いなぁ。 もうセナさんに伝えてくれたんか。 俺のモヤモヤがスッキリするわ!」
「あぁ。 で、何を聞きたいんだ?」
「なんやあっさりしてますね。 ズバッと聞いてまいますけど、……お二人の関係って……」
「関係って?」
「………………」
「親戚、なんでしょ?」


 ルイさんはキョロキョロと辺りを気にして、聖南にだけ聞こえるように耳打ちした。

 聞き耳を立てていた俺にもそれはバッチリ聞こえて、頭を抱えそうになる。


「…………ん? ……親戚?」


 聖南の反応が俺とまったく一緒だった事に吹き出しそうになった。

 推理に自信を持ってるルイさんと、予想とはかけ離れた事を耳打ちされた聖南がしばらく見詰め合ってる様は、当事者なんだから笑いごとじゃないのに俺は独りで可笑しかった。


「俺、ずっと二人の事近くで見てたやないっすか。 距離感が他と違うんすよね。 ハルペーニョと恭也はイチャイチャしてて恋人みたいなんすけど、セナさんとハルペーニョはそれとはちょっと違うんすよ!」
「……違う……? どんな風に?」
「家族ってか、昔からめちゃめちゃ近いとこにおった親族?みたいな?」
「………………」
「セナさんが送迎してんのも、ハルペーニョの現状も、それやったら納得なんすよ」
「あ~……」


 口を挟まないでいる俺に、チラッと聖南が視線をくれる。

 心しておけってこの事だったのか。 ……聖南がそう視線で喋りかけてきたから、俺は神妙に頷いてみせた。


「……違う、とも言えねぇんだよなぁ」
「やっぱりっすか! これ超特ダネやし俺誰にも言わんから安心しとってくださいね!」
「…………あぁ。 頼むわ」


 聖南は、否定も肯定もしなかった。

 いや……肯定に近い否定? 分かんないや。

 どっちとも受け取れるような回答に、ルイさんは自分の推理が当たったと嬉しそうなんだけど。


「聖南さん、ルイさん誤解したまんまになっちゃいますよ」


 足取り軽く社車のエンジンを切り、鞄を手にしているルイさんを横目に俺はつま先立ちした、。

 どういう意味であんな濁し方をしたのか、こっそり聞きたかったからだ。


「いいんだよ。 マジで "違う" とは言い切れなかった」
「なんでですか」
「来年、俺ら同じ名字になるじゃん?」
「…………っ!」
「そうなっても親戚ではねぇけどな……違うとも言えなくね?」
「…………はい」


 去年の聖南のプロポーズの言葉通りなら、来年俺達は血は繋がってないけど家族にはなる。

 あっさりと別の超特ダネを匂わせつつ、ルイさんの面目も保った聖南はすごい。


「ハルペーニョ、やっぱ黒やったやんけ」
「……ははは……」


 鞄を肩に掛けたルイさんからニヤリと笑われた俺は、渇いた笑いと下手くそな笑顔で誤魔化した。

 まぁ、……嘘は吐いてないもんな、……うん。




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