狂愛サイリューム

須藤慎弥

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15❥接近

15❥10

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 聖南は元々がショートスリーパーである。

 たとえ、次の仕事まで僅かな空きしかないと言われても、その日の睡眠時間を予想して足りなそうであれば、小一時間寝れば頭がシャキッとする。

 葉璃と出会う前は記憶障害に悩まされたりもしたが、遅刻は一度たりとも無い。

 そのため、昨晩のようにセックスが盛り上がってつい調子に乗っても、寝起きは悪いがアラームの音でわりとすぐに目を覚ます。

 ちなみにアラームは起きる時刻の三十分前にかけているが、それは葉璃の寝顔をたっぷりと眺めるためだ。


「───おはよ、葉璃」
「……おはよ、ござ、ます……」
「寝起きの葉璃ちゃんは毎朝かわいーな♡ 襲ってい?」
「…………っ!? ダメ!」


 寝起きの葉璃は、聖南の声に一応は目覚める。

 目をくるくると擦り、一度丸まって数分の二度寝をし、ハッとして上体を起こすと、両腕を伸ばして固まった筋肉を解す。

 聖南が余計な一言をポロッと口に出してしまったせいで、飛び起きた葉璃は洗面台で歯磨きを始めた。


「マジでかわいー。 ……うわ、……鬼電……」


 聖南も連れ歯磨きをしようと立ち上がり、何気なく仕事用のスマホを起動させてみると、不在着信の通知が山のようにきていた。

 昨日のラジオ終わりから深夜一時頃まで、その中には聖南の悩みの種であるあの女性の名もあった。


「どうしたんですか?」
「あ、あぁ、仕事の電話が山のように入ってた」
「こんな朝早くに?」
「いや夜だ。 ちょうど葉璃とセックスしてる時、かな」
「…………っっ」


 歯磨きと洗顔から戻ってきた葉璃が、着信通知を捌く聖南を見上げて可愛く首を傾げる。

 咄嗟に嘘を吐いてしまったが、昨夜を思い出した葉璃は頬を染めてベッドルームを出て行った。


「……最悪。 葉璃に嘘吐くなんて……俺クソじゃん」


 レイチェルとの事を話すのは、絶対に、何があってもタイミングを見なくてはいけない。

 きちんとケリがつき、安心していいよと葉璃に言えるまで、ただ不安を与えるだけの話題で彼の心を乱したくない一心なのである。

 それにしては罪悪感が半端ではない。


「聖南さーん、俺今日九時からLilyの方のレッスンなので行ってきますねー」
「オッケー。 SHDまで送るから支度して待ってな。 外で朝メシ食お」
「あ、いえ……聖南さんはお家に居てください」
「は? なんで」
「なんでと言われましても……。 聖南さん、今日のお仕事何時からですか?」
「……十一時だけど」


 聖南のパーカーから私服に着替えて戻ってきた葉璃が、意味の分からない事を言い始めた。

 ここへ越してきてから、一度もそんな遠慮を見せなかったというのに、それはいきなりだった。


「ですよね。 せめてあっちのレッスンくらいは自分で行きます」
「いやいや意味分かんねぇ。 どうせタクシー使わねぇで電車とかバス乗り継いで行く気なんだろ?」
「もちろんです」
「葉璃はもう無理だと思う」
「え!? なんでですか! 乗り方くらい分かりますーっ」


 ぷん、と頬を膨らませた様に、うっかり目尻を下げそうになった。

 急な葉璃の申し出は、聖南には到底理解不能である。 この一年でさらに華が増した葉璃は、まだ自分の立場と人気を分かっていない。


「そうじゃねぇって。 いくらマスクと帽子で変装しても、絶対にバレて騒ぎになんぞ」
「そんな……俺なんかまだまだですから……」
「はい、ペナルティ」
「あっ……。 ……ちゅ、」
「ふふ……っ♡ このお仕置きマジで好き」
「聖南さん今日も朝から元気いっぱいですね」
「葉璃が居るからな。 て事で送るぞ。 準備は出来てるか? まだなら俺も手伝うよ」
「準備なら出来てるんですけど……。 でも、ほんとにいいんですか? 俺、聖南さんの負担になってないですか?」


 目一杯背伸びしての頬への口付けは、聖南にとってご褒美でしかない。

 イラついた気持ちが瞬時にたち消えるほどすぐに有頂天になれるけれど、先程からどうも葉璃の言動がおかしい。

 そういう子だというのも知っているし、あまり施される事を良しとしない性格なのも知っているが、聖南は特別だったはずだ。

 訝しく思い、キッチンに向かおうとした葉璃の腰を抱いて後ろから抱き締めた。


「何だよ、急に。 俺が葉璃を構い倒すなんて今に始まった事じゃねぇだろ」
「そ、そうなんですが……」
「またぐるぐる始まった? どしたの。 今度は何でぐるぐる?」
「いえ、全然ぐるぐるしてないですよ! 昨日ルイさんから言われちゃって。 いつまでも聖南さんに甘えたらあかんって」
「言い方真似してんのかわい」
「えっ?」


 振り返りざまに見上げてくる葉璃が、可愛くてたまらない。

 聖南が買い揃えた私服を着こなす葉璃の首元には、二連のネックレスがささやかに輝いている。

 だからたとえ、この場で「ルイ」の名が出ても狼狽えたりしない。


『あの野郎……余計なこと言いやがって。 ……チッ』


 ……と舌打ちをかましたくなるほどにはイラッとしたが、抱き寄せた葉璃は聖南の腕の中だ。


「聞いてほしいのはそこじゃないですよっ。 ていうか俺、ルイさんの言う通りだなと思ったんです。 今さらですけど、同居始めた頃から、……」
「同棲」
「あ、っ……同棲始めた頃から、思ってたんですよ。 聖南さんの負担になってないのかなって」
「ルイは俺達のこと知らねぇんだから、そりゃそう言うだろ。 逆にな、俺達の関係知ってる奴らはそういうこと絶対言わねぇよ? 送迎に関しては俺が出来る範囲でしかやれてねぇし、むしろ俺が葉璃に言う事きかせてる立場じゃん? 何も気にしなくていい」


 ここに来た頃よりいくらも伸びた葉璃のツヤふわな髪を撫でながら、他人のお節介より恋人である自分の意見を聞いてくれとばかりに捲し立てた。

 だが聖南の可愛い恋人は、時折ひどく頑固な一面を見せる。

 一度思い込んだら厄介だという事も、知っている。


「葉璃……? 行こ?」
「あ、はいっ……」
 

 ぐるぐるしていないと言うのが本当であったとしても、覗き込んだ魅惑の瞳が揺れている事から直感的に不安を覚えた聖南は、葉璃の体を力いっぱい抱き締めて首筋を嗅いだ。




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