狂愛サイリューム

須藤慎弥

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15❥接近

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 本番も残すところ十分となった。

 リスナーから届いたメッセージを読み上げ、三人それぞれの見解を回答として述べていく恋愛相談のコーナーは、公式ホームページに設置されたラジオ番組専用のフォームから随時コメントも届く。

 普段の番組内容の三倍はあるメッセージの量に、「水分補給も出来ない!」と叫ぶケイタが血眼になってパソコンを扱っていたがそれもあと少しの辛抱だ。

 それだけ、世の女性達の恋の悩みは尽きないという事であり、聖南もメッセージの内容を読み上げながらうんうんと頷いていた。


「───まぁね~セナはリアル勝ち組だもんなぁ」
「だな。 この番組でいきなり恋人宣言して俺とケイタがぶっ倒れそうになったの、あれ何年前よ?」


 この日最後の曲紹介が終わり、エンディングトークを始めた三人は少々肩の力を抜いていた。

 証拠に、楽屋にいるかのようなテンションで問うてきたアキラをチラと見た聖南は、斜め上を見やって腕を組み、ついでに足も組んだ。


「そんな何年もなるか?」
「去年じゃない?」
「そうなんだっけ。 長い事一緒にいるような感覚だったわ。 セナもだろ?」


 話が思わぬ方向へ逸れ始めていた。

 だがリスナーの大半は、聖南の交際宣言後も変わらず応援してくれているCROWNのファンであり、しかも聖南はどの媒体でも「恋人とはラブラブだ」発言を恥ずかしげもなく大っぴらに語っている。

 もちろん葉璃の事がバレてしまうようなヘマはしないが、たまたま見られていた番組でも盛大に惚気ていて照れたと葉璃本人に言われてしまうほど、少しもその存在を隠していない。


「あぁ、確かにそうだな。 てかそういうのってあんま考えねぇんだよな」
「なんで? 記念日とか覚えとかなきゃじゃん」
「記念日か……そういやいつだっけ」
「は!? セナ、それマジで言ってる?」


 指摘されて気が付いた。

 聖南は、葉璃との交際記念日を覚えていない。

 出会いは七月二十九日の生放送番組だった。 それはハッキリと覚えている。

 しかし二人はすれ違いを何回か繰り返し、その度に聖南が追い掛けて捕まえた。 初っ端が影武者だった事から、その辺を考えると付き合い始めた記念日というのがとても曖昧なのである。


「リスナーさんからも「彼氏や旦那さんには記念日は大事にしてほしい」ってコメントたくさんきてるよ。 ていうか意外なんだけど」
「意外? なんで意外なんだよ?」
「いや、これはプライベートな事だからやめとくけど。 俺もケイタもすげぇ意外だって思ってる」
「そうなのか?」


 聖南と葉璃の誕生日の翌日は、出来るだけ午後から仕事を入れるか、いっそ取れるならばオフにしてほしいと聖南自らが成田と林に要望を伝えている。

 先週の葉璃の誕生日の際も、打ち上げを別日に延ばしてまで「うさぎちゃん」との時間を優先した。

 そこまでやるからには、当然交際記念日とやらも他人が聞くと胸焼けするほどイチャイチャしているのだろうと、二人は思ったに違いない。


「あ、そうだ。 セナ、アキラ。 最後に一つ、印象的なメッセージあったから読んでいい?」
「どーぞ」
「どーぞ」


 バックではBGMとして、CROWNのミディアムバラードが流れている。

 葉璃が代役を完璧にこなしたおかげもあってか、ケイタが主演したドラマは現在も人気が衰えず社会現象を起こしていた。

 プロデューサーによって選曲されたこの曲は、今日の日のエンディングによく合う。

 恋愛の形は本当に人それぞれで、聖南も恋愛初心者で悩んでいる立場であるために非常に学ぶ事が多かった。

 予定には無かった、この日最後のメッセージを読み上げようとしているケイタのパソコンを聖南は興味本位で覗く。


「じゃあ最後に一通読ませてもらうね。 匿名希望さんからです。 『CROWNのみなさま、こんばんは。私はアメリカ人です。いまは、日本に住んでいます。日本人を好きになってしまいました。その人のコトを思うと、胸が苦しくなります。とても素敵な殿方なのです』」


『…………ん? 殿方……?』


「『そのかたには、恋人がいると聞きました。でも私は好きなので、好きでいてもよろしいですかと聞いてみましたが、答えてくれませんでした。悲しいです。好きのキモチは止められないのです。心をいとめたいのです。どうしたらいいでしょうか』……だって」
「………………」
「なんか独特な単語が混ざってるな」
「アメリカの方だからね。 でもすごく丁寧な文章だよ。 俺のファンの子たちなんて「やっほーケイタ君!元気っ?」みたいなメールくれる子ばっかりなんだよ! 俺みんなの友達じゃないからねっ? 一応みんなのアイドルなんだからねっ?」
「いいんじゃない? ケイタはそんなノリで来てくれる子の方が絡みやすいって」
「………………」
「それは思う。 ケイタさんご機嫌麗しゅう、なんて言われたら俺どうしたらいいか分かんないよ」
「例えが極端だっつーの。 てかこのメッセージの回答どうするよ。 あと四分しか無えぞ」
「………………」
「ここはセナにバシッと決めてもらって終わろうか!」
「そうだな。 そうしよう」
「………………」


 アキラとケイタが着々と場を繋ぐ最中、聖南はパソコンの画面に釘付けになったまま固まっていた。

 このメッセージの送り主に、思い当たる節があり過ぎる。

 聞いた事のある独特の単語や台詞は、考える間もなく今聖南を大いに悩ませている彼女から発せられた。

 大量のメッセージが届くCROWNのラジオ番組に、読まれるか分からない事を承知の上でこの文面を送ってきたのだとしたら……。


「セナ?」
「セナ?」
「……あ、あぁ、そうだな。 答えたいんだけど、俺にはちょっと難易度が高過ぎる」


 のらりくらりと回答権を放棄した聖南は、ケイタのノートパソコンを自分の手元に置いて文面を改めてよく見てみた。

 ここで聖南が答えてしまうと、それが彼女への返事となるのだ。

 さすがに公共の電波を使ってそのような心無い事は出来ない。


「えー? じゃあ時間も押してる事だし、アキラが代わりにどうぞ!」
「んー……。 恋人がいる人を好きになったって事だよな? それは好きで居続けない方がいいと思う」
「うんうん」
「相手も困んだろうし、その恋人も傷付ける事になりかねないしな。 修羅場になんかなったら最悪だぜ? 全員が傷付くことになる」
「だよねー。 俺も、世の女性達には略奪愛はしてほしくないな。 自分が殿方の立場だったら、あんまり押せ押せで来られるとちょっと逃げちゃうかもしれないもん」
「海外の女性は表現方法がストレートだって言うしな」
「本当かどうかは分からないけどね。 って事で、このメッセージを送ってくれた方は、それ相応のリスクを考えて行動してね。 好きになるのは悪い事じゃないけど、人のものだっていう認識を持って、できれば新しい恋をしてほしいな!」
「お、うまくまとめたじゃん。 やっぱ今日のケイタ冴えてるわ」
「だから強調しないでってば! ……あ、ヤバ! 十秒前だって、セナ!」


 ケイタの慌てた声にハッとした聖南は、ブース内の電波時計を見上げてマイクに向かう。


「あ!? マジかよっ。 今日もありがとうございましたー! また来週……いや違った! 再来週お会いしましょう!」



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