狂愛サイリューム

須藤慎弥

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 ノートパソコンを操作するケイタは、台本確認と並行して作業にあたる。 番組宛てに届く膨大なメールについてはケイタに任せてあるので、聖南とアキラは二人がかりで机上の作業に取り掛かった。

 本番十五分前まで、三人は大まかな流れだけ台本で確認すると、あとはひたすらこの地味な作業である。

 読み上げるメッセージの選別はスタッフが行う事が主流なのかもしれないけれど、聖南達は今も昔も変わらず自らで目を通している。

 大変な作業だが、三人とも慣れたものだ。


「……で、何を聞いたって?」


 メールを読み始めてから黙り込んでしまったケイタに、聖南は切りのいいところで作業を中断して眼鏡を外し、薄いコーヒーを飲んだ。

 付き人というよりもマネージャーとして板についてきたルイは、今現在も葉璃と行動を共にしている。

 大きな心境の変化があったらしい彼の素性を、聖南は一切知らない。

 ETOILEに加入する事がほぼほぼ決定しているというのに、オーディションさえ乗り気では無さそうだったルイの正体は社長も多くを語ってくれなかった。

 ……気にならないはずがない。


「ん、……ちょっと待って。 ……よし、この辺でいいかな」


 ケイタは時刻を確認すると、本番前の短い時間で簡潔にその模様を語った。




──────



 週末の生特番で霧山の代役を担ってくれた葉璃はその翌日、聖南共々オフであったため連絡がつかなかった。

 霧山美宇の所属事務所からお礼が届いていると聞いたケイタは、ドラマ収録の合間を縫って社長室に赴いたのだが……。


『───なんであかんのよ!』


 秘書室を抜けたところで、社長室からルイの大声が轟いた。


「え、ルイが居るの?」
「……はい。 つい先程から」
「そうなんだ。 ちょっと聞いてていい?」
「…………私は見なかった事に」
「あは、そうして」


 社長付きの秘書と顔を見合わせたケイタは、唇に人差し指をあてて彼女の前で堂々と盗み聞きを始める。

 すでにお分かりであろうが、ケイタは面白そうな事柄には首を突っ込まずにはいられない質だ。


『お前が行くとややこしくなるからだ』
『ややこしくなんてならんって! だって許せんやろ! 俺の大事なヒナタちゃんを困らせて傷付けよってからにー!』
『落ち着け、ルイ。 そんな事のためにお前の婆さんは人脈を広げたわけではないだろう』
『ぐぬぅ……! 婆ちゃんの話はやめてや。 卑怯やぞ』
『婆さんの容態はどうなんだ』
『…………よくない』
『……そうか。 あの店はどうしているんだ?』
『ハル坊の付き人の仕事終わってから、俺が開けてる』
『毎日か?』
『いや、……』
『そろそろ人に譲ったらどうだ。 以前から私がオーナーになると言っているだろう。 私が責任者じゃ不服か?』
『あれは婆ちゃんの店や。 誰にも譲らん』
『こっちに本腰入れないのもそういう事なんだよな?』
『当たり前やん。 この世界は浮き沈み激しくて一生食うていける人間なんてひと握りやろ。 婆ちゃんの店も守らなあかんし、俺は……』
『私はお前の才能を買っている。 かつてのセナを見ているようなんだよ、ルイ』




──────




「……ルイには何か事情がありそうだよね」
「………………」
「………………」


 社長とルイの会話は、凡そ聖南の想像とはかけ離れていた。

 見た目で判断するのはいただけないのだが、彼は社長の言うようにかつての聖南を彷彿とさせる雰囲気を纏っており、単なるヤンチャ盛りを引き摺った若い青年だとばかり思っていたのである。

 聖南とアキラはほぼ同時に腕を組み、顔付きを険しくした。


「ルイ、昔子役だったって言ってたよな? その時はうちの事務所だったって事? セナは何も聞いてなかったのか?」
「あぁ、知らねぇ。 所属歴長いんだから、お前らの耳に入ってもおかしくねぇだろ」
「だよね」
「じゃあ何で今はフリーなんだ。 俺らのバックダンサーやってんのに、今も契約交わしてないよな」


 寝耳に水な話に、聖南とアキラは首を傾げて過去を振り返ってみるも、ルイの子役時代を知る者も社長との繋がりが強固である理由もさっぱり分からなかった。

 ある日突然、ケイタの見立てによってルイがCROWNのバックダンサーに抜擢されたのだが、それも社長の考えによるものが大きかったという。

 ルイ本人も、あまり自身を語りたがらない様子だった事を思い出した。


「 "店" 、"婆さん" っていうキーワードが意味深だよねー」
「SHDの幹部連中もルイの事知ってたしな。 ハッタリかと思ったんだけどマジだった」
「昔子役だったからって、他事務所の幹部と親しくなる機会なんて無いよな」
「あぁ、…………」


 入れ上げているヒナタが実質の被害を受けたと知ったルイは、Lilyのメンバー等の前で大きな口を叩いていたがあれは口から出まかせなどではなかった。

 葉璃と赴いたSHDの事務所でも、幹部連中は確かにルイの名を知っていて、彼が事前に連絡まで入れられるような間柄だった。

 肝心のルイはこの業界を敬遠しているらしいが、あの様子では他の事務所とも繋がっている可能性大だ。

 横の繋がりも大きな後ろ盾になると、ルイは恐らく承知の上にも関わらず隙あらば足を洗おうとしている。


「ルイがETOILEの加入渋ってんの、その "婆さん" と "店" が引っ掛かってるって事か」
「アイドルなんて一生続けられるわけないって、それもすごくネックなんだろうな」
「気持ちは分かるけどね。 俺達も明日どうなるかなんて分かんないじゃん。 来年には仕事ゼロになって路頭に迷うかも」
「……まぁな」


 アキラとケイタの言葉に、聖南も神妙に頷いた。

 本番十分前になり、揃ってスタジオへと移動する最中も考えに耽る。


『マジで訳アリなんじゃねぇか……』


 子役時代を経験した後に素人に戻り、社長のゴリ押しでまたこちらの世界に片足を突っ込んだルイの健全な考えは、至極まともである。

 この業界しか知らない聖南には分からない価値観だ。

 しかしながら、いくら社長が聖南とルイをダブらせて放っておけないと言っても、本人が望まないそれを押し付けても良い結果は生まれない気がした。

 彼が話したがらない上に社長も口を噤んでいる以上、聖南にしてやれる事は何もない。




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