狂愛サイリューム

須藤慎弥

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15❥接近

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─聖南─




「──素晴らしいです、セナさん」


 ヘッドホンを外したレイチェルの開口一番が、これだった。

 今日は確認だけのつもりで、聖南は事務所にあるいつもの作詞部屋にレイチェルを呼び出し、到着するや否やすぐさま曲を聴かせた。

 細かいミックス作業等はCROWNを担当してくれているエンジニアに任せるとして、まずは曲そのものをレイチェルが気に入るかどうかが聖南の不安の種であった。

 やたらとめかし込んでやって来たレイチェルは、瞳を閉じて無言で聖南の創った曲を繰り返し二度聴いた。

 何度聴いても構わないが、あまり良い反応を見込めないような気がしていた聖南は思わず、「良かった……」と脱力して天井を仰いだ。


「セナさん、どうされたんですか? 何だかお疲れのようですね」
「生きてきた中で初めてっつーくらい神経すり減らしたんだ。 そりゃ疲れるだろ」
「あ……私のせいですか?」
「いや、……そうだけどそうとは言わねぇ。 とりあえず率直な感想聞かせてくれ。 あ、率直って分かるか?」
「えぇ、分かります。 ひとつだけよろしいでしょうか」
「どーぞ」


 葉璃には太鼓判を押してもらえたが、発注者のレイチェルが一つとして不満を抱かない作品にしなければならない。

 彼女が鳴り物入りでデビューする新人だからや、社長の姪だからという理由で特別扱いをしているわけではなく、聖南はジャンルの違う女性歌手に一から曲を提供するというのが初めての経験なので、神経をすり減らすほどかなり慎重になっていた。

 少しでも、彼女の意向に沿うように仕上げたい。 それが図らずとも聖南のモチベーションに繋がるだろう。

 頷いた聖南は、デスクに肘を付いて足を組んだ。

 するとレイチェルが聖南の方に体を向け、真剣な面持ちでパソコン画面に表示された歌詞を指差した。


「この詞は……この曲中の女性はなぜこんなに前向きなのですか? メロディーは切ないのに、詞はとても明るい……。 まるで曲全体がアップテンポでポジティブなJ-POPのようです」


 あぁ……、と聖南も画面上の文字に目をやる。

 これは遠回しに、「バラードではない」と指摘されているのだろうか。

 聖南には経験の無い未知のジャンルは、いくら過去の名曲を聴こうが創作に繋がらなかった。

 鍵盤に指を乗せてみるもまったくと言っていいほど何も浮かばず、途方に暮れていたその時、葉璃のくれたアドバイスが強烈なインスピレーションを与えてくれたのだ。


「バラードだからって「悲しい」「切ない」じゃなくてもいいだろ?」
「……そう、……ですね」
「あ、もしかして詞全体的にボツな感じ?」
「いえ、このままで構いません。 どうしてかな、と気になっただけですの」
「……あ、そう……」


 育ちの良さそうなレイチェルは、日本語も発音も完璧なのだがたまに妙な言い回しをする。 聖南との初対面時も、「素敵な殿方」と言われ苦笑いしたものだ。

 指摘された詞に関しても、聖南がETOILEに書き下ろす際のように直接的で分かりやすい表現にした。

 これについては、自身の想像はもちろん、ラジオ番組でのリスナーからの恋愛相談メール等も参考にさせてもらい、よりリアルな片思いの心情を描いた。

 片思いをテーマにした "silent" と大きく違う点は、今回レイチェルに書き下ろした曲は、スローテンポながらまさに「片思いを楽しむ」事をテーマにしている。 ちなみに "silent" は、片思いは切なくて寂しい。 嘆きたくなる。 ……このような詞だ。

 イントロで惹き寄せ、悲しい物語が始まるのかと思いきやどこまでも前向きな詞が続く、まだタイトルを決め兼ねている異色バラード。

 聖南の声では到底伝えきれない、レイチェルのような二十歳そこそこの女性が思いを込めて歌う事で、このギャップが活きる。

 このままで構わないと言いつつ、疑問が残っていそうなレイチェルにそう説明した。

 しかしあくまでも、こういう意図だが納得いかないのであれば詞を書き直す、という事も伝えた。


「私はこの曲が気に入りました。 私が歌えると思うと、今から興奮します。 早くおじ様にも聴かせて差し上げたいです」
「そうか。 ……そうだな」


 以前ズケズケと聖南に物申していた人物とは思えない殊勝さである。

 おまけに、だんだんと聖南とレイチェルとの距離が縮まっているのは気のせいではない。

 随分としおらしくなったように感じるレイチェルから離れようと、聖南はそれとなく立ち上がってスマホを確認した。


「社長もレイチェルのデビューを待ち望んでるだろうしな。 うまくいけば年末の特番でお披露目って形になるんじゃね?」
「そうなのですね。 ……緊張します。 その際はセナさんが伴奏で一緒に出演してくださるのですよね?」
「ん? いや……それは分かんねぇよ」
「もしも出演が決まったら、ぜひご一緒に! お願いします!」
「え、あぁ、まぁ……スタッフからOK出たらな」


 わざと距離を取ったというのに、レイチェルは聖南の間近まで迫って瞳を輝かせた。

 女性からのこのような態度や視線は、聖南には何度も経験がある。 思い出したくもない過去のあれやこれやが久々に蘇ってきて、良くない方の意味で新鮮だった。


『俺どうやって交わしてたっけ……』


 面倒な事になる前にどうにかしなければ、社長直々のこのオファーも断らざるを得なくなる。

 そんな事になると、難産の末生み出した曲があまりにも不憫だ。

 さらに、これが拗れると葉璃に要らぬ不安を抱かせてしまう。


「……セナさん……」
「あ、ごめん。 ちょっと外すわ」
「……はい、?」


 明らかに感情のこもった声色と視線から、逃げるように退室した聖南はまったくもってらしくなかった。

 タイミングよく掛かってきた電話を言い訳にしてしまったのは、この事態をまるで予測できていなかったからである。



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