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14♡思案
14♡
しおりを挟む─葉璃─
あまりにも抱えてる事が多過ぎて、スマホを見る余裕なんてのも当然無かったから自分の誕生日なんてすっかり忘れていた。
聖南とのデートの後に確認してみると、お祝いのメッセージや不在着信がいっぱい届いていてビックリだった。
こんなにたくさんの人から祝ってもらったのは、初めてだ。
アキラさんやケイタさん、佐々木さんからもメッセージが届いていて、それを言うと聖南のチェックが入ったけど無事にスルーしてもらえた。
それにしても……花火デートしよ、……なんて。
誰でも一度は遊んだ事があるんじゃないかな。
でも手持ち花火が初めてだったらしい聖南は、どっちが持つ方なのかも、何故ロウソクが要るのかも分からなくて不思議そうにしていた。
『綺麗だな』
手持ち花火のシュワシュワした音に紛れて、何度も感激の声色でそう呟いていた聖南の横顔の方が、俺には綺麗に見えたよ。
今年の聖南の誕生日、俺はぜんぶが謝罪文みたいな変なラブレターとケーキしか用意出来なかったのに、聖南はこんなにも俺を喜ばせる事がうまい。
萎縮しちゃいそうなくらい豪華なレストランで、大きなお皿にちんまりとしか乗ってない高級な料理を振る舞われても、俺はあんまり嬉しくないから。
俺なんかには相応しくないって思っちゃうし、俺なんかにお金かけないでと泣きそうになってしまう。
さっきのも後半はちょっとギョッとなってしまったけど、俺は出来る事なら、なんでも普通がいい。
聖南が本当は経験したかった色んな事を、俺との初体験ですべてが楽しい思い出になるなら、こんなに嬉しい事はないもん。
うん、…………。
そうだよ、普通が一番だよ。
普通が……。
「……あの、これ……」
「誕生日おめでとう、葉璃」
「ありがとうございます。 すごく嬉しいです。 でも、これはちょっと……」
大き過ぎますよ……と蚊の鳴くような声を絞り出す。
コンシェルジュに受け取って貰っていたという俺への誕生日ケーキが、目の前にある。
丸いタルトケーキ(……だと思う)の上にはフルーツがてんこ盛りで、中央にはチョコレートで型取られた『HAPPY BIRTHDAY』の文字。
1と9のロウソクをケーキに刺している聖南がニッコリ微笑んでるけど、俺は喜びと同時に困惑という二文字も頭に浮かんでいた。
普通でいい。 普通がいい。
いくらそう思っていても、恋人が芸能界のトップを走り続ける規格外のアイドル様だったら……そりゃ無理な話、なのかなぁ……。
「よく分かんねぇけどサイズは八号らしい。 この店で出来る一番でけぇのがこれなんだって。 でも十号ってのがほんとの一番デカいサイズなんだろ?」
「えぇ? し、知らないです。 これで何人分なんですか?」
「あー何つってたっけな。 十人くらいじゃねぇ?」
「十人!? 俺と聖南さんで!? 十人分を……っ!?」
「メシ食ったあとだけど、これいける?」
「ま、まぁ、少しは食べられますけど……!」
「葉璃ならいけるよ。 でも無理はしなくていい」
言われなくても無理はしません!
今度こそギョッとなって言い返そうとした俺の視界が、真っ暗闇になった。
ロウソクに火を灯した聖南が部屋の電気を消しちゃったからなんだけど、大きなケーキに戸惑い中の俺はパッと願い事を浮かべられなかった。
隣に戻ってきた聖南が、腰を抱いてくる。
こめかみにキスされて、おでこにもほっぺたにもキスされて、最後には唇にも、……。
「……んっ……」
俺の失言で、帰ったらいっぱいキスしていい事になっちゃったから仕方ない。
暗闇でロウソクの灯りだけの室内はムードも満点だから、俺もその気になってしまう。
気が付いたら両手で聖南の服を掴んでいて、忍び込んでくる悪戯な舌を舐めていた。
「ん、……っ……」
「葉璃、今願い事して」
「んむ……っ?」
「キスしてる間に」
「…………っ」
そんな器用な事、俺にはできないよ……!
キスの合間にそんな事を言えちゃう聖南とは違う。
でも、悩んでる間にもケーキに蝋が垂れてしまうから、言う通りにしなきゃ。
願い事、……願い事……。
「葉璃、舌休めるな」
「んんっ……!」
今考えてたんだってば!
くるくると巧みに交わろうとしてくる熱い舌に気を取られると、願い事なんて出来ない。
腰に回った手のひらが熱くて、グッと強く抱かれると聖南にもたれ掛かった俺もつま先立ちになり、もっと舌を感じようとする。
ぺちゃぺちゃと唾液の混じる音が耳に入ると、たちまち下半身が疼いてきた。
こっちに集中してたいのに、聖南は「願い事しろ」と無茶を言う。
他の事なんて考えられない。 無理だよ……キスだけでこんなに気持ちいいんだよ……?
願い事って……ふにゃふにゃな俺が今考えられるのなんか、一つしかないよ……。
『聖南さんとずっと、気持ちいい事してたい』
ちゅ、ちゅっと角度を変えて押し当てられる温かな唇に酔っていた。
久しぶりなわけじゃないのに胸がドキドキして、聖南の香水の匂いにクラクラして、触れられてる腰からムズムズが全身に広がっていく。
こっそり、聖南の「唾液ちょうだい」を待っていた俺はペロッと下唇を舐められて、唐突なキスの終わりに閉じていた瞳を開いた。
「んぁっ……っ?」
「願い事した?」
「…………あっ! そうだった! フーッ」
ムードとキスにやられて、蚊帳の外にやっていた数字のロウソクが何だか寂しげだった。
慌てて火を吹き消すと、暗闇の中で聖南が俺をぎゅっと抱き締めてくれる。
「おめでとう、葉璃」
「……あ、ありがとう、ございます……」
「どした? 物欲しそうな目して」
「なっ……!」
「積極的だったもんなぁ、葉璃ちゃん。 今ならケーキより俺がいいとか言ってくれそう」
「……当たり、です。 聖南さんがいい……聖南さん、その…………俺いま、すごく……したい、です」
「………………」
暗くて互いの顔があんまり見えないからって、聖南が思わず沈黙してしまうようなヤバイ台詞を吐いたんだって事に、言ったあとで気付く。
純粋にお祝いしてくれてる聖南の気持ちをふいにするような、盛りのついた猫みたいだ、俺
……。
どう考えても調子に乗り過ぎた。
「うぁっ、ごめんなさい! なに言ってんだろ! 気持ち悪いですよね! すみません、忘れてください! け、ケーキ食べましょ、ケーキ」
「……鼻血と涙が一緒に出るかと思ったわ」
「え、ちょっ、ケーキ……」
「んなの後だ、後。 葉璃ちゃん十九歳の姫始めしちゃおー」
「あっ? 待って、姫始めの意味違いますよ!」
どう違うんだよ、と返されても、うーんと首を傾げた俺をバスルームに連れ込んだ恋人は、もう止まらなかった。
年に一度しかない大切な日のお願い事。
思い出に残る貴重なこの日、今年の俺は一時の快楽に流されて邪な願い事をしてしまった。
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