狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
135 / 539
12♡緊急任務・生放送本番

12♡10

しおりを挟む



 悔しくて今にも泣いてしまいそうだった俺の腕を、突然大きな手のひらからむんずと掴まれて足止めを食らう。

 誰!?とギョッとする間もなく、その正体はすぐに判明した。


「やっば! ヒナタちゃんや! 俺! 俺のこと覚えてる!?」
「…………っっ」
「うーわぁー、ヒナタちゃんと会えんかな思てちょっと早めにこっち来て正解やったわ! こんなとこでどないしたん? もうすぐ出番やないの? てかこれもしかして……運命やないかっ?」


 ル、ルイさんだ……!

 二部のCROWNの出番までホテル待機だったはずのルイさんは、聞いてもないのになぜここに居るのかを自ら語った。

 咄嗟に声を殺した俺は、念願のヒナタに会えて嬉々としているルイさんを呆然と見上げる。

 出番はまだ先なのに、ストーカーに拍車の掛かったルイさんはちっとも悪びれずに "ヒナタ" の腕を掴んだままだ。


「あ、ヒナタ! スタイリストさんも衣装知らないって! もう……っ、きっとあの子達だよ!」
「………………っ!」


 息を切らして戻って来たミナミさんが、俺を見つけて駆け寄ってくる。

 心当たりのあり過ぎる犯人を思い浮かべ、苦虫を噛み潰すような表情で俺の隣に居るルイさんを見た。


「あっ? あなたはCROWNのバックダンサーの……!」
「なんや、どうしたんや」
「………………」


 ここに居るはずのないルイさんの姿に驚くミナミさんと、ミナミさんの剣幕を訝しむルイさん二人の反応が似たり寄ったりだった。

 俺が押し黙っている事で、ミナミさんはすぐに「ルイさんにはバレてはいけない」と悟ってくれたらしい。

 それを裏付けるように、視線で合図を送ってくれた。


「俺はルイって言うんやけど。 なに、ヒナタちゃんの衣装が無いんか? そっちの君は着替えてるけど、ヒナタちゃんは着替えてないもんな」
「それが……、内輪の話で恥ずかしいんですけど、ヒナタの衣装が無くなっちゃって……」
「……どういう事?」


 とてつもない緊急事態のため、ミナミさんは背に腹は替えられないと思ったのかルイさんに掻い摘んで事情を説明した。

  "ヒナタ" の正体は明かさず、Lilyのメンバー達が現状に不満を覚えている事と、ピンチヒッターとなった俺をやっかんで標的にされている事、本番の衣装がなくなってしまったのも一部のメンバーのせいではないかという憶測まで、物凄く簡潔に。

 本番まであと何分なんだろう。

 こんな事してる場合じゃないのに、ルイさんは解放してくれる気配がない。 それどころか、掴まれた腕にみるみる力が込められていく。


「……っなんやそれ! なんやそれ! 小憎たらしいやっちゃな! 待っとれ! 俺がガツンと言うたるわ!」
「えっ!? ルイさん……っ!」
「………………!!」


 話を聞いたルイさんは、行き交うスタッフさんが思わず振り返るほどの大声を上げて、ようやく手を離してくれた。

 ふぅ、痛かった……って、いや、安心してる場合じゃない。

 怒り狂ったルイさんがくるりと回れ右して、のしのしとLilyの楽屋の方へ向かって行く。

 背が高いからか、ルイさんは早歩きでも俺とミナミさんは小走りしなきゃ追い付けなかった。


「ヒナタちゃんの衣装どこやったんや!」


 女の子の楽屋にノックも無しに、バンッと勢い良く扉を開けたルイさんの怒声が廊下にまで響き渡る。

 追い掛けたのに間に合わなかった。

 あんなに簡単な状況説明だけで、ヒナタに入れ上げているルイさんの怒りが頂点に達している。

 突然開かれた扉と怒声に、メンバー達の視線が一斉にルイさんに注がれた。


「え、は?」
「誰?」
「あっ、あの人ほら、こないだの収録でヒナタと、……」
「うるっさいわ! ゴチャゴチャ言うてんとさっさと衣装出しぃや! もうすぐ本番やんけ! 今時小学生でもそんなイジメする奴おらんぞ! アホちゃうか!」
「うるさいのはあんたの方でしょ」
「男子禁制の楽屋なんですけどー」
「それ言っちゃうとヒナタもダメになっちゃうじゃん」
「あはは……っ」


 マズイっ。 そんな事言ったらルイさんに正体バレちゃうよ!

 俺はルイさんから少し離れた位置でヒヤヒヤしていた。 そっと横顔を盗み見ると、その点については引っかかっていないようで安心する。

 むしろそんな小さな疑問点なんかどうでもいいって感じだ。

 ルイさんの怒りを止めようにも、一刻も早く衣装を返してもらう方が先決だと思った俺は、どのみち声が出せないし、ちょっとだけ彼に近付いて事態を見守る事にした。


「……呑気に笑ろてるうちが花や。 俺そうそう怒らんのやぞ。 その俺がブチギレてる。 ええんか、お前らの出番自体なくしてもうて」
「………………っ」
「じゃあこっちも言わせてもらうわよ!」
「私らはもうLilyがどうなってもいいのよ!」
「そもそもLilyに穴空けたメンバーの責任を、私達が全部被ってる事が許せないの!」
「ヒナタみたいなピンチヒッターも要らなかったし!」
「私達なにも悪いことしてないのに、いくつ爆弾抱えたらいいのよ!」
「もううんざりなんだよ! Lilyも、事務所も!」
「………………」


 ───ついに吐露した、彼女達の本音。

 リカをはじめとする取り巻きの三人がヒートアップし、口々に声を荒げたのを黙って聞いていたルイさんは、静かにその場で腕を組んだ。

 リカとルイさんが、睨み合う。

 傍で聞いていたミナミさんも唖然としていて、巻き込まれている比較的おとなしいメンバーの子達も下を向いて居づらそうにしていた。

 ……だからって、……していい事と悪い事があるよ。

 なんで、よりによって今日なの。

 レッスン中にイライラをぶつけるよりも、本番でこんな悪事を働く方が何十倍も何百倍もかっこ悪い事なのに。

 どうしてそこまで不満を溜め込んじゃったんだよ。

 Lilyのリーダーであるミナミさんにも強くあたって困らせて、内々だけでストレスを募らせても何も解決しないのに───。


「───何があったか知らんけどやな。 お前らが抱えてる不満て事務所にちゃんと言うたんか?」
「………………」
「言えるはずないじゃない!」
「なんでや」
「なんでって……」
「Lilyなんてどうでもええんやろ? じゃあ言うてもうたら? そんで解散したらええやん。 何をチマチマ下衆い事しとるん。 ヒナタの衣装隠してどうする気やったん? 一人欠けた状態で、しかもお前らがそんな厳つい顔しててステージ上がれるはずないやん、この世界甘く見るなや。 こんなドデカイ会場でLilyが粗相してもうたらどうなるか、そこまで考えたんか?」
「………………」
「………………」
「………………」


 息巻いた彼女達の言葉を聞いたルイさんの怒りが、いつの間にか鎮まっている。

 穏やかな声色に、ついつい彼の横顔を見上げた俺は、ルイさんと初めて会った日の事を思い出していた。




しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...