狂愛サイリューム

須藤慎弥

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12♡緊急任務・生放送本番

12♡9

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 事情を知るいつものヘアメイクさんがすぐに到着し、素早く白い布を首に巻かれて顔と髪をいじられてる間の楽屋内は、何かの前触れのようにシン……と静まり返っていた。


「───はーい、完成ー! このスカーフを頭から掛けて衣装に着替えてね」
「……はい、分かりました」


 薄いピンク色のスカーフのようなものを手渡してきたメイクさんの声に、俺はじわぁっと瞳を開く。

 三面鏡を向けられると、そこに映ったのは紛れも無くいつもの "ヒナタ" だ。 今日はストレートのエクステを付けられて、耳横辺りの高さからツインテールにされている。

 さっき着ていた「ETOILEのハル」の衣装を脱いで、真っ白のTシャツとジーンズを着用した俺はどこからどう見ても女の子。

 変身、と言っていいレベルの変貌ぶりに、俺の中で今度は「バレちゃいけない」というさっきとは違う緊張が生まれた。


「おぉ……っ」
「おおっ……!」
「ヒナタちゃんだ……」
「葉璃じゃ、ない……」
「葉璃じゃねぇ……」


 立ち上がった俺を見たCROWNの三人と成田さん、恭也が一斉に声を上げる。

 みんなが目を見開いて驚くくらい、変身が成功してる……と思っていいのかな。

 すごく複雑だけど……。

 特に愕然と俺を見詰めている聖南と恭也が、そっと俺に近付こうとした時だ。

 今日はいつにも増して忙しい林さんが、再び大慌てで楽屋に飛び込んできた。


「ハルく、……いやヒナタちゃん、来て!」
「……うぅ……っ、い、行ってきます」
「俺らここで "ヒナタ" の勇姿見とくからな。 頑張れ!」
「はい……がんばります……っ」
「ハルく、……違っ、ヒナタちゃん急いで急いで!」


 廊下に人が居ない事を確認し、手招きする林さんがちょっとパニクってる。

 口早に聖南から「頑張れ!」と励まされた俺は、昨日の今日でとっても合流したくないLilyの楽屋へ行くべく、下を向いてサササッと早歩きで移動した。

 聖南達や恭也とほとんど会話が出来なかった事も不安を煽り、緊張と憂鬱さでまたも喉が締まる。

 ほんの十分前に、隣接するホテルからこちらへやって来たLilyの面々。

 彼女達の着替えが済んだのを見計らって、俺は呼ばれた。

 俺が衣装をこっちで着替えると言ったのは、またリカ達から「大塚はいいな」とか「特別扱い羨ましい」とか嫌味を言われたくなかったからだ。


「ふぅ、……ふぅ、……」


 アルファベットのDと、その下に「Lily様」と書かれた紙が貼られた扉前で、二回深呼吸する。

 後程また迎えに来る、と手短に話した林さんとは一旦分かれ、心臓がキュッと縮んだ。

 林さんがLilyの楽屋を出入りするところを誰かに見られたら、任務が危うくなってしまうからしょうがないんだけど……心細いや。


「よ、よろしくお願いします……」
「………………」
「………………」


 うーっっ。 視線が強い……!

 本番前で緊張してるからって言い訳が通らないほど、俺を敵対するメンバー達の見る目がメイクも相まってキツい。

 覚悟してたつもりなのに、いざこの視線を間近で浴びると誰でも逃げたくなると思う。

 ヒッと戦いた俺に近付いてきてくれるのは、ここではリーダーのミナミさんだけだ。


「本番まであと二十分らしいから、着替えて待機しよっか。 そっちに衣装置いてあるから」
「……分かりました」


 そう促された俺は、背中に突き刺さる視線をかわしてミナミさんの指差した仕切りカーテンの向こうに歩む。


「…………?」


 あれ、……?

 みんなの衣装と同じもの、……大きな襟が特徴的な黒のジャケットと同色のホットパンツ(それらには濃いピンクのラインが入ってて可愛い)、さらに黒色のニーハイブーツ。

 ほんの一畳くらいの、限られたスペースでは探すまでもないそれが……見当たらないんだけど。


「あの、ミナミさん、……衣装ってどこですか?」
「え? ここに掛けてあるでしょ……あれっ?」


 カーテンからそっと顔を出してミナミさんにヘルプを出すと、「え、なんでっ?」と声を荒げ見るからに慌て始めた。


「ちょ、ちょっと待って! スタイリストさんってどこに居るんだっけ……。 ハルくん、私聞いてくるから少しここで待ってて!」
「あっ……すみません、ありがとうございますっ」


 カツカツとブーツの踵を鳴らす音が、足早に楽屋を出て行った。

 そっか……スタイリストさんの手違いか……。

 こんな大きな会場で、しかも何組ものアーティストさんが出演する歌番組だからスタッフさんもそりゃあ、てんてこまいだよね。

 俺だけが緊張してガクガクしてるんじゃない。

 みんな、良い番組を作り上げるようと必死なんだ……。 誰でも失敗はあるものだしね。

 そうやって俺が平静を保とうと壁に寄りかかったと同時に、カーテンの向こうからリカ達の信じられない会話が耳に入る。


「衣装無いの?」
「それじゃあステージ上がれないね~」
「顔だけ変えても衣装が無いんじゃ……ねぇ?」
「別の衣装着たら?」
「そうそう。 さっき着てたのあるじゃん」
「いっその事さぁ、実はボクLilyのヒナタでしたーって暴露っちゃえば」
「きゃはははっ……それやられちゃったら私達もヤバイじゃん!」
「いいよもう、Lilyはアイのせいでめちゃくちゃなんだし」
「だねー」
「………………」


 …………何…………? 嘘でしょ……?

 そんな、……。

 俺は信じられない思いで、カーテンで仕切られたそこから出ていく。 リカを含むいつもの面子はしたり顔で腕を組み、唖然とした俺に意地悪な笑顔を向けてきた。


 ───もしかして、リカさん達が……衣装をどこかへやった……? 俺を出演させないために……?


 いや、そこまでしないよ。 いくらなんでも、ここまでの意地悪しないよ。 だってもうすぐ本番なんだよ。 俺が出られなくなったら、困るのはリカさん達も同じなんだよ。


 ……信じられないけど、信じたかった。


 大変な思いをして夢を掴んだ彼女達は、どんな逆境に立たされても自分達でそれを摘んだりしないって、信じていたかった。

 でも……無理だ。

 この視線、この悪巧みを終えた表情。

 リカさん達が、俺の衣装をどこかへやったのは明白だった。


「はい、また逃げたー」
「セナさんに泣き付くんだよ」
「もうどうでもよくない?」


 たまらず、俺は楽屋を飛び出した。

 逃げたんじゃない。

 ミナミさんと一緒に衣装を探すためだ。

 彼女達に聞いたって教えてくれっこない。

 それならミナミさんに事情を話して、二人で探した方がいいと思った。


「……なんで……っ」


 廊下を小走りで掛ける最中、ここまで堕ちてしまった彼女達の動機が俺には計り知れなかった。


 こんな足の引っ張り合いをするためにアイドルになったの?
 こんな事して後がどうなるか、考えられないくらい黒い塊に心を支配されたの?
 ステージに立つことが夢……だったんじゃないの?


 俺は悲しかった。 悔しかった。

 どうにも出来ない未熟過ぎる俺の立場が、ほんとに無意味である事に切なくなった。


「あっ!? ちょっ、ちょい待ち!」
「…………っっ!?」




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