狂愛サイリューム

須藤慎弥

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12♡緊急任務・生放送本番

12♡

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 ツアー時と同じく九名のバックダンサーを従えたCROWNのリハーサルは、思わず口が開きっぱなしになるくらいカッコよくて、時間を忘れて舞台袖から見入ってしまった。

 その後、さっき俺も参加していた諸々のチェックのために、ケイタさんの主演ドラマの主題歌も三回通して歌ってたかな。

 内容に沿った切なく甘い歌詞と、サビにかけて盛り上がる聖南のキャッチーなメロディーが俺はやっぱり大好きで、反響する重厚な音のせいじゃないドキドキが心臓を踊らせた。

 サビでの息の合った手話も、三人とも手のひらが大きくて見栄えする。

 俺はフリーだった午前中、事務所にルイさんが迎えに来るまでほんのちょっとだけ手話の勉強をしていたから、CROWNの曲でのそれも何となく分かるようになった。

 ただなぁ……俺の指短いしなぁ……。

 一所懸命やっていても、ステージに立ったら蟻んこにしか見えないんじゃないかって心配になってきた。

 何しろ、バックモニターでは俺とケイタさんじゃなくドラマの名シーンを繋ぎ合わせた特別VTRを流すらしいから、俺の赤ちゃんみたいな指なんてもっと見えなくなりそう……。


「ハルくんは待機場所どうするんだっけ?」
「へっ?」


 Lilyのマネージャーである足立さんから問われて、ハッとする。

 いけない……ついついこの居心地の悪い空間に居ると、どうしても聖南達が恋しくなってしまう。

 相変わらずの冷たい視線をビシビシ感じながら、俺は身を縮めて聖南の言葉を反芻した。


「あ……あの、CROWNさんが一つ楽屋を確保するらしいので、俺はそこで待機を……」


 メンバー達の視線が痛い。

 揃いも揃ってメイクが濃いめだから、そういうつもりはないとしても睨まれてるような気になる。

 俺はETOILEとLilyのリハーサルから一時間後、聖南達から過剰に心配されつつ一人で明日の打ち合わせのためにSHDの事務所にやって来た。

 ほんとは俺だって聖南達と離れたくなかったけど、CROWNはバラエティー番組の収録があるっていうし、恭也は撮影に戻っちゃったし、事務所まで送ると言い張るルイさんには「ヒナタ」を明かしていないから、俺は逃げるように会場を出てきた。

 早くも疲労困憊だ。

 でも本番は明日だから、そうそう弱音も吐いてられない。


「あ、そうなんだ。 さすが大塚だな……じゃあ心配いらないか。 俺は林マネージャーと連携取って円滑に混乱なく進むよう努めるから、ハルくんは「ヒナタ」をよろしく頼む」
「はい。 分かりました」


 足立さんの言葉に頷いた俺の背中に、ずーーっと視線が刺さり続けてる。

 最近はレッスンで顔を合わせても、悪口めいた事は言われたりしなかったからホッとしてたのに……睨むのだけは控えてくれない。

 事情を知るメイクさんがわざわざリハーサルのためだけに俺をヒナタに変身させてくれた事も、俺にCROWNというバックアップが居る事も、彼女達の視線を感じる限り全部よく思ってなさそうだ。

 それに加えて緊急任務の代役の件を知られてからは、特に俺を毛嫌いしているリカさんの視線が一段と鋭くなった気がする。


「いいなぁ~大塚事務所は無理が通って~」
「CROWNは出番も二回あるし誰も文句言えないくらい売れっ子だけど、ETOILEはまだまだじゃん」
「最近テレビでよく見るけど、相変わらず恭也くんに頼ってばっかだよねー」
「あれで仕事貰えてる人もいるのに、私達はアイの連帯責任でトークもカットなんだよー。 アホくさぁ」
「………………」


 足立さんの前にも関わらず、女子同士のいじめのようなこれみよがしな悪口を叩かれた。

 言い返せない俺をチラと見た足立さんも、どうしていいか分からないって顔してる。

 はじめにここへ挨拶に来た時、マネージャーという立場もあるし協力は惜しまないと足立さんは言ってくれてたけど、女の子が徒党を組むと男一人じゃ手に負えないんだ。

 これだけ気の強い女の子が何人も居たら、そりゃそうなるよ。


「こら、リカ達やめないか。 ……それじゃあみんな、明日もよろしくな」
「はーい」
「はーい」


 ……ほらね、お咎め無し。

 突き刺さる視線と言葉で下唇を噛む俺へのフォローよりも、争いごとが大きくならないように穏便に済ます方を選んだ足立さんは賢い。

 俺は誰よりも分かってるんだから。

 後ろ盾が巨大過ぎる事も、いつも恭也に甘えてる事も。


「ハルくん、気にしないでね。 あの子達には私からも注意しとくから」


 明日の本番のためにそそくさと帰って行ったメンバー達と足立さんの背を見送り、俺はしばらくその場に佇んでいた。

 迎えに来ると言ってた聖南から、連絡がきてるかもしれない。

 スマホを取り出してメッセージを確認しなきゃと頭では分かってたのに、久しぶりに浴びた悪の感情が頭の中をぐるぐるしていて動けなかった。


「……ハルくん、大丈夫?」
「え、あっ……はい。 大丈夫です」


 ただ一人残って俺に声を掛けてくれたのは、リーダーのミナミさんだった。

 ミナミさんもリカとその取り巻き達にはかなり手を焼いてる様子で、レッスン中にも何回か小さな諍いを見た。

 そんな事で言い争わなくても……とヒヤヒヤしちゃうような現場をいくつも見た俺は、女の子のグループは大変なんだなと他人事のように思ってはいたけど、memoryはそんな事無かったから、一体どちらが多数派なのか分からない。

 Lilyの場合は俺の事も含めて特殊な状況だし、余計にギクシャクしてるんだと思う。

 彼女達の鬱憤が溜まると、ここに一番不必要な俺に怒りの矛先が向くのはしょうがないかなって、そう達観する事が出来るようになったのはいい。

 でも今のは不意打ちだった。




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