狂愛サイリューム

須藤慎弥

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11❥葉璃の実力

11❥5

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… … …



 葉璃は口ずさみながら、テンポを確認しつつ驚異的な早さで振りを覚えていく。

 何十回と楽曲を繰り返し聴いたおかげで、今回も振付けだけでなく歌詞もすでに頭に入っていた。

 書斎にてコンデンサーマイクをセッティングし、プリントアウトした歌詞を葉璃に持たせた聖南は一度 "あなたへ" を歌ってみた。

 葉璃には霧山のパートを、聖南はケイタのパートを歌ったのだが正直それほど大きな修正点はない。

 パート割りの把握は問題無く、あとは細かな音程の直しと強弱の付け所を聖南の解釈で指導した。

 もともとの地声が高めな葉璃は、女性パートも難なくこなす。 ミディアムテンポなので、高音を持続させられるよう腹式呼吸で支えるようにとも教えた。

 下半身直撃のキュンキュンする歌声と、葉璃と共に音楽を愉しんでいるというささやかな喜びで、時間は瞬く間に過ぎていく。

 帰宅してから慌ただしくシャワーを浴び、歌唱練習をし始めて約二時間。

 時刻は深夜二時を回っていた。


「葉璃ちゃーん」
「……はい?」


 水分補給のためにキッチンに向かった葉璃を、数分も経たずに聖南は呼ぶ。

 スマホを片手に、パタパタと近付いてくる足音を聞いていた聖南は、ぴょこ、と入り口から顔を覗かせた葉璃に不気味なほど満面の笑みを見せた。


「なぁなぁ、こっち来て」
「…………嫌な予感がするんですけど」
「なんでー?」


 徹夜の必要が無いと判断した聖南は、この休憩をもって葉璃の体を休めるつもりでいる。

 しかし、焼肉店でダンサーの一人から面白おかしく見せられたものが、聖南の怒りを買っていた。

 本当は二人きりになった瞬間、言ってしまえば車に乗り込んだと同時に、燃え上がる嫉妬心をぶつけてしまいたかった。

 そんな聖南のメラメラとしたものを察知したらしい葉璃は、恐る恐るといった風に一歩ずつしか近寄ってこない。


「聖南さんがそんなにニコニコしてるの、……不気味です」
「ひどいなぁ、俺一応アイドルだし笑顔には自信あんだけど。 てかそんな事はいいからここに座って」
「え、聖南さんの上に……?」
「捕まえた!」
「わわっ……!」


 なんですか?と言いたげな葉璃の腕を掴んだ聖南は、勢いよく自身の膝の上に抱き込む。

 嫉妬による追及の始まりだった。


「さーて、葉璃ちゃん。 早速だけどこの動画を見てみよう」
「……動画? ていうか俺、もっと歌の練習を……」
「待て待て。 この件を問い詰めないと俺は何もしねぇよ? 俺、二時間以上我慢したんだ。 あとで褒めてな?」
「問い詰めるっ? 問い詰めるって……」
「ほらこれ。 どういう事かなぁ、葉璃ちゃん?」
「ん……? うっ……! うわわわっ! こ、これ、これは……!」


 背後から葉璃を抱き締めて逃げられないように左腕でホールドした聖南が、スマホを起動させて問題の動画を再生する。

 観始めて十秒後から、あられもない声が書斎に響いた。

 それは夕方、聖南達が到着する前にスタジオで繰り広げられていた、ルイによる葉璃へのマッサージ動画であった。


「こ、こんなのどこで……!」
「ダンサー連中が面白がって撮ってたらしい。 葉璃……あんあん喘いでんな? 何事?」
「喘いでないですよ!! これは、その……っ、ルイさんにマッサージしてもらってて……!」
「それは見りゃ分かるよ」


 はじめは聖南も、ストレッチかマッサージをしているのだろう、そう思っていた。

 ニヤニヤしながら、半ば邪な目で聖南に見せてきたダンサーに「すぐに消せ」と睨みを交えて強いお願いをしたほどには、衝撃的だった。

 ルイに怒っているわけではない。

 一切いやらしい事はしていないのに、セックス中の啼き声と大差ないそれを他人に聞かせた葉璃に、怒っている。


「んあっ……」
「耳にちゅってしただけで喘ぐじゃん。 葉璃さぁ、敏感過ぎんだよ」
「そんなのどうしようもな……ぁあっ」
「ルイの手、気持ち良かったんだ?」
「い、いえ……そんな事は……っ」


 たじろぐ葉璃がスマホを奪おうと腕を伸ばす。

 もうやめて、と言いたいのだろうが、耳まで真っ赤にしている葉璃は聖南の怒りを受け止めるしか無かった。

 短い動画が中盤に差し掛かる。

 聖南が一番、頭にきているシーンだ。


『あっ……ルイ、さん……っ痛くしないで……』
『痛みを乗り越えんと。 ここは強めにいくけんな』
『ぁあん……っ……痛いぃ……!』
『ここはどうや? いくらかほぐれてきたな』
『ん、っ……あっ………そこきもちぃ……ぃあっ』
『喘ぐなって言うてるやんけ!』



「………………」
「………………」


 どう見てもよがっているようにしか見えない。

 喘ぐなと咎めるルイに対し、「むり……っ」と力無く返しているこれも、聖南とのセックスでよく聞かれる啼き声の一つだ。

 聖南だけの「むり……っ」が、他でもないルイによって発せられている事が我慢ならない。

 それをダンサー達全員、その場に居たであろう恭也や林にも聞かれていたのかと思うと、カッと頭に血が上るのも無理はない。

 クライマックスまで流すとキレてしまいそうになるので、聖南はここで動画再生を中断し、スマホをデスクの上に置いた。

 葉璃の体を抱き上げてこちらを向かせると、俯いてムッと唇を尖らせているがさすがの聖南もこれは許せない。


「喘いでないもん……」
「喘いでる。 ガッツリ「きもちぃ♡」とまで言ってる」
「そ、それは……っ」
「葉璃ちゃん、これはさすがに聖南さん怒っちまうよ。 葉璃の喘ぎ声は俺だけの特権だったのに。 誰が他の男の手でイかされそうになってんだよ」
「イかされそうになんてなってません!」
「ラストなんて絶頂間近じゃん。 胸糞悪りぃから流さねぇけど」
「絶頂って……っ」


 男が出しているとは思えないほど、葉璃の嬌声は高く甘い。

 そんな気など無いダンサー連中も、つい勃起しそうになったと動画の中でヒソヒソ言っていた。

 歌唱練習の前に葉璃を動揺させたくなかった聖南は、問い詰めたい気持ちを堪えて我慢に我慢を重ねたのである。

 けれどそれは、頬を膨らませた葉璃のポテンシャルによって明日に持ち越さなくて済みそうだ。

 ──夜はまだ長い。




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