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11❥葉璃の実力
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しおりを挟む葉璃はそういう子だ。
もちろん出会ってすぐの頃は、聖南もお手上げなほどに卑屈全開なネガティブ少年だった。
けれど葉璃は変わっていった。
周囲の変化に順応しようと、流されるままではいけないともがいて、自らが変わろうと努力してようやっとここまできたのだ。
限界まで我慢して自分だけがツラい思いをしようとするところは変わらないが、それが葉璃の良さであって、聖南は、成長途中であるそんな葉璃の事が可愛くてしょうがない。
一生そばに居てほしいという愛情を含め、その時々で奮闘する葉璃を見ていると置いて行かれそうな不安を覚えるほどに、彼なりに前向きになろうと頑張っている。
『焦らなくても、少しずつ羽を広げて飛び立とうとしてるのはちゃんと伝わってる』
聖南が今、葉璃にこれを言ったところで返ってくる台詞は分かっている。
自分の置かれた立場を把握し、必要とされる事の喜びを知り、本当にダンスが好きだと胸を張って言えるようになるまでに二年近くかかった。
けれど、聖南が知る葉璃にしては、成長が早過ぎるとさえ思っている。
葉璃を悩ませる者は誰であっても許せないが、寝顔を見詰めるルイはいつもの陽気なテンションではなく、実に静かに後悔を語り始めた。
「俺、ハル太郎のこのキャラ、テレビ用に作ってるんやろうと思ってたんすよ。 嘘やんってくらいビクビクしたりネガティブ発言したり、まさかこんな人間がほんとに居るとは思わんやないですか」
「……まぁな」
「実は俺……事務所でハル太郎にバッタリ会った事あって。 そん時、発破かけるみたいにひどい事言うてもうたんすよ。 甘えるなや、お前だけ成長してない、とか……ハル太郎には絶対言うたらあかん事やった」
「………………」
「今でもハル太郎は俺の言葉気にしてる節あって。 「これは甘えになりますか」てたまに聞いてくる事あって……そんなんもう思ってないのに。 なんか胸が痛いっすわ……」
ルイは片目を細めて渋い顔で聖南を見た。
子役時代を経験しているらしい彼は、視聴者よりも極めて厳しくデビューしてからの葉璃を見ていて、絶好の機会とばかりに胸の内をぶちまけた。
毎日行動を共にしていくうちに、その時言い放った言葉がどれだけ葉璃を悩ませ傷付けてしまったか気付いたと、ルイは苦々しく言う。
当たり前だ。
ほんの少しでも業界を知っている者であれば、目に見えるものだけで判断してはならないともっと早くに気付いてほしかった。
……すでに成長している葉璃を苦悩させる前に。
「葉璃の本質が分かってきたって事だな」
「あぁ、そうっすね。 おもろいから揶揄いはするけど、今は本気で甘えてるとは思ってないっす。 ハル太郎はちゃんと素質もあるし、他とは被らん無二のキャラやってのも分かりました」
キャラ立ちしてないと生き残れないっすもんね、と新たにウーロン茶を二杯頼んだルイが吹っ切れたように笑う。
聖南は話を聞きながら、無意識に葉璃の背中を一定のリズムで穏やかにトントンと叩いていた。
葉璃の良さを分かってくれる者が一人でも増えるのは嬉しい事だ。
人間誰しも欠点はある。 それが他人にとって我慢ならない欠点ならば致し方ないけれど、聖南が想う葉璃は決して否定されるだけの人間ではない。
「じゃあさ、ETOILEの加入の話なんだけど。 何が理由で拒否ってんの?」
聖南は不思議だった。
葉璃へのわだかまりが無くなったのなら、未だにこの件に関して大塚社長へ断りを入れている訳柄の説明がつかない。
他の候補者の手前、ルイもオーディションという形を取るが彼の場合言うなればデキレースなのだ。
かつての聖南のように、ルイも社長のゴリ押しなのは見ていれば分かる。
つい昨日も、聖南は電話で社長から愚痴られた。
ルイが首を縦に振らない理由が分からないとほとほと困った様子で、言外に「セナ、何とか説得してくれよ」などという下心が見えたが、どう考えても社長の方がルイとの付き合いは長い。
チームメイトとはいえ、つい最近知り合ったばかりの相手に本心を言うはずがなかった。
「あぁ……それは、……今やないかなって感じなんす」
「どういう意味?」
「いやまぁ、……俺の事はいいやないっすか! 加入メンバーはオーディションって聞いてるし、俺よりもっと相応しい奴入れたらええんですよ」
「………………」
白々しく、話を逸らされた。
苦笑したルイはウーロン茶を一気に飲み干し、もう一つのグラスには葉璃のストローを刺している。
目覚めた葉璃のために新しいものを用意した気使いに、普段の様子も窺えた。
聖南の方を見なくなったルイから、この話はいくら聞かれても答えないという姿勢を感じる。
それはすなわち、拒否する明確な理由があるという事だ。 社長にさえ語らないそれを、付き合いの浅い聖南に打ち明けるわけがない。
「……ん、っ……」
膝枕で爆睡中の葉璃が寝返りを打った。
その拍子に頭がずり落ちそうになったのを慌てて受け止めて、グイと引き寄せる。
するとちょうど聖南の股間辺りに葉璃の顔がくる事になり、決して意識してそうしたわけではないが思わずニヤけた。
異常にフェラ好きな葉璃が聖南のものをペロペロしている、何ともいやらしい妄想がよぎった聖南は、何を考えてんだと小さく頭を振った。
「…………そういや、ヒナタはどうなった?」
誘惑から逃れるために、この際なので気になっていた事を聞いてみる。
途端に、ぼんやりとダンサー達を眺めていたルイのテンションが一気に上がった。
「えぇ? いきなりっすね。 とりあえず出演番組は全部録画して見まくってますよ。 Lilyはエロで売ってんのかと思たら、ダンスもわりとしっかり組まれててええ感じ。 てかヒナタちゃんの可愛さが際立ってます!」
「あ、あぁ、そう……」
「セナさんの彼女さんってどんな感じの人なんすか? メディアでも明確に言うた事ないんでしょ? 週刊誌にも撮られた事ないらしいし」
「んー……強いて言うなら、見た目は可愛い系」
「え、マジっすか!? セナさんは美人系が好きそうなんに! それこそLilyのメンバーみたいな! あ、ヒナタちゃんはあかんですよ?」
「……どう言っていいか分かんねぇよ」
「何がっすか?」
「いや、……なんでもない」
ヒナタはダメだと言われても、葉璃はすでに聖南のものだ。
聖南は「恋人が居る」と公表しているが、それとなく世間にもメディアにも匂わせていて、「恋人」が「彼女」だと語った事は一度もない。
ルイがETOILEの加入を渋る理由は分からないままだが、彼が葉璃を認めようとしている事、さらにまだヒナタに入れあげている事も再確認した聖南は、自身の膝枕ですやすやと寝ている葉璃の髪を撫でた。
『ルイにほだされるなよ、葉璃……』
無邪気で素直な葉璃は、困った事にお人好しなのである。
何故だろう……不安しかない。
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