狂愛サイリューム

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
104 / 539
9★ ─SIDE 恭也─

9★9・驚愕の新メンバー候補

しおりを挟む



 葉璃が俺の服を掴んだまま、離さない。

 この甘えるような手のひらの熱と、何か言いたげな視線……セナさんが言ってたのはこれだね。

 見るからに無意識でやっちゃってるから、俺やセナさん以外にもこんな風に甘えたら相手は確実に勘違いするよ。

 今は俺だからいい。

 いずれ加入する新メンバーの人達に、葉璃が心を許すまでは俺とセナさんだけの特権だ。

 思うところは色々あるけど、動揺しているのは葉璃もきっと同じなんだから、俺がしっかりしないといけない。

 葉璃と俺は、これからも支え合おうねって約束したんだから。


「……社長。 今年の上半期、あらゆるジャンルの雑誌の表紙掲載順位、ETOILEは第三位です。 二人はまさに素人同然だったというのに、世に広まって認知され、定着し、受け入れられるまでが非常に早かったです。 二人のキャラと危うく見えてしまう距離感によって、想定外のファン層も掴みました」


 俺と葉璃の口数が少なかった事で、場の空気が重たくなりかけた時だ。

 林さんが社長に向かってこんな嬉しい事を報告し始めた。

 決して前に出て意見を言うタイプでは無い林さんが、気を抜いていた社長をたじろがせる。


「おぉ、おぉ、そうだな。 それはスタッフからも秘書からも聞いているぞ」
「恭也の初出演映画が八月に公開されるにあたって、番宣絡みのメディア活動が下旬から公開前にかけて連日入っています。 特番を除く歌番組のゲストにもいくつか呼ばれています」
「おぉ、そうだったな。 林もあっという間に仕事を覚えて逞しくなったじゃないか。 三人は共に成長したと言えるな」
「そうですね。 ですが僕はまだまだで、力不足を痛感しています。 CROWNを育て上げた成田さんのようになるべく精一杯頑張ります。 僕は二人のマネージャーである事を誇りに思っていますので、新メンバーが加入された後も引き続き担当させて頂きたいです」


 今まで聞く事のなかった林さんの思いを聞いた俺と葉璃は、「もちろんそのつもりだ」と応えた社長にホッとしたような笑みを向けた立派なマネージャーの横顔を、感謝を持って見詰めた。


「林さん……」
「いつも、ありがとうございます、林さん」


 新メンバー加入の件で狼狽えた俺達に気付いた林さんを、もう、新人マネージャーとは誰も呼ばないだろう。

 タレントとマネージャーは二人三脚だから、と成田さんが意気揚々と語っていた言葉が、そっくりそのまま俺達と林さんにも当てはまった。

 俺と葉璃だけでは、とてもじゃないけどETOILEは伸びない。

 林さんや、周囲のスタッフさんにたくさん助けてもらいながら、デビューして一年目を迎えるという事を肝に銘じておかなくちゃ。


「……葉璃、新メンバー候補決まったの、もしかして、知ってた?」
「えっ、あっ……うん……実は……」


 社長室を出た俺達は、セナさんがいつも作詞をする際にこもるという個室に通された。

 一台だけあったパソコンを起動させて、飲み物を用意すると言って出て行った林さんが居ない隙に葉璃を問い詰めると、すぐにしょんぼりと白状した。


「そうなんだ。 セナさん経由?」
「……うん……。 ごめんね、恭也……怒った?」
「どうして俺が、怒るの?」
「な、なんか……怖い顔してるから……。 黙ってた事、怒ってるのかなって」
「え……怖い顔、してる?」
「……かなり」
「そう……」


 ……どうしよう。 俺、別に怒ってないよ。

 この話は、こうして社長の口から聞くのが筋だったと思うし、葉璃も口止めされていたのかもしれないから怒るわけない。

 葉璃の無意識の「可愛い」と同じで、怖い顔をしてたなんて全然意識してなかった。


「俺、怒ってるわけじゃないよ。 驚いたけど、怒ってはない」
「……ほんとに?」
「うん。 怒ってるというか、不安でいっぱい……かな」
「…………それは俺もだよ」
「俺にはまだ、そんな余裕ないのに、ってね。 あと、葉璃と俺だけの、ETOILEだったのに、よそ者が入ってくる感じは……ちょっと、複雑」
「よそ者って……っ」
「ごめんね。 言い方悪いの、分かってる」


 何と言えばいいのか分からなかったんだからしょうがない。

 葉璃に隠しておく事でもないから、俺の本心を曝け出したまでだ。

 葉璃を、ETOILEを、取られちゃう。

 何にもない俺が親友の座から陥落したら悲しいなって、我儘な事を思っただけ。


「さーて、じゃあ僕も一緒に拝見させてもらうね」
「はい」
「はい」


 飲み物を調達してきてくれた林さんと俺達は、三人仲良くパソコン前に密集した。

 資料と映像とを照らし合わせて、計十人も居る候補者を次々と見ていく。

 皆それぞれ何かに長けている、いかにもアイドルを目指している明るそうな人が多かった。

 歌もうまい。 ダンスもうまい。 外見も容姿も、みんな申し分ない。

 ここから三人に絞るだなんて、かなり難しいよ。

 ETOILEの色がガラリと変わりそうな気配に、俺と葉璃の口数がまたもや減った最後の最後。

 十人目の候補者がパソコンの画面に映った瞬間、俺は今度こそ驚いた。


「…………あれ、これ、って……」
「あっ!? ルイくんじゃないか! 彼、ETOILEの新メンバー候補だったのか!」
「………………」


 俺と同じく驚いた林さんは、知らなかった。 対して葉璃は全然動じてない。

 ルイさんが新メンバー候補、なんだよ?

 社長がルイさんに「葉璃の人となりを見て勉強しろ」と言っていた本当の意味が、ようやく分かった。

 よくよく考えれば、あの場ですでにルイさんは「ETOILEに入らない」と言ってた事を今さら思い出した俺は、久しぶりに会う葉璃にあの日も盛大に浮かれていて、大事なところを聞き逃していたらしい。


「葉璃、……もしかして、これも知ってたの……?」
「……うん……」
「今度こそ、妬いていい?」
「え!? なんで!?」
「俺以外の人を、見ないで」
「えぇっ!? 恭也っ?」
「本番前に、葉璃をぎゅってしていいのは、俺だけ。 今、ここで、約束して」
「えぇぇ……っ?」
「ハルくん、恭也の言う通りにしてあげて。 ハルくんを取られちゃいそうで不安なんだよ、恭也は」
「…………恭也……?」
「約束して、葉璃」


 俺はどこまでも親友以上恋人未満にこだわる。

 葉璃はよそ見しちゃ駄目。

 親友は俺だけで、甘えていいのも俺とセナさんにだけ。

 ルイさんと仲良しなところを見せ付けられると、妬けて妬けてしょうがないんだって事を今言っておかないと、葉璃はそのうち彼に心を許してしまいそうで心配だった。


「……分かった。 約束する」


 葉璃への異常な愛情を知る林さんの援護射撃の甲斐あって、葉璃は意味が分からないと顔にしっかり滲ませて頷いた。

 ……それでいいんだよ、葉璃。

 俺と葉璃は、無二の親友なんだからね。

 他の誰も、入る余地なんか、ないんだからね。




しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...