狂愛サイリューム

須藤慎弥

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9★ ─SIDE 恭也─

9★5・成長途中

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 ホテルから程近い個室のある和食レストランで、葉璃は今日も気持ちいいくらいたくさん食べていた。

 セナさんから以前、「葉璃とメシ食う時はこんなの無理だろってくらい頼んでやって。ざっと三人前は余裕で食うから」と言われていたし、本当かなぁと思いつつ俺はそれを実行してみた。

 二人で分け合って食べるんじゃなく、葉璃に三人前を頼んだ。

 無理しないで、と何度も言った俺に首を傾げた葉璃はほんとに軽々と平らげてしまって、しかもその後「甘いもの食べたい」なんて耳を疑うような事を言ってたから、葉璃の大食いは健在だった。

 そろそろ驚かなくはなったけど、この事を初めて知った時、ビックリし過ぎた俺は箸を床に落としてその食べっぷりに見入っちゃったもんな。

 この華奢な体のどこに入っていくんだろうと不思議でしょうがない。 よくよく思い返してみると、テレビで見ていた大食いの人も痩せている人が多かったし、それと何か関係があるのかな。

 葉璃はマスクをして、俺は帽子を被り、ほんの少しの距離を懐かしい気持ちで歩いてホテルの部屋に戻って来た。

 ……なんとなく、食事をしてから葉璃の元気が無いように見える。

 街の中心部にあるビジネスホテルは綺麗な夜景とは無縁なのに、満腹で苦しいのか葉璃は黙ったまま、猫みたいに窓際から外を眺めている。

 ETOILEとしてデビューして以来、二人きりで過ごす何気ない時間が本当に減ってしまったけれど、高校時代からこうした無言の時を苦に思わない俺は、備え付けのポットでほうじ茶のティーパックを淹れた。


「……ねぇ恭也。 俺ね、……がんばろうと思うんだ」


 カップを手に葉璃の元まで行くと、窓の外を見詰めたまま突然思い詰めたように口を開いた。

 ……この横顔は何だか……抱き締めたくなる。 今日の葉璃の姿もいけなくて、つい肩を抱いてしまいそうな儚さが増している。


「……うん、……何を?」
「今日ここに来たのは、恭也に話があったからなんだ」
「……話? どうしたの」


 お茶を受け取りながら「ありがとう」と言う葉璃が俺を見上げてきて、神妙なその表情と声色に俺も身構えた。

 葉璃は少しずつ、言葉を選びながら、わざわざ俺に会いに来てくれた理由を静かに話し始める。

 ───語られたそれに、俺はとてもじゃないけど相槌しか打てなかった。

 まずはルイさんとの出会い。

 俺も訝しく思っていた、二人の間に漂う誰の目にも初対面ではない打ち解けたような雰囲気。

 ルイさんが、偶然事務所で鉢合わせた葉璃に「成長してない、甘えている」と指摘した事で、無理やり自覚させられた葉璃はぐるぐるした、と。

 そしてもう一つ。 Lilyのメンバーとの気持ちのすれ違いを聞かされた俺は、「もうヒナタはやめてしまいなよ」って言いそうになった。

 きっと昔からの癖で、誰にも迷惑を掛けたくない、自分さえ我慢してればいいと必死で耐えていた葉璃の苦悩にセナさんが気付かなければ、ルイさんの言葉で自覚してしまった葉璃の心がついに壊れてしまっていたかもしれない。

 ルイさんに悪気は無かったというのは分かる。

 でもやっぱり、葉璃の事を何も分かってない。

 葉璃は決して甘えてなんかいないし、デビューしてからのこの一年、成長が見えないというならこんなに仕事も貰えないはずだ。

 業界の人達も、視聴者も、以前よりとてもシビアに媒体を観ているとCROWNの三人は言っていた。

 葉璃はあのキャラや実力があるからこそ、どこの現場でも可愛がられて「次もよろしく」と言われるんだよ。

 Lilyの件だってそう。

 彼女達はこの二年で頭角を現した人気女性グループで、ファンの目も肥えている。

 そんな中で女性のフリをして「ETOILEのハル」が影武者になるなんて、俺もセナさんと同じですごく反対したかったけど、葉璃はやると決めてしまった。

 俺はもちろん、セナさんの表情が「やめとけ」って言っていたのに、葉璃が自分で無理難題としか思えない任務を呑んだ。

 頑張らなきゃ、と思ったんだ……俺が葉璃のために芝居を猛勉強しているように、葉璃もETOILEを守るために自身の成長を夢見てるんだ……。


「……葉璃……」
「あっ、あの、いきなりごめんね。 恭也には話しとかなきゃと思ったんだ。 ルイさんの事も、Lilyの事も、俺はもう吹っ切れたというか、自分のやるべき事をしてればいいって思えるようになって、ほんとはこの事、聖南さんだけ知ってればいいと思ってたんだけど、恭也には、っ……」


 突然こんな話してごめん、とひどく狼狽えた葉璃を、久々に見た。

 俺はそっと葉璃を抱き締めて、背中を撫でる。

 落ち着いて、葉璃。 分かってるよ。

 セナさんだけに打ち明けて終わりにするつもりだった葉璃の弱さを、俺に話してくれた深くて尊い思いは、充分伝わったよ。


「葉璃、いいよ。 大丈夫。 言いたい事、分かる。 俺も一緒だよ」
「……え?」
「葉璃も、俺も、今は成長途中、なんだよ。 デビューして ″まだ″ 一年と思うか、 ″もう″ 一年と思うかって、すごく違うよね。 葉璃は、どっちだと、思ってる?」
「…… ″もう″ 一年」
「俺もそうだよ。 じゃあ、去年の今頃と今、気持ちや意志は、同じ? どう?」
「…………違う」
「そうだよね。 俺も、全然違う。 葉璃は、俺がすごく成長したって、思ってくれてるみたいだけど、俺にも、葉璃の成長、見えてるよ」
「俺の成長……? 成長、してる?」
「してるよ。 だって……逃げなかったんでしょ? セナさんなら、傷付いた葉璃を逃がして、トロトロに甘い世界で、生かしてくれるよ。 それを選ばなかった葉璃は、成長したいと、望んでる。 昔の葉璃からは、考えられない」
「………………」


 見上げてくる瞳が揺れる様を、こんなにも間近で見たのは初めてかもしれなかった。

 同じ時を過ごす時間が減っても、俺達はまったく同じ心持ちでいる事が分かって、嬉しくてたまらない。

 ……大事にしたいと思った。

 葉璃を、大事にしたいと、強く思った。


「俺は、葉璃と一緒なんだよ。 今も変わらず、根暗仲間。 葉璃のこと、親友よりも大好きで、恋人よりは愛してない」
「………………??」


 ぎゅっと抱き締めて親愛の言葉を紡ぐと、腕の中の葉璃は黙り込んだ。

 しばらく無言を貫いたあと、おずおずと抱き締め返してくれた葉璃を思う存分かき抱いた俺は、もう一つセナさんに謝らなきゃならない事が増えた。



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