狂愛サイリューム

須藤慎弥

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9★ ─SIDE 恭也─

9★2・葉璃の嬉しい事

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 テレビ局へと向かう車中で、葉璃といくつかメッセージを交わした。

 嬉しい事があったらしく、それを報告したいと顔文字付きの可愛いメッセージが俺のスマホを彩って頬が緩む。

 見た目はともかく、中身は決して女の子っぽくはないのに、葉璃はどうしてあんなに可愛いのかな。

 ……早く会いたいな。


「───葉璃、六日ぶり」
「恭也っ!」


 一足早く到着していた楽屋に入ると、葉璃はルイさんと何かを言い争っていた。

 俺以外の人とあんまり仲良くしないでほしいから、すぐに両腕を広げて葉璃を呼ぶと飛び付いてきてくれる。

 俺だけの片思いじゃないって、こういうところで感じさせてくれる葉璃が好きだ。

 まだ普段着の葉璃からふわっとセナさんの香りがして、同棲は順調なんだなと微笑ましくなる。

 大好きな葉璃が幸せなのは、俺の幸せでもあるからね。


「お~お~、お熱いこって」


 林さんに宣言した通り、ルイさんに見せ付ける事に成功した。

 目を細めて妙な顔をしているルイさんは、ケイタさんやアキラさんみたいに俳優として活躍出来そうなくらい男前だ。

 バックダンサーなのが勿体無いくらい。


「うるさいなぁ、ルイさんは黙っててください」
「何でや。 見せつけられる方の身にもなってみ? なぁ、林さん」
「この二人は切っても切っても切れない極太の縁で結ばれてるからね。 黙って見守っておくに限るよ」
「なんやそれ。 て事は、自分らほんとにデキてんの?」


 俺の腕の中で、葉璃が不機嫌な表情で振り返ってまでルイさんに突っかかる。

 そんなに怒らないで、葉璃。 俺には見せた事のない顔して、ルイさんを見ないでよ。

 俺も不機嫌になってしまいそうだから、取り繕うようにルイさんに笑顔を向けた。

 笑えている自信は少しも無かったけれど。


「ルイさん、こんにちは」
「おぅ、こんちわ。 恭也て何か迫力あるなぁ。 いずれ任侠映画とかの仕事もくるんやない?」
「あ~それは俺も思ってた。 ほら見てよ、おでこ出すとイケメン幹部って感じ」


 言いながら、葉璃が背伸びをして俺の前髪を後ろへやった。

 あ、もう……ぴょんって爪先立ちしたのは可愛いけど、あまり顔面を晒すのは好きじゃないのに。


「こら葉璃。 俺が顔出すの、苦手だって、知ってるでしょ?」
「暖簾みたいな前髪より、今の方が断然いいよ?」
「……俺は今でも、自分の顔に、自信なんて無い」
「こんなにイケメンなのに何言ってるの?」


 えー贅沢ー、と葉璃に笑われた。

 本当に俺は、自分の顔をかっこいいとかイケメンとか思った事ないよ。

 もてはやされて調子に乗れるような性格だったら良かったのにって、いつも思う。

 撮影の現場に行くと、俺より遥かに華やかな俳優さん達が大勢居るから霞んじゃうんだ。 ぽっと出の新人だし、俺は至って普通だし。


「あ、ルイくん。 ちょっといいかな。 来週のスケジュールに変更あって」
「ほいほーい。 待ってな、タブレット持ってくるわ」


 林さんとルイさんは、タブレットで俺達のスケジュールを調整し始めた。

 「付き人」の話を社長からされていた時、あんなに嫌そうだったはずのルイさんは、林さんが言ってた通りこの一週間ですっかり葉璃の ″新人マネージャー″ になっている。

 葉璃と隣同士で腰掛けて様子を窺っていると、スタッフさんに呼ばれた二人は揃って楽屋を出て行った。

 やっと二人きりになれてニヤついてしまいそうだった俺は、自分と葉璃用に温かいお茶を紙コップに注ぐ。


「……ねぇ葉璃、嬉しい事って、何? どうしたの?」


 セナさんの話題が出てもいいように、二人が居ない時を見計らって聞こうと思ってたからちょうど良かった。

 お茶を受け取った葉璃も、どうやら話したくてウズウズしていたみたいで瞳を輝かせる。


「あ、そうそう! 俺いま洗濯が楽しいんだ! 勿体無いから二日に一回にしてるんだけど、ほんとは毎日したいくらい!」
「…………せ、洗濯?」
「うん!」


 元気いっぱいに頷いて可愛い……。 だけど、……洗濯?

 話がまったく見えない。 どういう事なんだろう。

 俺は飲もうとしていたお茶の紙コップを静かに机に置いて、首を傾げた。


「洗濯って、洗濯だよね?」
「うん。 洗濯機使って洋服を洗う、洗濯。 他に何かある?」


 これだけ目をキラキラさせてるって事は、葉璃が洗濯をしてるの?

 俺と同じで、いやセナさんはもっと、葉璃には何もかもしてあげたい質に見えるんだけど。

 しかも葉璃は家事の才能があんまり無いって自分で言ってたし、そういう事はすべてセナさんがやってるのかと思ってた。


「ううん、そうじゃなくて。 セナさんが、葉璃に頼むなんて、意外だなぁと」
「この三ヶ月は、ぜんぶ聖南さんがやってたよ。 でもそれじゃ一緒に住んでる意味ないし、俺も何かやりたいって言ったら洗濯当番に任命してくれた」
「そうなんだ……」


 健気な葉璃。 セナさん、たまんなかっただろうなぁ。

 同棲を始める前から、葉璃はセナさんと一緒に暮らすために今までした事のない家事を仕事の合間に頑張っていた。

 でも料理は、包丁を左手に持っちゃって作る以前の話だと言っていて、笑っちゃ悪いと思いつつ爆笑させてもらったし、掃除に関しても掃除機の使い方が悪いってお母さんに怒られたってしょんぼりしていたし、……唯一出来たと喜んでいたのがそういえば洗濯だった。

 洗剤と柔軟剤を入れてボタンを押したら勝手に終わってるよね、と言おうとした俺は、ちょっと意地悪だ。

 むむっとほっぺたを膨らませた葉璃から、「恭也の意地悪」と言われたい俺はやっぱりどこからかおかしくなった。

 実際には言わなかっただけ、マシなのかもしれないけれど。




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