狂愛サイリューム

須藤慎弥

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9★ ─SIDE 恭也─

9★1・親友以上、恋人未満

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『ETOILEは、恭也で保っている』


 よく分からないけど、CROWNのバックダンサーをしているルイという男が葉璃の付き人……所謂、代理マネージャーになった。

 葉璃に心無い言葉を掛けていて、聞いてた俺もキレそうだったあのルイさんが、だ。

 けれど俺は、彼の言ってた台詞がずっと頭の中を駆け巡っている。

 ───何を言ってるの。 俺の方が、何度も葉璃に助けられているし、葉璃が居なかったら俺は何もしたくない、向上心の欠片もない奴だ。

 葉璃が「ETOILEをやめる」と言い出したら、俺はその場で「俺もやめる」と即決する自信がある。

 だってETOILEは、俺と葉璃、二人だけの居場所なんだ。

 同士であり、仲間であり、無二の親友である俺と葉璃の、複雑でいて単純な関係は補い合っているからこそ成り立っている。

 葉璃はあのキャラでどこに行っても笑顔を生むから、俺はほんの少し、あがり症の葉璃に助け舟を出してるだけ。

 最近は、以前に比べて自分からネガティブな事を言って壁を作る葉璃を、業界人は皆こぞって面白がり、可愛がっていた。

 本番では人が変わったみたいに、仕上がったアイドルの姿に変身するからそのギャップにやられてるんだと思う。

 可愛くて格好良くて卑屈でネガティブな葉璃は、俺の自慢の相方。 大親友。

 性別の垣根さえ無ければ間違いなく恋に発展していたと断言出来るほど、俺は葉璃の事を大事に思っている。

 本当は毎日でも会いたいのに、葉璃がヒナタの任務を始めてからETOILEの単発仕事をセーブしている今、確実に会えるのは週に二回のレギュラー番組の収録しかなくなった。

 上半期は音楽番組の特番も少ないため、雑誌の取材等は除いて一緒に歌って踊れるのが月に一、二回のみ。

 もちろん事務所のスタジオでレッスンもあるから顔を出したいのは山々だけど、葉璃の影武者と同じく、年末までは俺も撮影で忙しくてどうしてもすれ違いになる。

 なんだか、ETOILEの仕事をセーブしているだけじゃなく、俺達の貴重な時間をも我慢させられてる気分だ。

 立て続けに映画の仕事が入って、葉璃は自分の事のように喜んでくれたから、俺はそれを糧に頑張ってる。

 劇中では憎まれ役かもしれないけど、葉璃が映画を見て万が一でも「かっこいい」と言ってもらえるように、畑違いを承知で日々精進する毎日。

 それにしても、社長の言う通り葉璃を甘く見ているあのルイさんが代理マネージャーになったのには、少しだけ嫉妬した。

 俺だって葉璃と一緒に居たい。

 ヒナタの任務が無ければ、もう少しETOILEとしての活動を活発に出来て葉璃と過ごす時間もたくさんあったのに……現在、俺よりルイさんの方が長い時間を葉璃と過ごしてる。

 あまり知らない人とは視線も合わせられず、ロクに受け答えしない葉璃がやけにルイさんには突っかかっていた事にも、嫉妬した。

 俺には見せた事のない表情をしていた。

 妬けちゃったよ。 ……すごく。


「───はいカーット! OK、頂きます!」


 カットの声が掛かり、何人ものスタッフさん達が動き始めた中、服を雑に脱がし押し倒していた女優さんの手を取って体を起こしてあげると、「ありがとう」と微笑まれた。

 ぎこちなく俺も笑みを返して、「こちらこそ」と言いながら乱れた衣服を整える。

 女性スタッフさん二名が、下着だけの姿になった女優さんの体にタオルを巻いてあげていて、俺はそれを見ないようにしてそそくさとスタジオのセットから一段降りた。

 そこに、丸めた台本をスラックスの後ろポケットに突っ込んだ監督が近付いて来る。


「恭也君良かったよー! ベッドシーンは初めてだったんだろ?」
「えぇ、まぁ……」
「初めてであの緊迫感、素晴らしかった! 明日は早朝ロケの一発撮りがある。 よろしく頼むよ!」
「はい。 ありがとうございました。 お先に失礼します」


 お疲れさん!と大きな声に見送られて、俺は楽屋へと急いだ。

 朝早くからの撮影を、スタジオで見守ってくれていた林マネージャーから台本と水を受け取ると、着替えもそこそこにまずはスマホをチェックする。

 葉璃からのLINEを確認するためだ。


「……あ、葉璃も、レッスン終わったみたい」
「お、そうか。 今日明日は午後から収録があるからハルくんと会えるね」
「はい。 水曜日と、木曜日が、待ち遠しいです」


 林さんも、俺と葉璃の異常な友情を黙認し始めている。

 なんたって林さんとはデビュー前からの付き合いだから、俺が葉璃に対して恋愛感情に近いほど溺愛している事をすでに知られていて、今じゃほとんど驚かれなくなった。

 様々な媒体の出番前に、緊張で震える葉璃を抱き締めて落ち着かせているそばで、最初こそギョッとしてた林さんは今では見て見ぬフリをしてくれる。


「ハルくんはルイくんに送ってもらうんだよね? 何だかルイくんもマネージャー業務が板に付いてきたなぁ。 毎日スケジュールの確認の電話を寄越してくるんだよ、いつも決まった時間に。 意外と真面目なんだね、彼」
「へぇ~」
「……恭也君、顔に出てるよ」
「何がですか?」
「気に食わないって。 ハルくんと会える日が少なくなって不満なのは分かるけど、関係の無いルイくんにあたるなよ?」
「あたったり、しませんよ。 彼の前で、堂々とハグして、仲良しなところ、見せつけてやります」
「いや、やめなさい。 驚かれるよ」
「いいんですよ。 葉璃と会えたら、嬉しくて、他の人の事なんて、構っていられない」


 まるで恋人みたいな俺の発言に、林さんは肩を竦めて綺麗に畳まれた私服を手渡してきた。

 しょうがないよ。 気持ちに嘘は吐けない。

 葉璃にとって大事な恋人は、セナさんかもしれない。

 でも、それ以外の葉璃の全部は俺のだ。

 恋人じゃなくても葉璃の事が大好きで、愛してる。

 親友と呼ぶには浅く、恋人と呼ぶにはおこがましい、何とも例え難い俺と葉璃の関係はずっとずっと変わらない。




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