狂愛サイリューム

須藤慎弥

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6❥胸騒ぎ

6❥

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─聖南─




 間もなく出番であるCROWNの三人は、スタジオ内のひな壇に司会者二名と共に腰掛けている。

 生放送番組のトリを務めるCROWNは、企画VTRをその場で見て、司会者と数分のトークを交わし、終盤に二曲披露する事になっているのだが、聖南は心ここにあらずだった。

 大所帯の女性グループのお遊戯会のようなダンスをモニターでボーッと眺め、足を組む。


『ルイはヒナタと葉璃が同一人物って知らないんだよな……?』


 林マネージャーに連れられて「ハル」として前室にやって来た葉璃は、何やら複雑な面持ちだった。

 あれはヒナタとしての役目を終え、その後すぐにETOILEでの出番を控えた緊張からくる仏頂面ではない。

 何かに怒っているというか、不機嫌に見えた。

 気になった聖南は、ETOILEがスタジオに呼び込まれた際に二人と一緒に前室を出ると、林マネージャーを呼び出して死角となる廊下の隅へ連れて行き何気なく問い質した。


『大丈夫だったか』
『えぇ、あちらの足立マネージャーさんとも引き継ぎ完了しまして、僕が楽屋に戻った時はハルくんもう衣装に着替えてました。  ルイくんと』
『何?』
『え……?』
『ルイと着替えてたって何だよ』
『あぁ……ネクタイ結んだりジャケットのボタンを留めていたり、ヘアメイクさんを呼んでくださったり、ルイくんがハルくんの面倒を見てくれていました』
『……あ、そう……』


 演者でなく、大塚事務所所属のタレントというわけでもないルイはスタジオ観覧を遠慮し、楽屋のテレビで番組を観ていた。

 葉璃の影武者についてを知らない彼に、Lilyの出番後に葉璃が戻ってくる旨を告げられずにいたが……当然ながらやはり接触したらしい。

 ルイがヒナタに入れあげていると知った聖南は、内心冷や汗ものだった。

 それは影武者がバレるバレないの心配ではなく、葉璃を取られたらどうしようという私情が挟まりまくっている。

 何せうるさかったのだ。

 Lilyのリハーサルを見学してしまったがために接近のチャンスが出来、スタッフが大勢居るフロア内であろう事かヒナタに話し掛けていた。

 腕を掴み、肩まで組んでの親しげなその様子を黙って見ているなんて事は出来なかったが、アキラとケイタに全力で止められて舌打ちをかました。

 以前「タイプの子がいる」と耳打ちしてきたルイの対象がヒナタであると知り、楽屋でも大騒ぎだったルイを見て素知らぬ顔をするのが大変だった聖南である。

 しかし聖南は考えた。

 そもそもヒナタの正体がバレなければ、任務が終わったと同時にルイの対象も忽然と姿を消す事になるので、ようは葉璃がヒナタであるという事実を隠し通せばいいだけの話だ。

 この超極秘任務は、現在事情を知る者はそれぞれ把握済なので、誰かが吹聴しない限りは外に漏れる事はない。

 隠し通さなければならない理由も明確だ。


『よし、いける』


 お遊戯会が終了し、一度CMが入る。

 今日のCROWNのメイク担当は男性なので気兼ねが要らず、聖南は足を組んだまま瞳を瞑って髪や顔を好きにさせた。

 ルイに葉璃(ヒナタ)を取られる心配はとりあえずなくなったので、あとはLily内の葉璃いびりについてを考えよう。

 CM明けですぐさま流れ始めた企画VTRをモニターで眺める聖南の表情は真剣そのもので、まさか愛しの恋人を思ってあれこれと考えを巡らせているとは誰も思うまい。


『あいつらやりやがったからな……ギッタギタにしてぇ……』


 何かあったらすぐに言えと葉璃には念押ししていたつもりだったが、やはりギリギリまで独りで耐えていた葉璃は今日、「逃げたい」とまで言い放った。

 女性同士の足の引っ張り合いは聖南も風の噂でよく耳にする。

 表面状はあんなに仲良さそうなのに実は険悪で……なんて事も女性グループではザラにあって、人数が多ければ多いほど揉め事も尽きないらしい。

 ついさっきお遊戯会ダンスを披露していた話題の女性アイドルグループも、ざっと見た限り前室では三つの派閥があった。

 二十名近くも女性が集まると、やっかみの嵐なのかもしれない。

 少し前になるが、葉璃の姉である春香もレッスン生からやっかみを受けて後頭部に怪我を負い、そのせいで年末年始の番組出演を見送る羽目になった。

 葉璃が影武者に慣れているのは、春香のここぞという場面での不運によるものだが、何故そんな事が起こるのか聖南には理解出来ない。


『男がたくさん集まったらうるせぇだけで、特に揉め事とかもねぇもんな』


 女性特有の諍いは、足の引っ張り合いだけではなく相手を傷付けて病ませてしまうほどまで追い込むと聞いた。

 ルイの熱量に慌てた聖南は楽屋を出て、何の気なしにGPSを開いてみると……葉璃はLilyの楽屋ではなく、非常階段に居た。

 だがそこに佇んでいた葉璃は、迂闊に声を掛けると驚いた拍子に飛び降りるのではないかと背筋が寒くなるほど、遠い目をしていたのだ。


『逃げたい。  この世界に居たくない』


 やっと言いやがった、と思った。

 女性グループに葉璃が、しかもETOILEとして活動している「ハル」がサポートメンバーで入るなど、誰が聞いてもおかしな話である。

 セクシー過ぎる衣装も、別人に化けてしまうメイクも、バレたら一巻の終わりである事も、葉璃はすべてを承知の上でこの仕事を引き受けた。

 どこぞの俳優に打ちのめされてぐるぐるしていた時ですら、葉璃はLilyのメンバー達から受けているであろう虐めを一つも聖南に打ち明けなかったのだ。

 それほどではないのかもしれない。  特別風あたりは強くなく、聖南が危惧していたような悪い事は起きていないのかもしれない。

 葉璃は我慢強く、本人は無いと言い張るが責任感も人一倍ある。

 数日前に尻を叩かれた聖南は、葉璃のこの一ヶ月がすべて強がりだったのだと受け止めきれずにいた。




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