狂愛サイリューム

須藤慎弥

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5♡すれ違い

5♡3

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 やっぱり俺の胸には、あのチャラ男の言葉が引っかかってる。

 聖南が言ってくれた温かい言葉も大いに胸に刻んでるけど、自覚してるのに向き合わなかった俺自身に気付かされて、それが嫌で嫌でたまらなかった。

 怒りはもう無い。

 突き付けられた御説後尤もな指摘が、俺にはただただ痛い。  聖南や周りの人達が優しく接してくれる度に、こんな俺がそうされるべきじゃないと項垂れてしまう。

 でもチャラ男は、俺に悪意を持って指摘したんじゃない。

 だってその指摘の向こうには、ETOILEを見てくれている視聴者やファンの人達が居る。

 チャラ男は世間の声を代弁したに過ぎなくて、俺が自分で気付かなきゃいけなかった甘えを素直な疑問としてぶつけてきただけだ。

 聖南の眩し過ぎる背中を追い掛けてる俺に、一番必要なもの。

 それは、───。


「ハイ、オッケー!  一時間半後に本番となりますので、よろしくお願いします!」


 スタッフさんの声に我にかえる。

 ありがとうございました、と頭を下げるメンバーと共に、気付けば俺も反射的に一礼していた。

 ノーミスだったらしいリハーサルは、二回通して無事終わったみたいだ。

 ……相変わらず曲が掛かると体が自然に動く俺は、考え事をしながらリハーサルをこなすというプロ意識の欠片もない行いをしてしまった。

 聖南の視線が痛くて、チャラ男の視線からも逃れたくて、ひたすら遠くを見詰めて無意識に踊り続けてたなんて……「無」じゃなく雑念だらけだよ……。

 自己嫌悪でいっぱいになりながら、俺は急いでスタジオから捌けようとするミナミさんの影に戻った。


「おい、ルイ。  やめとけ」
「なんでですか。  俺かわい子ちゃんともっと話したい……」
「ルイ」
「…………はーい」


 スタジオから出ようとした俺に近付こうとするチャラ男を、聖南がキツく制するのが視界の端に見えた。

 おかげで、何事もなくミナミさんの影のままスタジオから出られたけど……さっきの、聖南はどう思ったんだろう。

 眉間に皺が寄ってたから、怒ってるのは間違いない。

 楽屋でもジッと見詰めてたと誤解されてるかもしれないなら、俺がヒナタの姿でチャラ男に声を掛けられた事も相当不愉快だったと思う。

 勘のいい聖南の事だ。  帰ってからの追及が怖い……。


「ヒナタって彼氏同伴で仕事に来るんだ?」
「……え……?」


 楽屋の定位置である隅っこの椅子に腰掛けた俺に、リカがスポーツドリンク片手に近寄ってきた。

 ……言ってる意味が分からない。

 テレビ用の濃いメイクを施したリカは、いつも以上に気の強そうな瞳を俺に向けてくる。


「CROWNと一緒に居た背の高い人、ヒナタの彼氏なんでしょ?」
「………………」
「仲良さそうだったもんねー」
「リハ前でスタッフも大勢居る中でなんて、大胆じゃん?」
「いや、……違っ……」


 リカの援護者、アヤメとケイナまで俺に嫌味な視線を送ってきた。

 仲良さそう?  大胆?  って……もしかしてさっき、チャラ男が俺の肩を組んできた時の事言ってるのかな。

 俺はヒナタの格好してるけど、男なんだよ?

 なんで「彼氏」という単語が出てくるの?

 例えばアキラさんとかケイタさんみたいに、俺と聖南の関係を知ってる人だったらさすがにあれはちょっと問題行動だったぞ、って言われちゃうのも分かる。

 リカ達の言わんとする事がまったく分からなくて、俺は怪訝な表情で首を傾げた。


「でもヒナタはハルじゃん?」
「ハルは男だよね?  今は違うけど?」
「キャハハ……っ!  それは禁句ー!」
「単に女装してるだけよねぇ~?」
「………………」


 リカ達と同じく、向こうでクスクス笑ってるメンバー達を見てやっと悟った。

 俺、……揶揄われてる。

 どんな思いでこの影武者任務を引き受けたのか、毎回どれだけハラハラしながら遂行してるのかも知らないで、……俺をバカにしてる。


「そんな笑っちゃ悪いよー。  アイの代わり引き受けてくれたんだから」
「代わりなんて要らないのにね」
「てかETOILEも恭也くんありきだよね?」
「ハルって根暗なんでしょ?  知らない人とは目も合わせられないから、私達の事も見てくれないの~?」
「そんなんでよくデビュー出来たよねー」
「後輩がこんなだなんて、セナさん達がかわいそー」
「………………っ」
「あれ、逃げるの?」
「本番に穴あけないでよー」


 あまりの言われように、俺はすぐさま楽屋を飛び出した。

 ひどい。  ひどい。  ひど過ぎる。

 よってたかってあんな意地悪言って、みんなで俺を貶して笑って。

 平気な顔してあの場に居続けられるはずないじゃん……!

 楽屋を飛び出した俺は、懐かしい非常階段を駆け上がって一番上の踊り場で立ち止まる。

 メイクが落ちてしまうから、手すりをぎゅっと掴んで泣きそうなのを必死で堪えた。


「………………」


 ついにメンバー達の本物の底意地の悪さを見た。

 恭也に迷惑かけてる事も、CROWNの三人にもめちゃくちゃ甘えてしまってる事も、そんなのぜんぶ、ぜんぶ、分かってるってば……!

 ──悔しい。  ほんとに、悔しい。

 貶されて笑われた、そうなる原因を作ってるのは他でもない俺かもしれないけど、もう少し言い方ってもんがある。

 態度でも、言葉でも、視線でも、練習に行く度に俺に向けられていたのは冷たくて居心地の悪いそれだった。

 充分傷付いてたけど、やらなきゃいけない任務、そしてこのままだと何も変わらない俺自身の成長を夢見て、得意の卑屈野郎で踏ん張ってたのに……。

 もう……逃げてしまいたい。

 こんな思いするくらいなら、何もかもから逃げてしまいたい。

 俺なんか、が通用しないほど心を絞られるなら、いっそ消えてしまいたい。

 ──聖南。  聖南。  聖南。  聖南……っ。


「……聖南さん……っ」


 俺もう、成長なんてしなくていいよ。

 似合わない世界で不釣り合いな待遇を受けてきた、「調子に乗った」俺なんか誰も必要としてない。

 ……っダメ、泣いちゃダメ。

 せめて今日は乗り切らないといけないんだから、泣いちゃダメ。


「…………っっ」


 ──ガチャ、。


 蹲って歯を食いしばっていた俺の耳に、すぐ下の階から非常階段の扉が開く音がした。




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