狂愛サイリューム

須藤慎弥

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3♡「ルイ」

3♡⑩

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 … … …


 うぅ……っ。  体が重たい……。  今何時なんだろ……。

 遠くで聖南の声がする。

 ……誰かと話してる……?

 コーヒーのいい香りがして、聖南はキッチンに居るみたいだと分かっても……俺は気怠くてベッドから起きられなかった。


「……ん……」


 ぐっすり眠ってたからか眠気はそんなにない。  ……例によって体はめちゃくちゃだるいけど。

 目を瞑って聖南が戻ってくるのを待っていると、少し経って二つのマグカップを持った聖南がベッドルームの扉を静かに開けた。


「起きてっかな。  ……葉璃ー葉璃ちゃーん、眠気覚ましのコーヒー飲まなーい?」
「……聖南さん……おはようございます」
「お、起きてたか。  おはよ、葉璃ちゃん」


 柔らかな声でほっこりして目を開けると、ふわっと微笑む聖南が俺の傍らに腰掛けた。


「体起こせる?  まだ寝てたい?」
「……寝てたいですけど……今何時ですか?」
「九時。  てかちょっと重要な話あってな」
「重要な話……?」


 話がある、て事はもう起きてた方が良さそうだ。

 聖南に支えられて上体を起こした俺は、受け取った大きなマグカップに口を付ける。

 俺用の、聖南特製の甘いコーヒーはいつもと変わらず美味しい。  聖南自身は絶対に飲めないと苦笑いするほど甘いそれは、俺には幸せを感じるくらい美味しくて寝起きの体に染み渡った。


「美味しい……」
「そっか。  良かった」


 思わず口に出してしまった、これも毎度変わらない感想にも聖南は嬉しそうに目尻を下げる。

 頭を撫でて、もう一度「おはよ」と俺に笑い掛けてくれる聖南はいつ見てもかっこいい。


「葉璃、あのな。  今Lilyで大変な最中にあんま言いたくねぇんだけど、……」
「はい?」
「っつーか、これから俺も社長の姪っ子のプロデュース任されちまったし、時間に余裕無えって言ったんだけど、……」
「……はい?」


 珍しい。  聖南が言葉尻を濁してる。

 なんだろう……重要な話って。

 サイドテーブルに置いていたマグカップを手に取り、聖南もコーヒーに口を付けた。

 微笑みが消えて真顔に戻ったその横顔が、何だか難しい事を考えてるみたいで俺もソワソワした。


「聖南さん、……話って?」
「あぁ、あのな、そのー……。  社長とスカウトマンの佐々木と今のレッスン講師のリーダーで、ETOILEの加入メンバー候補を十人集めたらしいんだ」
「えっ!?  もうですか!?」
「そうなんだよ。  社長が、三年経ったら新たに三人加入させるっつってたろ。  あれは三年後に準備開始しましょう、じゃなくて、三年目には五人体制でスタートを切りますって事だったらしいんだ」
「そ、そうなんですか……」


 社長さんの言ってたアレってそういう意味だったんだ……。

 にしても、まだETOILEはデビューして一年にも満たない。

 それなのにもう候補を集めたって事は、確実に、三年目のデビュー記念日に合わせて五人体制のETOILEをお披露目したいんだ、事務所は。


「それでな、候補の中から半年かけて五人から三人に絞る事になる。  ETOILE……葉璃と恭也の色を崩さずに、もっと飛躍出来るような三人をな」
「……はい……」


 ──そう言われても、俺はその人選に関わらないんだろうから、事務所の偉い人や現プロデューサーである聖南、スタッフさん達で話し合ってもらったらいいのに。

 三年後には五人体制になるって話は聞いてたんだし、そこまで驚くような事ではなかった。

 ただ……俺自身がまだ成長途中で未熟者なのに、新しく入る人達とうまくやってけるのか不安だ。

 恭也はすでに何段階もステップを踏んで、着々と活躍の場を広げてるけど……俺は水面下での影武者任務がせいぜいだ。

 あのチャラ男みたいに「甘えてる」と言われやしないか、不安で不安でしょうがない。

 何としてでも、選ばれた三人が加入する前に俺は成長を遂げなきゃならなくなった。


「その人選に、葉璃と恭也にもお願いしてぇそうだ。  お前達二人のETOILEだからな。  これから長い付き合いになるだろうし、「コイツだ!」って思う奴を二人に厳選してほしい……ってな、今社長から連絡あった」


 昨日話しとけっつーの、と苦笑する聖南は、ちびちびと飲み進めていた俺のマグカップを奪う。

 そしてぎゅっと抱き締めてきた。  すごく優しく、それでいて力強く。


「葉璃。  ……俺がついてる。  何もビビる事は無ぇ。  成長途中の葉璃は、まさにこれからだ」
「……聖南さん……」


 目一杯愛し合った後の聖南に、こんなに雄弁に語られてしまうとどうしようもなく胸が苦しくなる。

 いま聖南は先輩として励ましてくれてるのに、もっとぎゅっと抱き締めてほしい…と強く願ってしまう。

 俺には無いすべてを手にしている聖南が、俺にとってはとてつもなく大きな存在だ。  励まし、導いてくれるその人が大好きな恋人だって事を如実に感じてしまうと、自分でも抑えきれないくらい「好き」が溢れてくる。


「聖南さん……、俺っ、……聖南さんに捕まえてもらえて良かったです……」
「なんだよ急に。  俺も葉璃に捕まっちゃったからお互い様。  一緒にぐるぐるしてこうな」


 聖南の背中に腕を回して俺もぎゅっと抱きつくと、殊更に甘い囁きが返ってきた。

 ……温かい。  聖南の体温も、言葉も、心根も。

 心配事はたくさんで、現状で精一杯な俺は正直なところ不安しかない。

 アイドルとしての素質、センスを認められてるとしても、今までの性格と癖が邪魔して少しも前に進めてる気がしない。

 けど俺には、何よりも美しく気高いアイドル様がついてる。

 俺の事を甘やかすだけ甘やかして、時には子どもみたいにワガママを言ったり拗ねたりする、俺だけのアイドル様が──。


「……大好きです、聖南さん」


『一緒にぐるぐるしてこうな』


 この台詞に、聖南の俺への愛がぜんぶ詰め込まれてるような気がした。

 俺も愛してる、とヤンチャな笑顔でキスを仕掛けてくる聖南とは、どれだけ時が経っても愛情の深さを縮める事は出来ないかもしれない。





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