狂愛サイリューム

須藤慎弥

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3♡「ルイ」

3♡③

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 … … …



「聖南さん、……っ痛いです……!」


 握られた手首にギリギリと力を込められて、痛いと言っても聖南は離してくれなかった。

 一緒に夕食を食べて、ラジオの現場に付いて行って収録が終わるまで待って、久しぶりに会ったアキラさんとケイタさんと少しだけ話をして、……俺は何でもない顔を装ってたはずなのに。

 聖南が怒ってる。

 すごく、怒ってる。


「聖南さんっ……聖南さん!」
「……葉璃が言わねぇなら俺も言う事きかねぇ。  悩んでるなら話せって言った。  俺が居る意味無くなるから、ちゃんと話せって言った」
「……それ、は……」


 帰宅するなりベッドルームに連れ込まれ、激しく押し倒されて両方の手首をベッドに押さえつけられている。

 見上げた先には最高に不機嫌な美しい獣が居て、俺をギラギラと睨み付けてきていた。

 言いたい事なんてない。  正確には、言えない。

 ETOILEのハルはデビューしてからも何も成長出来てないなって、ほんとはそう思ってるんでしょ。  ……そんな事、恥ずかしくて情けなくて、聞けっこない。


「聖南さん、俺は別に何も……っ」
「俺は葉璃の事なら何でも分かってたい。  何か悩んでるなら言って。  俺を拒むな」


 優しい口調で、それでいてギラついた瞳は直視出来ないくらいに鋭い。

 「拒むな」と言う聖南は、俺が視線を逸らそうもんなら顎を掴んでそれさえ許してくれなかった。


「こっ……拒んでなんか……」
「……葉璃が俺に壁作った」
「か、壁……っ?」
「俺を立ち入らせないようにしたろ。  葉璃の中に」
「そんな事してな……っ……んんっ……」


 言いかけた矢先、歯がぶつかりそうなほど強く唇を押し当てられた。

 ……こんなに荒々しいキスは久々だ。

 どんなに否定しても、取り繕っていても、俺の戸惑いを見透かす恋人には絶対に嘘が吐けないと思い知る。

 容易く歯列を割られて、くるくると舌で口腔内をこれでもかと舐められたその数秒の間は、息が出来なかった。

 観念して打ち明けようにも、恋人としてというよりも後輩としての羞恥が邪魔をする。


 『あぁ、やっと気付いた?  葉璃は出会った頃から少しも成長してないよな』


 ───もしも聖南にこんな事を言われたら、俺は立ち直れない。  成長したいのに出来ないんだって、言えなくなる。

 唇が腫れるくらい、舌がもがれるかと危ぶむくらい、イラついてる聖南から手荒い口付けを受けた。

 ほんとに久しぶりだ……こんなに怒ってる舌は…。


「んは、っ……っ……、っ……」
「今もずっと、俺とのキスとは違う事考えてる。  ──何?  気になる奴でも出来た?」


 やっと唇を離したと思ったら、呼吸を整える間もなく逃がさないとばかりに聖南が俺のお腹に乗る。

 怒りながら拗ねている、俺にだけ見せる「日向聖南」がそこには居た。


「……は……っ?  ……聖南さん、さすがに……んっ……俺も怒るよ!」
「怒れば。  怒った方が本音ぶちまけられるんじゃない。  俺に壁作って拒むくらいなら、怒鳴って本心曝け出してくれた方が嬉しいよ」
「…………っ」
「俺を甘く見るなよ、葉璃。  どんなに普通を装ってても俺には分かるんだからな。  俺の事誰だと思ってんの」


 ほっぺたを撫でる手のひらが、いつものように俺を甘やかす。  温かくて大きな愛情を、視線一つで伝えてくる。

 見詰め合ってもなかなか口を割らない俺の手首を、聖南がギリッと握った。


『早く話せ。  俺を不安にさせるな』


 俺を手荒く問い詰める聖南の力強さには、そんな思いが込められていそうだった。

 ネガティブな俺がぐるぐるして殻にこもる度に、自分から離れていくのではという不安に苛まれる聖南。

 今まで孤独だったからか尚さら、愛してくれてる俺を「同じ名字」にして縛りたいとプロポーズしてくれちゃうほど、俺が離れていってしまう不安が大きい事を悟る。

 そんな不安なんか与えたくないのに。

 聖南以外見えてないからこそ、俺は少しも変われなくて駄目なんじゃないかとすら思うのに。

 馬乗りになった聖南の体重が、心も体も重たくさせた。

 握られてる手首に血が通わなくなったのか、手先が冷えてきた気がする。

 沈黙した二人の微かな息づかいだけが、薄暗いベッドルームに響いていた。


「……聖南さ、ん……っ、離して、痛いよ……」
「じゃあ話せ。  どんな些細な事でもいいから。  そんな事でぐるぐるしてんの?なんて、俺は絶対言わねぇから。  一億%、俺は葉璃の味方だから」
「……っ、……聖南、さん……」


 熱い視線も、強く握られた手首も、俺を捕らえて離さない。

 逃げられないと分かってまで、こんなに愛されてるのに不安を抱かせてまで、意固地に黙ってられるほど俺も強くなかった。

 聖南はきっと、俺がどんな事を口走ってもすべてを受け止めて抱き締めてくれる。  「気にするな」って、淡く微笑んで頭を撫でてくれる。

 一億%、俺の味方で居てくれる。

 ……聖南と同じステージに立つ者じゃなければ抱かなかった劣等感は、どう言っても伝わらないかもしれないけど……。

 このままだと、シャワーも浴びないで「体に聞く」と言われてしまいかねない。

 恥ずかしくて、情けなくて、自覚があるのに出来ない自分がもどかしくて、でもどうしたらいいか分からない半人前以下の俺が現状を脱するには、打ち明けるしか方法がなさそうだ。

 絶対的な味方である聖南から、どんな言葉が返ってくるのか予想も付かない。  厳しく叱咤してほしいような、いつもみたいに優しく甘やかしてほしいような、複雑な心境だ。


「……俺、……少しも成長出来てない、です……」


 冷たくなった手のひらで握り拳を作る。

 そして弱々しく聖南を見上げて口を開くと、聖南はギュッと握っていた俺の手首をようやく解放してくれた。




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