狂愛サイリューム

須藤慎弥

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2❥ピアス

2❥⑨

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 複雑な表情を浮かべた葉璃が、今にも泣き出しそうに下唇を震わせ始めた。

 社長の前だが構わずに、聖南は葉璃の肩を抱いて優しく擦った。

 そういえば父親とのわだかまりを打ち明けた時も、葉璃は自分の事のように号泣して聖南のトレーナーの袖をぐっしょりと濡らしていた。

 喧嘩に明け暮れていた事など話さずとも、「副総長」という単語だけで言い難いどうこう関係なく、すでにそれを悟らせているようなものだ。

 葉璃は、聖南とアキラとケイタ、三人の絆の強さ、深さを知っている。

 聖南との付き合いがアキラとケイタにバレていると分かった際、驚いてはいたが二人が祝福モード全開だったために葉璃はまったく慄く様子を見せなかった。

 聖南を信頼し、尊敬し、慕っている二人と聖南は同じ気持ちである事が、当初から葉璃には伝わっていたのだ。

 だから今、感動に瞳を潤ませている。

 うるっと瞳に涙をいっぱい溜めて、いじけたように少しだけ突き出た下唇がぷるぷるしていた。


『うぉっ、……かわいー……!』


 心臓に悪いのであまりその瞳で、その何とも言えない表情で見上げてこないでほしい。  こちらは禁欲中なのだ。

 可愛くて可愛くてたまらない葉璃を泣かせてしまった事はとりあえず脇においておき、気もそぞろになってしまう事態を作った社長へ聖南は恨みの視線を向けた。


「急にピアスに食い付くなよ。  葉璃が泣いてっから本題聞かずに帰っちまお」
「うっ……うぅ……っ、泣いてません……!  俺トイレで顔洗ってくるんで、うぅっ……どうぞプロデュースのお話していて下さい……、ぅぅ……」
「あ!?  葉璃っ」


 聖南の手からすり抜けて社長室を出て行ってしまった葉璃を、追い掛ける事はしなかった。

 以前、思い悩んだ葉璃がまさに此処から逃げて大騒動に発展した事もあったが、葉璃はもう絶対に聖南からは逃げないという底知れぬ余裕があったからだ。


「ハルは繊細だな。  意志の強い瞳を持ちながらのあの多感さ……加えてオーラが凄まじい。  セナが惚れるのも分かる」
「……だろ。  俺の過去話した時もめちゃくちゃ泣いててさ、他人事なのに。  でも俺、この子が俺の気持ちをこんなに分かってくれるんなら、今までの事ぜんぶ意味があったんだなって思えたんだよ。  好きだ、愛してる、そんな言葉じゃ足りねぇの。  葉璃には人生かけて教えてほしい事あるんだ」


 葉璃が出て行った扉を見詰めた二人は、まるで血の繋がった親子のように腹を割って話していた。

 赤ん坊の頃から事務所に居るからとはいえ、恐らく他の者らよりも聖南は社長に目をかけられていたと思う。

 父親同士が知り合いだったからか、成長するにつれて聖南が哀れで世話を焼いてくれたのか、直接こんな事を聞くのも野暮なので図る事は出来ない。

 しかし聖南にとって社長の存在は、葉璃と同等なほど無くてはならない、唯一信頼している「大人」である。

 実の父よりも胸の内を曝け出せるのも当然だった。  大塚社長も、そんな聖南の心境を汲んでいる。


「……これまで言わなかったんだが……二人の交際を知った時な、はじめは正直反対しようと思っていた。  ほら、あれだろ。  ……同性であるし」
「それは関係ねぇって社長も言ってくれてたじゃん。  葉璃が男だろうが女だろうが、俺はどんな葉璃でも見付け出して捕まえてたよ。  あっちも全然問題ねぇし。  むしろ最高だし」
「うむ。  あっちとは?」
「は?  んなのセッ……」
「分かった分かった!  分かったぞ!  驚くじゃないか、こんなところで」
「ブッッ……!」


 欲求不満な聖南はすぐにそちらへ思考がいってしまうが、社長の貴重なドギマギ顔を見ると思わず吹き出してしまった。

 出されたお茶を飲み干した後で良かった。


「危ねえ、この辺がビショビショになるとこだったわ。  社長が聞くから答えただけだっつーの。  あ、てかデモは?  映像あり?」
「おー!  そうだった、すっかり忘れていた!」
「忘れんなよ。  社長が呼んどいて」


 昔話に花が咲くと、どうしても時間も空間も一時的に過去へタイムスリップしていたかのようになる。

 心からそれらを懐かしむ事が出来るようになった聖南も社長も、ついうっかりが過ぎてしまったが、いそいそとBDディスクを渡されて現実に引き戻された。


「ここで見るか?」
「もちろん。  情報欲しい」
「分かった。  ではひとまず再生するか。  おい、ノートパソコンをこちらへ」


 社長が室内インターホンで秘書へそう呼び掛けると、やって来た化粧の濃い秘書はチラチラと視線を寄越し、ノートパソコンが聖南の前に置かれる。

 前々から思っていたが、勤め始めて三年ほどのこの社長秘書は香水がキツイ。

 決して少なくない聖南が付けている香りの上をいくので、鼻が曲がりそうである。

 後で社長に「すげぇ不愉快だ」と伝えよう、そんなどうでもいい事を思いながらディスクを入れて再生する。


「名はレイチェル。  歳は二十一、アメリカで声楽を学んでいるそうだが、こちらで一枚CDを出したいと頼み込まれてな。  ジャンルは問わない、とにかく自分の力を試してみたい、そう言っている」
「ふーん……」


 箱入り娘は望めば簡単にCDが出せるとでも思っているのだろうか。

 やや意地悪めいた反感を持って、聖南はレコーディングブースで撮られたと思しき映像を見詰めた。




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