狂愛サイリューム

須藤慎弥

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2❥ピアス

2❥⑤

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 取り付く島がなかった。

 そっとスマホを机に置いた聖南は、珍しく頭を抱えた。


『同棲始めてから一年は仕事セーブしたかったのに…!  葉璃がヒナタとETOILEで忙しいから余計にだ…!』


 諸々のスケジュールが合わなかったというのが最大の理由ではあるものの、今年のツアーを見送ったのは聖南のその意思が大いに関係していた。

 未成年である葉璃と恭也は、まだ仕事をセーブせざるを得ない。

 聖南が一人だった頃、帰宅するのは深夜0時を回る事がしばしばあって、そうなると面倒で事務所で寝泊まりする事もあったほどだ。

 せっかくの葉璃との同棲が楽しめない、葉璃に寂しい思いをさせてしまうとの思いから、聖南はこっそりと、徐々に徐々に仕事をセーブしていく方向に持っていっていた。

 気心の知れたCROWNやETOILEのプロデュースであればまだいいが、才能も未知数の初対面の「女性」をプロデュースするなど骨が折れてしょうがない。

 考えるまでもなく、そちらにかかりきりになる。

 葉璃命の聖南にとって、それは非常に面倒この上ない事である。


「電話、社長だったのか?」
「社長なんて?」


 頭を抱えたまま微動だにしない聖南を見て、アキラとケイタは身を乗り出した。

 聖南はチラと顔を上げて、重い溜め息を吐く。


「……社長の姪をプロデュースしてくれって」
「社長の姪?」
「プロデュース?」
「そう。  てかなんで俺なんだよー!  姪が可愛いならもっと売れっ子プロデューサーに頼めばいいと思わねぇ!?」


 確かに去年は女性アイドル「Lily」のプロデューサーとして一曲だけ参加したが、あの曲は誰にと指定されたものではなかったのだ。

 ETOILEのデビュー曲を書いた後だったので、作曲の楽しさややり甲斐に目覚めていた頃ではあった。

 馴染みの作曲家から「一曲だけ作ってくれ」と言われて、訳が分からないまま完成させて渡したそれが、Lilyのもとへ渡っただけ。

 しかし聖南は、きちんと仕事としてLilyに関わっていた。  女性ボーカルの指導の大変さにコリゴリはしたけれど、プロデュース業は本当のところ嫌いではない。

 だが時期が悪い。

 今はもっと葉璃との時間を過ごしたい。

 早い話が、可能な限り葉璃とイチャイチャしていたいのである。


「それ、セナは断るのか?」
「断りたい!  断らないでほしいって言われたけど、多分引き受けなきゃなんねぇんだろうけど、断りたい!」
「なんでそんな断りたいんだよ。  セナ今年はそんな過密スケジュール組んでねぇだろ?」
「あぁ、そうだよ。  葉璃と居たいもん。  葉璃があんだけ「ヒナタ」を頑張ってんのに、俺も忙しくしてたら誰が葉璃を支えるんだよ。  葉璃を独りで寝かすなんて出来ねぇの、アキラとケイタも分かるだろ?」
「……………………」
「……………………」


 かなり私情を挟んでいる聖南の発言にも、アキラとケイタは何も言えなかった。

 二人も葉璃にめっぽう弱く、聖南に言われてつい「真っ白モコモコなぬいぐるみを抱えた葉璃が、独りで寂しそうに寝ている」ところを想像してしまい、グッと言葉に詰まる。

 ダメだ。  それは可哀想だ。  葉璃に寂しい独り寝をさせるくらいなら、アキラとケイタが交代で添い寝に行ってやる。

 ………と、二人はここまで想像し、提案しようとしてハッとした。

 葉璃は人見知りでネガティブで卑屈な子ではあるが、守られるような弱さはなかった。

 逆に、こんな話が葉璃の耳に入れば、聖南はあの恐ろしい二文字の言葉を言われてしまうのではないか。


「………ハル君が聞いたら何て言うかな…」
「あ………」


 ケイタの視線に、聖南は答える。

 頭を抱えた聖南の隣に居たアキラは、すでに笑う寸前で口元に手をやっていた。


「………え、嘘、嫌なんだけど。  これもあれか?  あれなのか?」
「これとかあれとか濁してるけど、ハル君は絶対許さないと思うよ」
「マジかよぉぉぉ………」
「ぶふっ……!」
「あ、アキラ、あの時のこと思い出してんでしょ?  セナがジメジメしてガリガリになりかけてんのに、ハル君ってばこーんな目吊り上げて怒ってたもんね!」
「っ、あはははは……!」
「……アキラ……笑い過ぎじゃね?」
「あはは…!  あぁ、…ヤバイ…腹痛え…」
「仕方ないよ、セナ。  プロデュースの話は仕事として割り切って諦めなよ。  あの時の事は俺達が語り継ぐから」
「誰にだよ!  んなの語り継がなくていい!」
「ぶふっっ…!」


 二人は聖南に構わず笑い転げ、目尻を拭う仕草までして爆笑していた。

 そう、あの言葉は聖南にとって恐怖でしかない。

 全身が一気に凍り付き、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走るのだ。

 状況は違うが、意欲的に仕事をする聖南を眩しく見てくれている葉璃は、ついさっき漏らした聖南の言葉をどう受け止めるか分からない。

 葉璃とイチャイチャする時間を一秒でも長く確保するために、あえて仕事をセーブしている事がバレたら大目玉を食らうはずだ。


『仕事をしない聖南さんは嫌い』


 その瞬間、聖南は灰色になり石化して、パラパラと砕け散る。

 幸せで満ち足りた日々を過ごしていたので、すっかり忘れていた。

 葉璃は迷い無く、きっとこの言葉で聖南の尻を叩く。





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