狂愛サイリューム

須藤慎弥

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1♡「ヒナタ」

1♡⑦

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 … … …



「この話がきてから何日も経ってるよね?  なんで少しも振りを覚えてきてないの?」
「え……っ……」
「頭から教えなきゃならないなんて、私達の負担大き過ぎない?」
「…………っ……」
「ETOILEと掛け持ちしてるから忙しいって言い訳する気?」
「…………っ」
「所詮、ETOILEの「ハル」くんにはLilyは片手間なんでしょ」
「そんな……っ」


 ──SHDのレッスンスタジオに入って十分。  俺は早くも回れ右したい衝動に駆られている。

 挨拶を超手短に済ませて、震えながら鏡の前に立つといきなり初対面の子から「通してみましょ」と言われた。

 「できません」。  そう言うと、Lilyのメンバー達から囲まれて冒頭の畳み掛けが始まった。

 俺は説明したんだ。

 まずはSHDのレッスン講師から直接指導を受けるのが筋だと思った。  講師、振付師による見本と、メンバーみんなの動き、それを一番最初に確認するべきだ、って。

 講師や振付師によって指導の仕方や動き方に個性が出るから。

 もちろん、繰り返し動画を観て振りを覚えて来る事は出来た。

 でもそれをして体に叩き込んでしまうと、万が一間違ってた場合や細部の振りの修正をしなくちゃならない時、不器用な俺の頭と体が混乱してしまう。

 Lilyのダンスは独特だから、間近で見て習う方がいいって、そう判断した。

 聖南にも、振付師でもあるケイタさんにも同調してもらえたから、俺はやらなかった。

 ゼロの状態で来たのはあえてだ。

 「ヒナタ」の間に覚えておかなきゃいけない楽曲だけは、足立さんから教えてもらって頭に入れてある。

 任務のためにフォーメーション移動と振りを教えてもらいたくて来たのに、初っ端からメンバー全員に詰め寄られて、ここへ来て十分足らずで俺は泣いちゃいそうだった。


「ご、ごめんなさい……。  教えてください……」


 俯いて、ジャージのお腹辺りをぎゅっと握ってお願いすると、メンバー達は各々溜め息を吐いて持ち場についた。

 こんな事を言われて溜め息吐かれるくらいなら、バカ真面目に考えないで大体でも覚えてくれば良かった。

 本気で頑張ろうと決意して事務所の垣根を越えて来たのに、昨日に引き続きギロッと睨まれるなんてあんまりだ。

 今日は林さんは恭也に付いてて居ない。

 聖南も、アキラさんも、ケイタさんも、恭也も、もちろん居ない。

 俺を擁護してくれる人が誰も居ないんだ。

 覚悟を決めたからには人見知りだなんて言ってられないのに、「頑張る」事も難しくなるほど雰囲気が悪い。

 萎縮するこの空間が、あと半年も続くなんて考えたくない。

 俺は隅っこで通し練習をしばらく見学している事にした。  ……誰も何も教えてくれないから、邪魔にならないとこで見てる事しか出来なかったんだ。


「二日で覚えてよね」


 ……彼女の名前は、リカ。  キツいメイクに金髪のショートカットで、物言いも視線も厳しいリカにこんな無茶を言われた。

 しばらくして、聞き覚えのある三宅講師がやって来てからはさらにスパルタだった。

 約一ヶ月後、歌番組の収録がある。

 それに俺は「ヒナタ」として初めてカメラの前に立たなきゃいけないから、急ぐ気持ちは分からなくもないよ。

 ただあまりに雑な振付指導にはほとほと参った。

 ほんのちょっと親切だったのは三宅講師が居た二時間の間だけで、あとはほとんど「見て覚えて」状態。

 これなら動画で練習するのと変わらない。

 ギスギスしたここでビクつきながらやるよりも、家にある姿見鏡の前で練習してた方がモチベーションも上がる。

 俺はメンバーが帰ってしまった後も、スタジオに残って練習した。

 到底無理なのに、「二日」で覚えなきゃまたリカや他のメンバー達に怒られて睨まれてしまうから……とにかく必死にやった。

 最後まで練習に付き合ってくれたのは、最年長のリーダー、ミナミさんだけ。


「ハルくん、……ごめんね。  普段は悪い子達じゃないんだけど……」
「……いえ……大丈夫です」


 ふわっと聖南の香りがするタオルで汗を拭っていると、スポーツドリンクを手渡してくれた。

 慣れなくてまだ目を合わせられないから、ミナミさんの腕を見ながらお礼を言う。

 リーダーだから付き合わざるを得なくて、渋々残ってくれたんだろうな……。

 もうじき二十二時を回りそうなのに、申し訳無いや…。


「あのね、ハルくん。  何を言われても気にしないでね。  あの子達にも葛藤があるのよ。  アイが抜けた穴は私達だけじゃ埋められないと思ってるんだ、社長達は……ってね。  しかも助っ人が男じゃない?  不満だらけなんだと思うの」
「…………」
「私も実は納得いってなかったのよ。 でも、ハルくんになら任せてもいいかなって、今日一日で考えが変わった。  リカはあんな事言ってたけど、私達はこの曲の振り覚えるまで二週間以上かかったのよ」
「……そうなんですね……」
「Lilyのダンスはどのジャンルにも属さないでしょ。  今まで体に入れたリズムも、ステップも、邪魔になってしまうくらい。  ハルくんはセンスいいし覚えも早いから、通せるようになったら楽しんでもらえると思うの」


 ……ミナミさんは……本心でこれを言ってくれてるのかな。

 細かな振りはまだまだだけど、曲がかかればフォーメーション移動と大体の動きは出来るようになった(まだ体に入れただけだ)から、覚えが早いと褒めてくれてるのなら嬉しい。

 ──なんてね。  ……究極にネガティブな俺がそんな風にいいように考えられるはずがなかった。

 俺はスマホの画面にびっしりと並んだ聖南からの着信履歴を見て、ジャージのまま鞄を手に立ち上がった。


「……はい、……そうなると、……いいです。  明日もよろしくお願いします、……」


 言い捨てるようにして、スタジオを飛び出す。

 女の子をこんな時間にひとりぼっちにするなんて、男の風上にもおけない。

 でもいいんだ、俺は。  どう思われても。

 だって……今まで感じた事がないくらい、楽しいはずのダンスが全然……楽しくない──。





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