狂愛サイリューム

須藤慎弥

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1♡「ヒナタ」

1♡②

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 朝も夜も会えるからいけないんだ。

 反動で、会えない時間が長いとすごくツラくなる。  ……寂しいって、贅沢を思ってしまう。

 聖南が俺をミニサイズにして持ち歩きたいって言ってたけど、一緒に暮らし始めてからは俺の方がそう願ってる。

 小さくなったミニ聖南には俺の胸ポケットに入ってもらって、常に行動を共にしてたら楽しいと思うんだ。

 自由自在に大きさを変えられたら、尚の事いい。

 こんなこと実際には言えないけど、俺もずっと一緒に居たいんだよ……聖南。


「葉璃、メシ食った?」
「え?  あ……そういえば食べてないです」
「やっぱりな。  ほら……めちゃくちゃ痩せてる」
「一食抜いたくらいで痩せるわけないじゃないですか!」
「いや、激痩せしてる。  腹と背中がくっついてる」
「……また懐かしいやつ……聞いた事ありますよ、それ」
「あはは……!  俺もまだなんだ、葉璃ちゃん外出れるならメシ行こ」


 言われてはじめてご飯食べてない事に気付くなんて、どれだけ聖南を待ち焦がれてたんだろ…俺。

 聖南の左手を取って腕時計を覗くと、十一時ちょっと前だ。  行ける、かな。


「行きたいです……。  お腹、空いてきた」
「激痩せしてるから腹いっぱい食って太らねぇとな」
「痩せてないってば!」


 俺を大食い扱いする聖南は、こんな事を言いながら俺の反応を見て楽しそうにゲラゲラ笑って手を取った。

 色んな事があって、たくさんすれ違って二人でぐるぐるしてた日々が懐かしい。

 手を取り合って軽口叩いて笑い合える些細な幸せが、今の俺の唯一の安定剤だ。

 聖南にもそうだと思う。  ……たぶん。


「何食いたい?」


 車に乗り込んですぐ問われた俺は、お腹を擦って考える。

 ついさっきまでエンジンが掛かっていた車内には、ひんやりとクーラーの冷気が残っていて快適だ。

 聖南と会ったら安心してお腹がグーグー鳴り始めたから、決められない。  聖南の好きなものなら、何でもいい。


「お腹空いてるから聖南さんにおまかせします。  ……こういう時、料理出来たらいいですよね……聖南さんが帰ってくるまでにササッと作れたらいいのに……。  すみません、俺…何も出来ない役立たずで……」
「葉璃に家事してもらおーなんて思ってねぇからいんだよ。  全部俺がしてあげたいんだ。  気にするな」
「でも……」


 ずっと独り暮らしをしていた聖南は、どれだけ仕事が忙しくても何でも自分でやってしまう。

 料理は仕事の関係で時間がないから出来ないけど、洗濯とか掃除は暇があったらこまめにしていて、どうりでいつも部屋が綺麗なわけだ。

 クリーニングを頼まずにほとんど自分で洗濯をするのは、好きな香りの柔軟剤があるから。

 マンションと提携したハウスキーピングを依頼しないのは、他人が家の中に入る事を嫌うから。

 ちゃんとした理由の下、トップアイドル様らしからぬマメさに俺はそのギャップにもキュン……とした。

 俺が手伝おうとすると「座ってろ」と頭を撫でて子ども扱いする辺り、自分一人で何でもやってしまいたいのかなと思って、俺はお言葉に甘えてソファでゴロゴロするだけだ。

 せめて料理だけでも出来れば、聖南の帰りを温かいご飯と一緒に待てるのに。

 ……俺には料理の才能が無いどころか、それ以前の問題だった。


「俺が見張ってないとこで葉璃が包丁握るなんて怖えよ。  絶対左で持つらしいじゃん」
「もう……母さんが言ったの?」
「あぁ。  俺と住むからっつって、花嫁修業的なやつしてみようとしたんだろ?  葉璃ママも張り切ってたけど、葉璃がどうしても包丁を左で握るから諦めたって言ってたぞ」
「何で左で握るのか自分でも分かんないんですよっ。  俺右利きなのになぁ……どうしたらいいですか?」
「解決方法は……そうだなぁ……握るな。  包丁は高い位置にしまっとくから、俺が居ない時に勝手に触らない事」
「えぇ……それ解決じゃないよ……しかも直し込もうとしてるし……」
「だって危ねえじゃん。  嫌だよ、俺。  帰ってキッチンで指切り落とした葉璃が倒れてたりしたら」
「……むぅ……」


 そんな事あるはずないよ、とは言えない。

 包丁を手に取るとなぜか左手に持ち替えてしまう変な癖は、何度言われても直らなかった。

 簡単なものくらいは作れるようになって聖南と暮らしたい…その思いで母さんに見てもらいながら何度もキッチンに立ってみた。

 ──キッチンに立った回数分、包丁を左手で握った。

 考えるより先に体が動くから、もしかして包丁だけは左利きなのかも!なんて薄い期待を抱いてはみたものの、おぼつかない左手がプルプル震えて、野菜を切る前に床に落とした。

 その日以降、母さんは俺をキッチン出入り禁止にしたんだよ。  それを聖南さんにまで報告するなんて……ひどい。


「そうだ、今日Lilyのメンバーと会ったんだろ?  どうだった?」
「あ、あぁ……、……いい人達でした。  今日はメンバー全員とは会えなかったんですけど、……うん。  優しそうでした」
「ほんとか?  Lilyのメンバーってみんな気強そうな顔してんだよな。  葉璃、いびられたらすぐ言えよ。  葉璃をいじめたら女でも容赦しねぇ。  ギッタギタにしてやっから」
「大丈夫ですよっ。  そんな事言われたら何かあっても言えないです。  ギッタギタにされたら困りますから」


 この聖南に今日の彼女達の印象なんか言った日には、ほんとに今から社長の元へ行って影武者任務の件そのものを白紙に戻しそうだ。

 そして無愛想だった彼女達がギッタギタに……っ!


「ギッタギタは冗談だ。  我慢はするなよ、マジで」


 すでに「我慢」しちゃってる事になるのかは分からないけど、頑張らなきゃいけない俺は小さく頷いて、聖南の大きな手を握る。

 遅くまで開いてる洋食レストラン(めちゃくちゃ高そうだ…)の駐車場に到着し、薄暗いのに綺麗に車を駐車させた聖南が俺の頭をわしわしと強めに撫でてきた。


「……はい。  ありがと、……聖南さん」
「お前毎日かわいーな」


 俺の倍はある手のひらが心地よくて、ほっぺたにあててスリスリしてたら……おでこにチュってキスされた。

 ……アイドル様なの忘れてるよ、聖南。  って、俺もか。




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