狂愛サイリューム

須藤慎弥

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0❥CROWN

CROWN④

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 いくら社長の言う事だからと、聖南はすぐには受け入れられなかった。

 聖南の知名度は世間が大袈裟に騒ぎ立てるほど高くはなかったけれど、業界関係者には恐らく例の写真が浸透している。

 世に受け入れられるかどうかの前に、メディア媒体が聖南を使いたがらないのではと懸念した。

 大枚を叩いて鳴り物入りでデビューさせてもらったとしても、鳴かず飛ばずで消えていく可能性の方が大きい。

 聖南は社長を一睨みした。


「………なんで俺なんだよ」


 怒りを覚えていたわけではなく、そこまで便宜を図ってもらう必要はないと、大きな謙遜の気持ちが強かった。

 スキャンダルとはまるで無縁のレッスン生のうちの誰かではなく、なぜ自分なんだと社長の意図が分からない。


「聖南だからだ。  アキラ、ケイタにも同様に言う。  お前達三人だからだ」


 社長は立ち上がり、ぐるりと三人を見回した。

 聖南の思いを汲む社長には、誰にも負けない先見の明がある。

 社長だけではない。

 大塚芸能事務所が誇る佐々木スカウトマンと、幼い頃から三人をよく知るレッスン講師である三宅が、聖南、アキラ、ケイタを抜擢した。  いずれの人選も、一人も欠ける事、足される事なくこの三人だった。

 聖南の行く末を案じ、信頼のおける二名と相談した結果、三人組ダンスアイドルユニットの結成に思い至った。

 事務所内には女性アイドルグループはいくつかあっても、男性アイドルは居ない。

 貴重な男性アイドル枠の誕生を聖南達三人に賭け、世間に受け入れられれば四方が丸く収まる。

 一大プロジェクトに成り得る計画準備を、社長はすでにチーム編成まで行い着々と進めていた。


「親御さんからの了承は得ている。  お前達三人の伸びしろは無限大だ。  必ずトップへいける。  ……いや、いくんだ」


 熱い言葉と真剣な表情に、場が静まり返る。

 すでに決定されたプロジェクトとして事務所内が動いているであろう事は、聖南とアキラには容易に想像できた。

 まだ小学生のケイタは、出された菓子に夢中であまり話を聞いていなかったが、その子どもらしい姿を見ながら聖南は呟く。


「来年って……俺の件がまだ…。  こいつらに火の粉かかったらどうすんだよ」
「その事なら私が直々に動いているから案ずるな。  来月に私と成田とお前で関係各所に謝罪回りに行く。  それだけでいい」
「………そんな簡単な問題じゃねぇだろ」
「聖南、お前が思っているより火種は小さくて済んだのだ。  もう少し分かる年齢になったら、なぜそう事が大きくならなかったのか自ずと知れるだろう。  CMの件は何とかならなかったがな」
「…………っ」


 その件を持ち出されると言葉に詰まってしまう。

 社長は聖南の心を見透かして、何がなんでも断る事が出来ないよう、気の毒に思いながらも罪悪感を蘇らせた。

 聖南の気持ちが変わらぬうちに、社長は二人に視線を移す。


「アキラとケイタは、どうだ?  デビューの話は気が進まないか?」
「んー…よくわかんない」


 口元にチョコレートをベッタリと付けて答えたケイタは、そもそも何の話だか分かっていなさそうである。

 虫歯になるぞ、とアキラがケイタの食べる手を止めさせ、聖南と社長を順に見やってしっかりと頷く。


「……ケイタも俺も、いろんはないです」
「ははは…っ、異論はない、か。  よし、じゃあ後は聖南の気持ち次第になったな」
「……………」


 背伸びした回答に社長は気を良くし、難しい顔をしたまま何故かケイタの口元に付いたチョコレートを凝視する聖南の前に向かう。


「聖南」


 名を呼ばれて、大塚社長を見上げた聖南の瞳がほんの少しだけ泳いだ。

 ───いいのだろうか。

 喧嘩の腕っぷしくらいしか取り柄のない、その辺に居る同い年の者等より何もかも劣っているかもしれない自分が、大々的にアイドルとしてデビューし日の目を見る事など許されるのだろうか。

 ただ課されたレッスンメニューをこなす日々だった聖南には、デビューという言葉がとても遠く聞こえた。


「………俺、責任取れねぇよ……?」


 売れなくても、と弱々しく続ける。

 自信がないのだ。  まったく。

 アキラとケイタと三人でやっていくからには、歳上の聖南が引っ張って行かなければならない。

 二人は子役として舞台やドラマの経験も充分で、聖南と同じ道を歩んでいるが彼らにはその才能がある。

 ダンスアイドルユニット、という事は、今までとはまるで土俵が違う。

 聖南にもそうだ。

 二人はこれからも事務所の看板子役、役者としてやっていけそうだというのに、わざわざ違う道を歩ませなくても良いではないか。

 聖南ひとり納得いかず、自身の踏ん切りも付かない状態ではうまくいくわけがない。

 二人を引っ張ってやるだけの才能も実力もない。

 あるのは無駄に長い芸歴と腕っぷしだけ。

 卑屈にそう思うのではなく、それが事実だ。


「誰がお前に責任を負わせると言った。  これ以上聖南がくだらない事を言い出す前に、ユニット名を発表する」
「おい、人の話を聞け……」
「【CROWN】。  お前達三人は今日から、CROWNだ」


 
 いずれ、三人のその頭上に「CROWN」が輝くように。

 社長はドヤ顔でユニット名の由来を語った。

 アキラは「ふーん」とクールに受け止め、ケイタは「なにそれ?」と首を傾げ、聖南はというと内心こんな事を思っていた。


 ………CROWNって……ダサくね?



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