僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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10.君のプライオリティ

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 他の誰に疑われようが構わないが、李一にだけはそういう勘違いをされていたくなかった。

 いくら冬季が李一に叱られるのが好きだからと、そこで嫉妬されるのは不本意だ。


「あぁ……冬季くん。そんなに怒らないで。俺が悪かったです。だってこんなに嬉しいこと……想像もしてなかった。冬季くんには元カレが数人居たと話してくれましたが……随分清らかなお付き合いをしていたんですね。なんだ……そっか。……嬉しいです。何もかも俺が初めてだなんて……」
「えっ」


 暗がりのなか、彼の顔付きが変わった事でその心配は無くなったようだが、愛おしげに頬を撫でる李一は少しばかり冬季の訴えを良いように捉え過ぎていた。

 温かな手のひらに酔えない冬季は、「ギクッ」と内心で焦る。


「待ってりっくん。な、何もかも……は、ちょっと……」
「え? 違うんですか?」
「えっ?」
「分からないな。キスの経験は無いのに、他はあるんですか? えっ、他ってなんですか? 他って……!」
「あ、い、いや……っ」


 狼狽える冬季の真上で、混乱した李一が「他とはいったい!?」と興奮し始めた。

 李一を落ち着かせようと上体を起こそうとするも、肩を押されて許してもらえない。

 彼も、また彼の父も〝言葉足らず〟だと説教じみたことをした冬季自身も、まるで同類だった。


「冬季くんは、何をどこまで経験しているんですか? 俺も……したいです。君の元カレ達に負けたくない」
「えぇっ? こ、こんなの勝ち負けじゃな……あっ」


 説明しようとする冬季の股間を、李一は膝頭で柔く押した。

 苦々しい表情で、今しがた払拭されたはずの過去への嫉妬を滲ませる李一に、冬季の方も混乱してくる。


「知識はあります。でも言ってしまえば、俺にはそれだけなんです。冬季くんが教えてくれないと分かりません」
「あっ、ちょっと待っ……りっくん……っ」


 グリッと膝頭を動かされ腰を捻った矢先、李一の大きな手のひらが冬季の臀部に触れる。いやらしく撫で回す慣れた手つきに、冬季はささやかな嫉妬を覚えながら李一を見上げた。

 すると李一は、返事を聞く前からツラそうな顔付きで冬季へ最大の疑問を投げた。


「君は……誰かにここを許しましたか?」
「お、お尻ってこと……?」
「そうです」


 冬季がわずかに身を捩っても、李一の手のひらは明らかな性的意図を持って彼の臀部を撫で回し続ける。

 隠しておく事でもないので、冬季は悪戯な手のひらを制するため李一の手首を掴み、首を横に振った。


「許して、ない……」
「本当ですか!?」
「……うん。いざって時に怖くなって、いつも拒否ってたから……」
「では開発とやらもまだなんですよね!?」
「い、いやそれは……」
「どういう事なんですか! 経験が無いのに開発はしている、キスした事がないのにその他の経験はある、……君たち若者の性事情が俺にはさっぱり理解できない!」


 冬季の言うことにいちいち反応する李一は、体調に異変をきたしそうなほどに気分の上がり下がりが激しい。

 臀部を撫で回すことをやめ、頭を抱えた李一を心配する冬季はやや可笑しくなってきた。

 完全に〝元カレ〟への嫉妬を蘇らせた李一の反応が、十も年上の余裕ある〝スパダリ〟とは程遠く見えたからだ。

 感情を抑え込んでいた李一がこれほどまでに取り乱す姿など、おそらく冬季しか知らない。

 こんなにも喜怒哀楽の激しい李一が、よく今まで無感情を装っていられた。ただしそれは冬季が引き金となっている。

 聡く気付いた冬季は、悶えている李一を見つめたちまち優越感を覚えた。

 あまり年上の男性に使うべきでないと分かってはいるが、彼のことを〝とても可愛い人だ〟と冬季は思った。


「ねぇりっくん、……開発って……誰がしたと思ってるの?」
「そんな残酷なことを俺に聞くんですかっ? 元カレのうちの誰かということでしょう!? あぁ……っ、考えただけで嫉妬してしまう……!」


 問われた瞬間、その情景をリアルに想像してしまった李一は、見事に冬季の手に落ちた。

 揶揄うつもりはなかったが、結果そうなってしまった事を心中で詫び、冬季はじわりと上体を起こす。

 膝立ちになっている李一に思い切って抱きつくと、胸元で「りっくん」と誘うように甘い声を出した。


「僕だよ。僕が自分で、お尻いじってたの」
「えっ!?」
「りっくんと出会ってからは全然触ってないから、もしかしたら狭くなっちゃってるかもしれないけどね」
「せ、狭く……!? それはどうしたら……っ」
「りっくんが嫌じゃなければ、……お願いしたいんだけど……」
「…………っっ!!」


 そろりと見上げた先に、李一のハッとした顔があった。

 もったいぶって打ち明けた事、彼の優秀な理性を崩すような目線をあえて使った事、どちらも冬季にはその自覚があった。

 膝頭で押されたところが、未だ熱を帯びている。

 嫉妬に狂って誘ったのは李一の方が先だと責任転嫁した冬季は、ぱぁっと笑顔になった彼にむぎゅっと抱きついた。


「そ、そういう事なら、なんでもします! 冬季くんのためなら俺はなんだってしますよ!」
「あははっ、ホッとした?」
「はい! ちなみにそれはいつ、お許しが出ますか!」
「……お許し? なんの?」
「あの……キス以上のことがしたい、と言ったら……俺のこと嫌いになりますか?」


 〝元カレ達に負けたくない〟ときっぱり言い切った李一は、今が機だとばかりに先に進むことを望んだ。

 冬季はポカンと李一の目を見つめ、そして彼が言外に匂わせた意味を悟ると、チラと時計に視線を向ける。


「時計見て、りっくん。いま何時?」
「えっ? んーと……八時半を回ったところです」
「だよね。手をつないで寝るにはまだ早い……かも」
「冬季くん……!!」


 興奮と期待でおかしくなってしまいそうだった李一が、何らかの攻撃を食らった後のように自身の胸元を大袈裟に握り締めた。

 その様子を見ていた冬季も、たまらず両手で顔を覆う。


 ── りっくんめちゃくちゃ嬉しそう……っ! 僕、ちょっと下品な誘い方しちゃったのに……どうしよう。りっくんが可愛い……!


 年上の恋人への愛おしい気持ちが、爆発した。さらにこの時、李一には理解できない〝他〟の説明がまだ残っていたが、冬季はそれらを小出しにしていくことに決めた。

 冬季を想うあまりの嫉妬深い恋人は、大歓迎だからだ。




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