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9.僕は
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しおりを挟む─ 冬季 ─
りっくんはママ似じゃない。どちらかというとパパ似だ。
でもそれに気付いているのは僕くらいなもんだと思う。
玄関を開けるなり硬い表情で家主を待ち構えていた、見るからにお手伝いさんっぽい格好をした女性三人。
自動で開いた門を長い高級車で通過すると、すでに高そうな厳つい車が二台並んだ隣にバックでうまく駐車した、強面のおじさん。
他にももしかしたら、お金持ちの家庭でよく見るような人たちがまだまだたくさんそこで働いてるのかもしれないけど、滞在時間わずか十分程度の僕じゃ全部を把握するなんて到底無理で。
でもそこには明らかに、身の回りのお世話をしてくれる大人が何人も居た。それなのにみんな、りっくんに優しくなかったんだ。
どこからどこまでが〝成宮〟の土地なのか。木が生い茂ってる奥の一帯は庭なのか森なのか。
誰が見ても「豪邸だ!」と叫ぶような、人が無条件で羨むくらいのほんとに立派なお家ではあるんだろうけど。
外観も内装もあんなにも豪華で広々として、掃除の行き届いたとっても綺麗なお家が、どうしてか僕の目にはどんよりと荒んで見えた。
あの家がとっても嫌いだって、りっくんが言ってたから。
常に北風が吹いてるみたいだって。
心が凍り付いてしまいそうだから帰りたくない、って……りっくんの言葉通りだと思った。
踏み心地のいいカーペットには塵一つ落ちてなかった。僕にはその良さも価値もまったく分からない絵画が、長い廊下の壁に何枚も等間隔に飾ってあって、まるで神聖な美術館みたいだった。
世間で言うような〝実家〟って感じが全然しないし、言ってしまえばそこはあったかい雰囲気が微塵もなかった。
玄関を入ってすぐ、三人のお手伝いさんの向こう側に、僕は見えないはずの小さなりっくんを見た気がした。
感情を殺した無表情で、分厚い参考書を手に寂しそうに窓の外を見ているりっくんの姿が……。
人も建物も無機質なものばかりのあそこで、りっくんは戦ってたんだ。
あんなに広いお家と、たくさんの大人達の中、たったひとりで。
実際にあのお家を見たあとにりっくんの言葉を思い出すと……「冷たい家」と言った意味が痛いほど分かった。
りっくんのそばに〝お母さん〟が居たらどんなに良かったかと思うと、可哀想で可哀想で仕方がなかった。
「──あ、ここだ……」
……やっと着いた。
僕は、たった一度しか来たことがない森の中を、記憶だけを頼りに進んだ。
死ななきゃってその一心だったあの時の僕が、いかに正常な精神状態じゃなかったかがよく分かる。
固い木の枝をかき分けて、山登りに等しいくらい道なき道を進んで、よくこの橋まで辿り着けたもんだ。
今日はちゃんと、あの時りっくんが手を繋いで歩いてくれた、舗装されてる道を通ってきた。
真っ暗闇だけど月明かりがしっかり道案内してくれて、少しも迷わなかった。
「さ、さっむ……!」
僕はバカだった。知ってたけど、大バカ者だった。
冷たさに拍車がかかってる山風をしのごうと、襟をたぐり寄せて首元をガードしてみても何にもならない。
あれから二ヶ月が経ってて、季節は秋から冬に変わってる。こんなペラペラの一張羅じゃ、裸よりマシって程度にしか防寒にならない。
「うぅ……っ」
歩いてる時はまだ、体を動かしてたからいい。でもこうして冷風吹き抜ける橋の上にジッとしていると、冷たい風が容赦無く全身を覆ってくる。
寒い。
震えが止まらない。
僕は今も全然、なんにも、正常じゃなかった。
口を閉じているのに歯がカチカチ鳴ってしまう。
りっくんの実家からここまで来るのに、どれくらい時間がかかったかも分からない。
そこまで良くない記憶力だけを頼りに、僕はただ……静かに輝く綺麗な月を眺めるために、リスカ常習犯の僕が自分を傷つける物を何一つ持たないで、〝生きてれば何とかなる〟という思いだけを胸に、ここまで来た。
闇雲に、軽率に。
「りっくん……綺麗だね……。まんまるだよ、お月様……」
木々の間にぽっかり浮かんだ丸いお月様は、橋の下で流れる水の音や葉っぱが擦れる乾いた音、不気味な夜の闇の中で見るからこそ美しく感じる。
りっくんにも見せてあげたい。
実際に来てみて、求めていた夜空を見上げると、やっぱりうっとりするほど綺麗だった。
凍えそうでそれどころじゃないのが難点だけど、蹲って風にあたる面積を狭くすれば何とかなる……ものでもない。
全身を刺す風で季節の変化を感じることになるなんて、朧げな記憶と重なって頭が痛くなっちゃいそうだ。
「……っ、さ、む……っ」
ぼんやりと月を眺めて、ひとしきり黄昏れたら泊まるところを探そうなんて安直にも程があった。
目的のお月様も十秒と見上げていられない。
空気が澄んでいて幻想的な場所に違いないんだけど、だいぶ予定と違った。こんなに寒いなんて聞いてない。
何もかもを忘れられそうなほどの美しい光景を、僕はあと一つ知っているんだからそっちにすれば良かった。
もっともっとりっくんのことが忘れられなくなってしまうかもしれないけど、水平線に沈む濃いオレンジ色の大きな太陽が、今は恋しくてたまらない。
……そうは言っても、どのみち今日はきっと見られなかった。
〝夕陽〟を見ることができない状況下にあったからだ。
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