僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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9.俺は

・・・4

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◇   ◇   ◇



 父から、久々の呼び出しを受けた。

 今それどころじゃない。俺はこう言って早々に通話を終わらせようとしたのだが、今日の父は何やら様子がおかしかった。

 来ないと一生後悔するぞ──。圧強めにこうまで言い切られると、さすがに何事だと思うじゃないか。

 ゆらりと立ち上がった俺は、とりあえずコートだけを羽織って自宅へ向かった。

 身なりを整えぬまま父の前に立つと、姿を見られるなり失笑されたが構うもんか。


「……どうした、そのなりは。お前らしくない」
「いえ、別に」
「何かあったのか?」
「……何もありません」
「お前がそんなにも強情だとは知らなかったな」


 そうだな。……そうかもしれない。そのうえ俺は非情で薄情だ。

 母親の死を聞かされた時、俺は一粒も涙を流さなかった。だが、ほんの二ヶ月共に暮らした冬季くんが出て行っただけで我を忘れて泣いた。

 きっと顔も髪も服装もボロボロで見れたものじゃない。

 成宮家に恥じぬ格好をと、常日頃からキツく言い渡されていた俺がこのなりでやって来たのだから、潔く罵倒を覚悟していたのに。

 電話口での様子がおかしかった父は、くたびれた俺をジロジロ見て失笑するのみである。


「……で? 何か急を要する話でも?」
「ああ、まぁな」


 掛けろ、と言われてもいないのに、俺は勝手に革張りのソファに腰掛けた。横柄な物言いにならぬよう気を付けたけれど、行動が伴っていない。

 憔悴した心を抱え、わざわざここまで来たのだ。〝一生後悔する〟という話を聞いてみようじゃないか。

 そのかわり、くだらない内容だったらその場で思ったことを口にする。

 今の俺に、堰き止める何かなど存在しない。これまで恐怖と憎悪の対象だった父が、俺の目の前にどっしりと腰掛けても、何の感情も湧きはしなかった。


「例の連れ子が見つかった」
「…………」


 ……どうでもいい。心底、どうでもいい。

 なぜそれを、俺をここに呼びつけてまで話したがっているのか、まったくもって理解が出来ない。

 この男には俺の言葉が通じないのか? 「関係ない」と何度言わせたら気が済むんだ。

 俺は、「くだらない」と小さく吐き捨てるように言うとすぐさま立ち上がる。

 ここで実のない会話をしているヒマがあるなら、冬季くんの行方を探すことに時間を使いたい。探偵でもなんでもその筋の者を片っ端から当たって雇い、俺も出来るだけ自分の足を使って彼を探し出す。

 俺は、独りでは生きていけない。

 あんな置き手紙じゃ納得できない。

 あれには出て行く理由が書かれていなかったのだから、探すのは当然だ。理由を教えてもらわなくては、永遠に納得なんかできるわけがない。

 勝手にどこかへ行かれては困る。

 〝ありがとう〟という言葉は直接、面と向かって言うものだ。それに、俺もまだ言えていないこと、伝えなくてはならない想いがある。

 ……そうだ。こんなところで油を売っている暇など無い。


「これを見ても、まだくだらないと言えるか?」
「…………」


 立ち上がった俺を目で追ってきた父が、一枚の写真を差し出してきた。

 重厚な質感の一枚板で造られたローテーブルに放らず、俺が受け取るまで父は腕を伸ばしている。

 つくづく様子がおかしいと思いつつ、俺はとても怪訝な顔付きでそれを手に取った。


「なっ……!」


 どうせまた、俺の記憶に微塵もありはしない母の写真を見せて同情を誘おうとしている。そんな冷めた気持ちでいた俺は、その被写体を目にした瞬間これ以上ないほど驚愕した。

 その写真にはなんと、見覚えのあるベランダで黄昏れている冬季くんが写っていたのだ。

 目を見開き、信じられない思いで写真に釘付けになる俺を、父がジッと見ていることは分かっていた。

 だが俺は、写真から目が逸らせない。


「冬季くん……っ」


 写真の中の冬季くんの髪は、二色だった。綺麗な銀色だった髪の根本が、だんだんと黒くなってきていたからだ。

 いよいよ性別が分からなくなるほど、その分髪も伸びていた。彼はそれを気にする素振りも見せなかったが、逆に俺の方が気になってきて、お金ならいくらでも出すから美容院に行こうと勧めていたのが、三日ほど前の事。

 毎日冬季くんを凝視していた俺には分かる。これは紛れもなく、つい最近……ここ何日かで撮られたものだ。

 こんな写真を俺にチラつかせるやり口が気に入らず、写真を手にしたまま俺はとうとう父相手に激怒した。


「なぜ……っ、なぜあなたがこの子を知っているんですか! やはり俺のことを見張っていたんですね!?」
「当たり前だろう」
「何が当たり前ですか! 人を雇って見張るほど、俺のことが信用なりませんか!? だったら一日も早く俺のことなど見限っていただきたい! 縁を切ってくだされば何もかも解決する……っ」
「この子が〝連れ子〟なのだから、調べるのは当たり前だろう、と。そういう意味で言ったんだ」
「つ、連れ……っ、連れ子っ……?」


 初めて牙を剥き取り乱した俺を落ち着かせるように、やけに冷静な父の声が重なった。




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