僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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8.晴れてゆく。

・・・9

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 なんだか、りっくんの甘やかしが急加速している。

 はじめは気のせいだと思った。だってりっくんは最初っから僕に優しかったし、ちょっと戸惑うくらい過保護だったから。

 でも最近、それに拍車がかかってるんだ。絶対気のせいじゃない。

 なんでそう感じたかっていうと、それは……。


「あの……冬季くん。ぎゅ、したいです」
「えっ、あっ、……うん」
「ありがとうございます」


 そう、これだ。

 抱き合って眠ること早五日。

 りっくんは、寝る時に留まらず起きてる時にも頻繁に〝ぎゅ〟をしたがるようになった。

 今僕たちは、歯みがきをするために洗面所へきたところ。別にそういう雰囲気でも何でもなかったから、僕は思いっきりたじろいだ。

 ……くせに、迷うことなく頷いたのは、僕がりっくんから抱きしめられるのが好きだから。

 「やったー!」とでも言いそうなくらい、ニッコリ笑って僕を抱きしめてくれる張本人のことを、好きになってしまったから、……。


「今日も一日、生きていてくれてありがとうございます」
「…………っ」
「冬季くんの体温を感じられて、とても嬉しいです」
「…………っ」


 こんなことを毎日、昼夜問わず俺の耳元で囁いてくるんだよ。

 抱きしめさせてくれてありがとう──最後にそう言って、りっくんが僕を解放する瞬間……真っ赤になってるであろう自分の顔を晒さないために、深く俯いてしまう。

 でも追い討ちのように、りっくんは項垂れた僕の頭を撫でてくる。

 優しく、優しく、愛おしいものに触れるみたいに、どこまでも優しく。


「先にベッドに行って、お布団を温めておきます。ブクブクうがいが終わったら来てください」
「……ん」


 分かった、とまでは言えなかった。

 頷くので精一杯。

 うがいコップを持って、りっくんに言われた通り口の中でブクブクするうがいを三回繰り返す。ついでに、熱くなった顔にパシャっと水をかけた。

 ツラい……。

 非情な僕は、ママのことを内緒にしてなきゃって思いより、りっくんへの想いを抱えてる方が断然ツラくなった。

 りっくんはどういうつもりで、どんな気持ちで、僕にあんなことをするんだろう。

 愛情に飢えてて可哀想に見えてるからって、度が過ぎてるんじゃないかな。

 ホントに〝愛されてる〟と誤解しちゃうよ。

 そうなったらりっくんが困るのに。

 僕が男の人にしか欲情しないの知ってるんだから、そろそろマジでやめてほしい……。


「……いや、もう手遅れじゃん」


 タオルで顔を拭きながら、ボソッと自虐的な台詞を呟く。

 りっくんに下心は無いんだ。今まで一度だって体を求められたことがない……それはつまり、りっくんの性対象は女性だってことで。

 僕を好きになってくれるわけがない。ましてや裸になって抱き合ったり、最後には繋がったり、望むだけもおこがましいよ。

 いくらりっくんが天然ハイスペ男子だからって、そんな虫のいい話は無い。


「しっかりしなきゃ」


 いつまで続くのか分からないけど、りっくんが僕のことを抱きしめてくれるうちは考えないようにしよう。

 それをりっくんが「嬉しい」と思ってくれてるうちは……甘やかされてよう。
 

「…………?」


 ベッドルームの扉を開けると、すぐに鈍い振動音が聞こえた。


「……また電話だ」


 見ると、壁を背にベッドに座ってるりっくんが、ちゃんと布団の中を温めつつスマホを握りしめて苦い顔をしている。


「……お父さん?」
「……はい」


 やっぱりか。りっくんの顔に「最悪」って書いてあるもんな。

 りっくんの隣に移動しようとしていた僕は、そういう事ならとベッドルームを出て行こうとした。

 けれどすぐさま、身を乗り出したりっくんが僕の腕を掴んでそれを止める。


「ここで出ても構いませんか」
「う、うん。りっくんがいいなら」


 「すみません」と僕に苦笑を浮かべたりっくんは、隣に来いという意味なのか布団をペロンと捲った。

 僕に全部話したからって、気を遣わなくていいのに……。

 腕を取られたままだから言うことを聞くしかなくて、なるべく音を立てずに静かにりっくんの隣に横になる。

 何しろすでに通話が開始されていて、電話の向こうの声が僕にまで筒抜けだったんだ。


『今日は早いじゃないか』
「いったい何の用ですか、こんな時間に」
『私は暇ではない。単刀直入に言う』


 うわぁ……りっくんが話してた通り、お父さんってば頑固そうな声だ……。

 ちなみにりっくんもすごくよそ行きの声だし。何の感情も乗っていない、とても冷たい声。


「……はい、どうぞ」
『一昨日話した連れ子の話は覚えているか』
「えぇ、覚えています。その件でしたら俺は関係な……」
『足取りを掴んだ。どうやらお前と同じ町に居るようなんだ』
「……だから何だというんですか。俺には関係ありません」


 つ、連れ子……? 足取りを掴んだ……?

 それって……僕のこと?

 僕はママの子じゃないってパパは言ってた。

 信じたくないから今日まで信じてなかったけど、……僕はパパの連れ子なの?

 それ、ホントなの?

 しかもなんで、りっくんのお父さんがそのことを知ってるの?

 何か……僕たち家族のことを調べてるってこと?

 どうして? ……なんでそんな必要があるの?


「はぁ、……まったく」


 早々に自分から通話を終わらせたりっくんが、スマホを脇に置いて深いため息を吐いた。

 僕は仰向けのまま、まばたきを忘れて天井を睨んでいる。

 盗み聞きしちゃ悪いと思いつつ、お父さんの声がものすごく大きくて嫌でも会話が聞こえてしまった。

 おかげで、余計なことを聞いた。

 冷えた足先の感覚が無い。顔を洗うために水に触れた指先もまだ冷たくて、それなのになぜか、たらりと冷や汗が背中を伝った。


「りっくんのお父さん、だ、誰かを……探してるの?」
「そうなんですよ」
「…………」



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