66 / 126
7.真実と共に
・・・10
しおりを挟む◇ ◇ ◇
りっくんには言わない。
そう決めて、僕はあれから普通に過ごしている。
でも、普通がこんなに難しいことだとは思わなかった。
りっくんが怪しまないように、元カレに会って疲れたフリを何日か続けて(りっくんがしきりにそう言うからだ)、フラッシュバックしちゃうリュックは極力見ない。
連絡がきたらちゃんと返し、りっくんが仕事に行く時は「いってらっしゃい」、帰ってきたら「おかえり」を言う。
ごはんは残さず食べる。
かなり伸びた二色の髪を一括りにして、部屋を綺麗に保つ。
洗面所をなるべく湿気た状態にしない。
──僕はこれだけのことに、たくさん神経を使った。
いつからこんなに充実した生活を送ってたんだろう、という当たり前の発見をしたりして。
部屋を綺麗にしておくこと。帰ってくる人に労いの声をかけること。誰かとごはんを食べること、ひとりぼっちじゃないこと……。
一ヶ月以上の間、この何気ないことが僕の心身を安定させていたんだってことに気付くまで、そう何日もかからなかった。
りっくんとの生活が、そうさせてくれていたってことも。
「冬季くん、見てください。今日のバスボールの中身はシロクマさんでしたよ」
「わぁ、ホントだ。シロクマってレアなんじゃない?」
「んーっと、どれどれ……」
お風呂上がり、ほかほかになったりっくんが僕を呼び寄せてまで見せてきたそれは、ここ一週間日替わりで使用している、お湯に浸けると何かが出てくる楽しいバスボールの中身。
りっくんの大きな手のひらにちょこんと乗った、バスボールから生まれたシロクマの人形。差し出されたので受け取ると、りっくんは参考書でも読んでるみたいな真剣な眼差しで、子ども向けのカラフルなパッケージを熟読している。
「あぁ、本当だ。シロクマさんはレアですよ。ちなみに冬季くんは何が出てきました?」
「僕はたしか……今日はゾウだったかな」
「ゾウさんですか! ぜひ見せてください!」
「あはは……っ、乾燥させてみんなと一緒に寝室に並べてるよ」
分かりました! とニッコニコでベッドルームに向かったりっくんが、僕キッカケでなぜか童心にかえっている。
お金持ちのお家で育ったから、こういう庶民的な娯楽が物珍しいのかもしれない。施設育ちの僕もバスボールなんてものには初めて触れたから、実はワクワクする気持ちはりっくんと同じだったりする。
「でも、なんでいきなりバスボールだったんだろ……」
僕もりっくんのあとを追ってベッドルームに向かいながら、クスッと笑いを漏らす。
りっくんは、例によって疲れた僕を元気付けるためだと言い、あの日の夜に子どもが喜びそうなバスボールをビニール袋いっぱいに買ってきた。
初日も、二日目も、りっくんの思惑はそうだった。
けれど三日目からは、りっくん自身も楽しみだしている。
僕が普段通りを意識した成果かもしれない。そんな僕の演技は、アカデミー賞で最優秀賞取っちゃう並みにうまいんだと思う。
ザ・大人って感じのシンプルなベッドルームが、窓枠に飾られた小さい動物たちのおかげで一気に雰囲気が変わった。あの袋いっぱいのバスボールを使い切ったら、きっとあそこ一帯は小さな動物園状態になる。
それらを楽しげに眺めているりっくんを黙って見つめていると、ふと振り返られてドキッとしてしまった。
「順調に増えてきましたね」
「う、うん。そうだね」
フッと微笑まれた僕は、視線をウロウロさせながら曖昧に笑い返した。
──りっくんは何にも知らない。でも僕は、知ってしまった。
心の中にはずっと、正体不明の灰色をした煙みたいなモクモクが渦巻いている。
りっくんの顔がママに似てるかもしれないと思い始めてからは、とうとう直視出来なくなってしまった。
隠さなくてよくなったからって、僕を一人にしていられないと心配性を発揮するりっくんが毎日僕の隣で眠ってくれるから、忘れたくても忘れられなくて。
薄暗い夢を見て、りっくんの気配に安心して、整った綺麗な寝顔を見ては色んな思いで胸が苦しくなって、「ごめんね」の気持ちが目尻に溢れてくる。
「お腹が空きましたよね。今日はデザートにフルーツもあるんですよ。患者さんから頂いたんですが……何だったかな。……あぁ、そうだ、カットメロンです。冬季くん、メロンはお好きですか?」
風呂上がりのりっくんは大人の色気がハンパじゃない。
喋り方も、声も、とことん僕を切なくさせるから、いっそ耳を塞いでいたいくらいだ。
問われたのについつい背中を向けてしまうけど、りっくんが嫌いとかそんなんじゃない。むしろ、何も知らないでいたかったと思うくらいには、りっくんのこと……好きだ。
「えっと……ううん、メロンは食べたことないから分かんない……」
「そうでしたか! さぁさぁ、食べましょう!」
「うん……っ」
何だか嬉しげなりっくんから、さらりと肩を抱かれた。たったそれだけのことに、僕の心臓は飛び上がりそうになる。
ドキドキを真顔で隠し、りっくんに促されて僕はソファに腰掛けた。
こないだ新しくやって来たテーブルの上には、料理が出来ない僕らを支える強い味方、出来合いのお弁当がすでに二つ並べられている。
ここに来た当初はアルコールしか入ってなかった冷蔵庫が、たった一ヶ月そこらで所帯染みて、貰い物のカットメロンを入れるスペースにさえ困るほどになった。
りっくんの生活が、僕が居ることでガラリと変わった証拠だ。
「お口に合うといいんですが」
「メロンって美味しい?」
「どうでしょう。味覚は人それぞれですから、まずは食べてみてください」
「お弁当より先に?」
「ふふっ、それは冬季くんに任せますよ」
先に食べますか? と微笑まれた僕は、首を振ってさりげなく視線を逸らす。
やっぱりどうしても、日々りっくんの顔を見られなくなってるな。
……だからこそ、りっくんには言わない。……言えないんだ。
僕ら二人ともが悲しくなっちゃうようなことをわざわざ話して、優しいりっくんの笑顔を曇らせたくない。
世の中には、知らなくていいこともある。
僕がこのままここにいちゃ……りっくんのそばにいちゃダメだと思ってることも、りっくんは知らない方がいい。
1
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
芽吹く二人の出会いの話
むらくも
BL
「俺に協力しろ」
入学したばかりの春真にそう言ってきたのは、入学式で見かけた生徒会長・通称β様。
とあるトラブルをきっかけに関わりを持った2人に特別な感情が芽吹くまでのお話。
学園オメガバース(独自設定あり)の【αになれないβ×βに近いΩ】のお話です。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる