僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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6.疑惑は

・・・9

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 ただ、この買い物の話にはまだ続きがある。


「でもあのっ……ごめん。結局買えてないんだ。それでただのお散歩になっちゃったって言ったんだよ」
「それはまた……どうしたんですか。お金が足りませんでしたか? すぐそこのコンビニではなく別の場所へ行ったんでしょうから、売り場が分からなかったとか?」
「違うよ。そうじゃなくて、えっと……」


 叱る気満々だったりっくんが、今度は心配気な顔で僕を問い詰めてくる。

 お金が足りなくて恥ずかしい思いをしたんじゃないか。面接がダメになったコンビニには行けないから慣れないお店に行く羽目になり、そこでは勝手が分からず目的の品を買えなかったんじゃないか──。

 優しいりっくんは明らかに、僕が約束を破ったことそっちのけで心配し始めている。

 叱られるの覚悟でここまで言ったんだから、ちゃんと最後まで話さなきゃ……きっとりっくんは納得しない。

 でもなんか……どうしてかな。

 りっくんには、亮と会ったことを話したくなかった。そこから深掘りされるのがすごくイヤだと思ったんだ。


「冬季くん?」
「…………」


 どうしよう……ありのまま伝えるべき?

 それとも亮と会った部分だけ端折って、りっくんが言った「売り場が分からなかった」ことにする?

 でも、でも……りっくんにウソをつくのも気が引ける。

 じゃあなんて言うの? どう誤魔化せばいい?

 黙り込んで考えを巡らす僕を、りっくんがジッと見ているのは分かってた。学の無い僕なんかじゃ、いかにも聡明なりっくんを欺ける気がしないし、いっそ話してしまえばいいんだろうけど……。

 それを知ったりっくんの反応が怖くて、なかなか言葉が出ない。

 するとそれまで黙っていたりっくんが、モジモジしていた僕の指先をキュッと握って顔を覗き込んできた。


「……冬季くん。出来れば俺には嘘をつかないでほしいです。隠し事も嫌です。また何か一人で抱え込んでいるのではないかと、心配になります」


 くっきりとした二重瞼の奥が、僕を射抜く。とても逸らせない強い視線に、心臓がドキッと跳ねた。

 りっくんには……誤魔化そうと考えてたことまで見破られてる。

 僕が黙ってしまったのには何か理由があるって、大人なりっくんにはもうすでにバレちゃってるんだ。


「……りっくん……」
「何を聞いたって怒りはしません。さっきはちょっと我を忘れかけましたけど、冬季くんが正直に話してくれれば俺は安心します」


 我を忘れかけたって……そんなにキレてたんだ。

 お説教どころじゃなさそうな響きに、別の意味で心臓がドクンっと鳴る。

 握られた指先が、りっくんの体温で熱いくらいだった。

 気休めでも何でもない真摯な言葉と瞳に、僕はとうとう「分かった」と観念して意を決する。


「……駅前のスーパーに行ったんだ。あの大きいとこ」
「あぁ、そうなんですか。あんなところまで」
「うん。でもそこで、……」
「そこで?」
「偶然、元カレに会って……置きっぱの荷物取りに来いって話になって」
「あぁ……そんなことが……」


 昔の恋人に会うと気まずいですよね、とりっくんは小さく頷きながら小声で呟いた。

 ……あ、あれ。聞こえてなかったのかな。

 僕、ちゃんと元カレって言ったんだけど、りっくんってば聞き流しちゃってる? ……と、僕が安堵しかけた瞬間。

 りっくんが視線を彷徨わせ始めた。

 僕の背後の壁を忙しなくキョロキョロ見た後、ピタリと一点を見つめて固まる。


「え、あ、え……? ちょっと待ってください。冬季くん、〝元カレ〟って言いました? 〝元カノ〟じゃなく?」
「……うん。元カレ」
「も、元カ……えっ!?」


 りっくんは、聞き逃してなんかいなかった。

 頷いた僕を驚愕の眼差しで見やったあと、やわらかく包み込むように握ってくれていた僕の指先に、ギュッと力が込められる。

 それは、激しく困惑していることを意味していた。

 ──りっくん……めちゃくちゃ動揺してるじゃん。目見開いたまま、まばたきしてないよ。

 でもまぁ、この反応が普通だよね。

 想像もしてなかったんだろうな。僕に〝元カレ〟がいたなんて。

 僕だって、隠しておけるなら隠しておきたかった。バイバイするその日まで隠し通すつもりだったんだ。

 りっくんを困らせたくなかったから。

 りっくんに拒絶されるのが怖かったから……。


「も、元カレ……元カレですか。元カレ……」
「今まで黙っててごめん……。僕はその……男の人が好きなんだ。付き合ってたの、全部……男」
「──っ!?!?」
「……気持ち悪い?」
「あ、いやっ……! 違います! えーっとですね、あの……!」
「りっくんこそ正直に言ってよ。困らせるって分かってたから僕は言わなかったんだ。気持ち悪いって思うなら、僕はもうここにはいられな……」
「違います!!」


 まばたきしないまま、充血するくらい目を見開いたりっくんがあまりにも愕然としてるから、僕の性癖にドン引きしたんだと悲しくなった。

 それならホントに出て行かなきゃと、僕が布団を捲ったその時、りっくんが興奮気味に大きな声で捲し立てた。


「そ、そりゃあビックリしますよ! でも付き合っていた人が男性だと聞いても、冬季くんは可愛らしい人なのでさぞかしおモテになるでしょうし、言い寄られて当然というか当たり前というか、冬季くんを飼いたがる人の気持ちが分かるというか……! それ以前に俺が気になったのは〝付き合っていた人が全員男〟という点でして、つまりそれは何人か元カレとされる方々がいるってことですよねっ? 元カレとはいったいどれくらいいらっしゃるんでしょうか!? 返答によっては俺は少々ショックを受けるかもしれません! いや〝かも〟でなく大ショックを受けます!」
「…………」


 ……な、なに? りっくん、なんて言ったの?

 感情が昂ると大きな声を出すクセがあるのは知ってたけど、興奮状態で握り締められた僕の指が折れちゃうかと思った。

 ひとまず、気持ち悪がられてるわけじゃないってことだけは分かった。

 りっくんがなんて言ってたかは、ほとんど聞こえなかったけど。


「……りっくん、ごめん。マシンガンすぎて聞き取れなかった」
「えっ!? なんですか、マシンガンって! そういう隠語ですか!?」
「…………」


 興奮冷めやらないりっくんを、僕は呆然と見つめた。

 ていうか、そういう隠語って……何。





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