僕らのプライオリティ

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
52 / 126
6.疑惑は

・・・6

しおりを挟む

─ 冬季 ─



 僕って、緊張感とかそういう繊細なものが欠如してるのかな。

 りっくんが隣にいるっていうのに、ドキドキしてたのは最初だけですぐに寝ちゃって。

 なんでなんだろう。

 りっくんの方を向いて何かを喋ったところまでは覚えてるんだけど……具体的にどんなことを話したかは、まるで僕の方が酔っ払っちゃったかのように全然覚えてない。

 でもりっくんが隣にいてくれて、すごく嬉しかった。歯医者さんみたいな仕事をしてるってことが判明したし、この調子で一緒にいる時間が増えれば、もっと色んな秘密を知ることができるかもしれない。

 だからこれからも、〝帰れない〟日がたくさんあるといいなって思った。


「あっ、りっくんだ!」


 お掃除が終わって一息ついたところに、りっくんから帰宅時間を知らせるメッセージが届いた。

 りっくんは僕にスマホを買ってくれて以来、とてもマメに連絡してくれる。

 今日は残業になっちゃうかもとか、予定より少し早く帰れそうだとかが分かった段階でメッセージを送ってくれて、一番嬉しいのはお昼と夜の両方とも帰る前に電話をしてくれること。

 僕を一人にしてたら心配なんだって。

 面接がなくなっただけでリスカしようとした僕には、りっくんの優しさを拒否できる立場に無い。こんな危なっかしい僕は心配されて当然だよ。


「んーっと。今日は少し遅くなりそう、かぁ。〝残業なんだね。お仕事がんばってね〟……と」


 返信すると、すぐに既読がつく。

 〝がんばる!〟と丸文字で書かれたスタンプが返ってきて、可愛くて笑ってしまった。

 恋人同士が送り合うような内容だけど、僕らは大体いつもこんな風だ。りっくんからのメッセージの最後には〝19:25〟とあって、これは仕事が終わって電話できそうな時間って意味。

 ここまでマメな人も珍しいよ。

 すぐに不安になっちゃう僕に安心をくれるりっくんだから、僕も何かお返ししたいって懲りずにまだ思ってたりするんだ。


「ビール補充しとこうかな」


 些細なことからコツコツと。

 ベッドルームにある段ボールから、少しずつ減っている冷蔵庫の中のアルコールを足して補充しておいた。

 飲みすぎはあんまりよくないけど、りっくんの場合は多くて三本だから、たぶん心配いらない。軽い晩酌レベルだ。


「今日も飲むのかな」


 ここのところ毎日飲みたい気分になるらしいりっくんは、頻繁にかかってくる電話で様子がおかしくなる。

 たった三本の缶ビールで酔っ払ったりっくんから、ちょっと大胆で強引に膝枕を要求されると僕は喜んで膝を貸した。

 綺麗な寝顔を眺め放題の特等席で、あったかいりっくんの体温で僕も寝落ちして、気が付いたらベッドの上……という生活が四日続いていて、五日目にはついに一緒に寝ることまで出来て僕は舞い上がっていた。

 何日も帰らないから奥さんも怒って電話してくるんだろうけど、りっくんは帰りたくないんだ。帰れないの分かってて飲んでるようには見えないから、衝動的にお酒が欲しくなってるんだよ。

 ……帰りたくないから。

 だったらずっとここに居ればいいじゃん。りっくんのお家なんだからさ。


「そうだ、あのドリンク何本か買っといてあげよう」


 りっくんが帰るまで、二時間以上ある。

 外出禁止だって言われてるけど、こないだりっくんにドリンクを買って渡した時はとっても嬉しそうで、叱られはしなかった。

 僕がりっくんのために行動すると、りっくんは嬉しいみたいだから事情を説明すれば納得してもらえると思う。初日に預かった一万円の余りが、まだ結構残ってるし。

 僕は百円分の駄菓子にしか使わないから、全然減らないんだよね。


「……わ、これあったかい」


 一張羅だけで出掛けるには寒くて、さすがに今日はりっくんに買ってもらった上着っぽい服を羽織った。

 これが薄手に見えてなかなかあったかくて、値が張るだけあって着心地もいい。


「これなら寒くないぞぉ」


 すぐそこのコンビニには行けなくなってしまったから、お散歩がてら駅前の大きなスーパーまで歩くことにした。

 ビニール袋がお財布じゃあまりにも可哀想だからって、りっくんが最近まで使ってたというお古のお財布を手にルンルン歩く。

 ちなみにお古と言ってもほとんど使用感が無くて、しかも僕でも知ってるような高級ブランドのもの。色もデザインもなんだかユニセックスな感じだから、もしかしてこれは奥さんが使ってたものなんじゃないかと、僕はこっそりそう推理している。


「──あ、あったあった。何本買えるかな」


 二十分くらいのんびり歩いてスーパーに到着した僕は、さっそく二日酔い対策のドリンクを三本手に取った。

 お金は結構ある。今はりっくんの飲みたい気分が頻発してるから、一気に十本くらい買っちゃうか。これ見よがしに置いとくと「飲め飲め」と飲酒を促してるように思われちゃうから、一本ずつ小出しにしてこう。

 ……そんなことを考えて一人で笑っていた僕は、まさかこの直後、最悪な再会をするとは夢にも思わなかった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...