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6.疑惑は
・・・6
しおりを挟む─ 冬季 ─
僕って、緊張感とかそういう繊細なものが欠如してるのかな。
りっくんが隣にいるっていうのに、ドキドキしてたのは最初だけですぐに寝ちゃって。
なんでなんだろう。
りっくんの方を向いて何かを喋ったところまでは覚えてるんだけど……具体的にどんなことを話したかは、まるで僕の方が酔っ払っちゃったかのように全然覚えてない。
でもりっくんが隣にいてくれて、すごく嬉しかった。歯医者さんみたいな仕事をしてるってことが判明したし、この調子で一緒にいる時間が増えれば、もっと色んな秘密を知ることができるかもしれない。
だからこれからも、〝帰れない〟日がたくさんあるといいなって思った。
「あっ、りっくんだ!」
お掃除が終わって一息ついたところに、りっくんから帰宅時間を知らせるメッセージが届いた。
りっくんは僕にスマホを買ってくれて以来、とてもマメに連絡してくれる。
今日は残業になっちゃうかもとか、予定より少し早く帰れそうだとかが分かった段階でメッセージを送ってくれて、一番嬉しいのはお昼と夜の両方とも帰る前に電話をしてくれること。
僕を一人にしてたら心配なんだって。
面接がなくなっただけでリスカしようとした僕には、りっくんの優しさを拒否できる立場に無い。こんな危なっかしい僕は心配されて当然だよ。
「んーっと。今日は少し遅くなりそう、かぁ。〝残業なんだね。お仕事がんばってね〟……と」
返信すると、すぐに既読がつく。
〝がんばる!〟と丸文字で書かれたスタンプが返ってきて、可愛くて笑ってしまった。
恋人同士が送り合うような内容だけど、僕らは大体いつもこんな風だ。りっくんからのメッセージの最後には〝19:25〟とあって、これは仕事が終わって電話できそうな時間って意味。
ここまでマメな人も珍しいよ。
すぐに不安になっちゃう僕に安心をくれるりっくんだから、僕も何かお返ししたいって懲りずにまだ思ってたりするんだ。
「ビール補充しとこうかな」
些細なことからコツコツと。
ベッドルームにある段ボールから、少しずつ減っている冷蔵庫の中のアルコールを足して補充しておいた。
飲みすぎはあんまりよくないけど、りっくんの場合は多くて三本だから、たぶん心配いらない。軽い晩酌レベルだ。
「今日も飲むのかな」
ここのところ毎日飲みたい気分になるらしいりっくんは、頻繁にかかってくる電話で様子がおかしくなる。
たった三本の缶ビールで酔っ払ったりっくんから、ちょっと大胆で強引に膝枕を要求されると僕は喜んで膝を貸した。
綺麗な寝顔を眺め放題の特等席で、あったかいりっくんの体温で僕も寝落ちして、気が付いたらベッドの上……という生活が四日続いていて、五日目にはついに一緒に寝ることまで出来て僕は舞い上がっていた。
何日も帰らないから奥さんも怒って電話してくるんだろうけど、りっくんは帰りたくないんだ。帰れないの分かってて飲んでるようには見えないから、衝動的にお酒が欲しくなってるんだよ。
……帰りたくないから。
だったらずっとここに居ればいいじゃん。りっくんのお家なんだからさ。
「そうだ、あのドリンク何本か買っといてあげよう」
りっくんが帰るまで、二時間以上ある。
外出禁止だって言われてるけど、こないだりっくんにドリンクを買って渡した時はとっても嬉しそうで、叱られはしなかった。
僕がりっくんのために行動すると、りっくんは嬉しいみたいだから事情を説明すれば納得してもらえると思う。初日に預かった一万円の余りが、まだ結構残ってるし。
僕は百円分の駄菓子にしか使わないから、全然減らないんだよね。
「……わ、これあったかい」
一張羅だけで出掛けるには寒くて、さすがに今日はりっくんに買ってもらった上着っぽい服を羽織った。
これが薄手に見えてなかなかあったかくて、値が張るだけあって着心地もいい。
「これなら寒くないぞぉ」
すぐそこのコンビニには行けなくなってしまったから、お散歩がてら駅前の大きなスーパーまで歩くことにした。
ビニール袋がお財布じゃあまりにも可哀想だからって、りっくんが最近まで使ってたというお古のお財布を手にルンルン歩く。
ちなみにお古と言ってもほとんど使用感が無くて、しかも僕でも知ってるような高級ブランドのもの。色もデザインもなんだかユニセックスな感じだから、もしかしてこれは奥さんが使ってたものなんじゃないかと、僕はこっそりそう推理している。
「──あ、あったあった。何本買えるかな」
二十分くらいのんびり歩いてスーパーに到着した僕は、さっそく二日酔い対策のドリンクを三本手に取った。
お金は結構ある。今はりっくんの飲みたい気分が頻発してるから、一気に十本くらい買っちゃうか。これ見よがしに置いとくと「飲め飲め」と飲酒を促してるように思われちゃうから、一本ずつ小出しにしてこう。
……そんなことを考えて一人で笑っていた僕は、まさかこの直後、最悪な再会をするとは夢にも思わなかった。
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