僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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4.戸惑いつつも

・・・4

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「──話……ですか?」
「うん。僕マジでりっくんに甘えすぎてるし、そのわりには対価を払えてないなって」


 自分に都合のいいように気持ちを切り替えると、スラスラ言葉が出てきた。

 僕自身にも分からないことをいくら考えたって、答えは出ない。黙り込んで心配かけ続けるくらいなら、少しくらい身を削ったっていいもん。

 本音を言えば思い出したくもない僕の事情が、りっくんへの対価になるなら……話すのは今しかない。


「そんなの気にしなくていいんですよ。この間、少々悪ふざけをしてしまいましたし」
「う、っ……」


 意気込んだ矢先、りっくんからその話を持ち出されると思わなかった僕は盛大に狼狽えた。

 瞬時にほっぺたが熱くなって、体がピシッと固まる。視線がウロウロ定まらなくて、言い出しっぺのりっくんまでをも狼狽えさせてしまった。


「ちょ、ちょっと冬季くん……照れないでください。俺も照れくさくなります」
「りっくんがあんなことするから……っ」
「すみません。それについては猛省しています」


 その調子で反省しててほしい……!

 僕はアレのせいで、既婚者のりっくんを男として見始めてしまってるんだ。

 自分をハイスペ男子だと認識してないりっくんは、金輪際、僕に限らず奥さん以外の他の誰にもあんなことはしちゃダメだって。

 りっくんの悪ノリは危険すぎる。

 モザイク付きのやらしい夢はもう、見たくない。ベッドから転げ落ちるのも勘弁だ。

 ちなみに今日惨事を免れたのは、昨日打った背中がまだヒリヒリ痛むからで、……。


「痛たた……っ」


 隣同士ピッタリ座るりっくんから距離を取ろうと、少し前のめりになっただけで背中に痛みが走った。

 昨日より痛い気がする……打ちどころ悪かったのかな。

 背中を庇うようにしてソファの背もたれに体を預けた瞬間、ものすごい剣幕でりっくんが立ち上がった。


「今痛いって言いました!? どうしたんですか!」
「い、いや大丈夫。気にしないで」
「背中ですかっ? 背中が痛いんですねっ?」


 僕の虚勢を無視したりっくんから、「見せてください!」と勢いよくシャツを捲くられる。

 あっ、と声に出すも、すでにその時の僕はパンツ丸出しになっていて、りっくんはさらに僕の左腕をガッシと掴んで逃げられなくしていた。

 抵抗を諦めた僕には、それを見つけたりっくんが息を呑むほど見られたくないものが背中にある。

 それについて話さなきゃと思ってたから、ちょうどいいやって気持ち。


「冬季くん……これ、……」


 触ってはこない。りっくんはただただ、シャツを捲ったまま僕の背中を凝視して、脱力したようにソファに片膝をついた。

 ここに来てすぐ、洗面所にあった鏡で僕はそれを確認した。

 記憶のものより薄れてはいるけど、青と黄色が混ざった蒙古斑みたいな昔の痣は、誰がどう見ても汚い。

 一度たりともナカを許さなかった僕は、素股の経験くらいならある。三人居た元カレのうち、三人ともが僕の痣を見付けてすぐさま電気を消した。

 視界に入れたら萎えるくらいヒドいのかって、ちょっとショックだった。

 でも、りっくん家の大きな鏡で確認した僕は、自分の体なのに「汚い……」と漏らして目を背けた。

 元カレ達の反応は何にも間違ってなかった。こんなの見てられないって、僕でも思う。

 りっくんもきっとそうなんだろう。

 昨日今日に出来たものじゃない痣に驚いて、微動だにしなくなった。

 見られてしまったからには、今こそ対価を払う絶好の機会だ。


「りっくん、僕ね……むかし虐待されてたんだ」
「──っ!」


 同情を買うためだと思われたくなくて、あくまでも世間話の一環として聞いてほしいと普段通りの声色を使った。

 またもや息を呑んだりっくんから離れた僕は、背中を庇いながらシャツを正して座り直す。

 片膝をついたまま動かないりっくんの方は見られなかったけど、僕はがんばって笑顔を作った。


「施設に行ったのが六歳か七歳くらいだったと思うんだけど、それまでは多分……。でもあんまり覚えてないんだよね」
「そんな……っ」


 いつも寒くて、お腹が空いてて、暗くてジメッとした部屋にひとりぼっちで居たことは、何となく記憶にある。

 パパとママの顔はのっぺらぼうで、声を微かに覚えてるって程度だから虐待なんて大袈裟な言い方はしちゃいけないのかもしれない。

 ただみんながそう言ってたってだけ。

 あとは、僕の体が何よりの証拠。

 焦げたにおいと痛みが蘇ってくるくらいには嫌なことばかり鮮明で、それを打ち消したい脳みそはすぐに別の思い出を探そうとする。

 僕の自衛本能はすごく優秀だ。



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